Ambivalent

ユージーン

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Defamiliarization

122.Mr. Geek2

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『……なるほどな』
 仕事を終えて帰宅したあんじゅは、柚村ゆずむらきょうに電話を一本入れる。
 どうして京に電話する考えが浮かんだのかはわからなかった。きっと誰かに訊いて、なにか助言めいたものを得たかったのかもしれない。
 午後の巡回は何事もなく、無事に一日が終わった。吸血鬼に関する通報は一度もなく、巡回で遭遇することもなかった。正午のあの一点を除けば、珍しく平和な一日だったと言える。
『それで、そのあとは?』
「午前中勤務の人は帰って、上條さんはオフィスに独り……」
『……またなんとも言えねえ状況だなそりゃ』
 機銃掃射のような説教を受けてから、オフィスに残り孤独に作業をこなす。メンタルの面からいえばそうとう辛いものがあるだろう。
 【彼岸花】に入社して約三ヶ月が経過するが、上條真樹夫が特定の誰かと一緒に過ごしているのを、あんじゅは見たことがない。淡々と仕事をこなす様子は沙耶に似ているが、美穂のように慕うような者はいなかった。
 あんじゅも時々は話しかけにいくが、仕事以外の会話は十分も続かない。
「あの……上條さんって前からずっと……」表現に迷う。「今みたいな感じなんですか?」
『ああ。室積むろずみさんの隊になってから初めて会ったけど、あんな感じだったな。なんていうか、最初は俺たちにもビクビクしてたよ』
 なにかあったのだろうか。だが、直接それを訊こうにも話してくれるだろうか。
「鵠さんって、前から上條さんと仲悪いんですか?」
『まあ……な。悪いっていうより、鵠がイライラして当たり散らしてるだけだ。性格的に合わねえんだろ』
 京の言葉にあんじゅは少し納得した。
宗谷そうやが死んで、柴咲しばさきが辞めて、そんで霧峰は異動して『技術班』減ったまま今のペースのまま仕事だからな。上條もさすがにぶっ倒れるんじゃねえか』
 その言葉はあんじゅの心に、再びぐさりと刺さった。
「……限定的に『技術班』に──」
『どっちつかずはやめろ』
 あんじゅの言葉を先読みした京。声には力がこもっていた。
「……すみません」
『決めたんだろ。誰かが可哀想になったからって、自分の立ち位置はころころ変えるな』
 説得力のある言葉。それはまるで、味方を変えたに言い聞かすような感じだった。
「でも、そうなると上條さんはどうなるんですかね。今後も独りはさすがに……」
『多分だけど、『技術班』は人を増やすだろ。『戦術班』よりは人余ってるだろうし』
 現場に赴く『戦術班』は慢性人手不足だ。隊によっては凶悪な吸血鬼への対応を、『技術班』の操る銃器ドローンに任せているところもあるという。
「そういえば、柚村さんが退院する日って明々後日でしたっけ?」
『いや、遠山さんに頼んで早めてもらう』
「大丈夫なんですか?」
『お前、俺が現場復帰するの嫌がってねえか?』
「い、嫌がってないですよ! 早く戻ってきてください! 決まった教育係メンターがいないと、私も寂しいですから」
『恋人か』
 変ないちゃもんをつける京にあんじゅは呆れる。同時にすっかり元気な様子に安心もした。
 なんて、先輩なんだろうか、本当に。
「それじゃあ、おやすみなさい」
『おう』
 電話を終えたあんじゅは、スマホを机に置くとテレビを付けた。
 とりあえず着替えなくては。夏場の湿気が鬱陶しかった。
『それでは、次のニュースです。大手IT企業で、吸血鬼化したままの社員をそのまま勤続させていたとして、経営者が逮捕されました』
 耳にしてないニュースに思わず手が止まる。
『事件が発覚した背景は、吸血衝動の暴走で通行人に噛み付いたためであり──』
 着替えをやめてソファに腰掛けた。
『この社員は成績も優秀で人望もあり、会社ぐるみで吸血鬼化を隠蔽していた疑いがもたれており、警察と【彼岸花】両方の捜査が進められています』
 ざっくりとした内容と、現場前で語るアナウンサーが映る。
 そして、スタジオの芸能人キャスターに変わる。
『どうして吸血鬼化した彼を誰も通報しなかったのですか?』
 キャスターの隣には大学教授が座っていた。テロップには吸血鬼社会学教授の文字が浮かぶ。
『何かに長けている人間が吸血鬼化した際は、意外に多いんですよね、今回のケースが。長年言われている、【吸血鬼になることでその人の価値が判明する】というやつです』
『つまり……?』
『彼を当局に通報するより、そのまま仕事をしてもらっていた方が、会社にとっても利益になる、と周りが考えたんでしょう』
『なるほど。噛みつかれた通行人の方は吸血鬼にならずに済みましたが、もしかしたら大惨事になっていたかもしれませんね』
『似た事例が過去に一度ありましてね。中学校でクラス全員が吸血鬼になった一人の生徒を庇っていたんですが──』
 きりがなくなりそうなので、あんじゅはテレビの電源を切った。
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