僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

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第46話「本棚はご用心」

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「なんて名前?そのー、元カノ?」
「んー、、山田日和(やまだひより)。おっとりした子だったんだけど、まさか浮気されてるとは思わなかったよ」

テレビはこの時間にやっているバラエティ番組にチャンネルを回した。
耳障りのいい人の笑い声がする中で、2人は窓を開けた部屋でゆっくりと酒を飲んでいる。
鷹夜は白桃サワー。芽依はビール。
鷹夜はまだ1缶目だが、芽依は既に3本開けていた。ザルと言う訳ではないらしいがそれなりにアルコールに強い。
つまみは買ってきた唐揚げとポテト。あとポテトサラダ。ポテトを買ったのは芽依で、それを見ずにポテトサラダを買い物カゴに突っ込んだのは鷹夜だ。

「鷹夜くん、アプリには良い思い出ないね。山田さんのこともあるし、俺とのこともあるし」
「んー、、芽依くんてそう言うさ、少し自虐的なところあるな」
「え?」

口につけようとしていた缶を一旦テーブルに戻し、芽依はキョトンとして鷹夜の方を向いた。

「やめろよ、それ。俺は今回アプリ使って芽依くんと出会えたのは、ラッキーって思ってるよ。久々にこんなにぐだぐだな姿人に見せられたし」
「、、、そうなの?」

ぷはー、と体内の熱を外に逃すように重たく息を吐くが、アルコールによる身体の怠さはどうにも抜けなかった。
顔を真っ赤にして少しぐだっとした体勢でローテーブルに肘をついている鷹夜を見つめ、芽依は不思議そうな顔をしている。

「いやでもさあ、」
「芽依くんとの出会い方も、芽依くん自身に関しても、俺がどう思おうが俺の勝手だろ」
「、、そうだけど」

居心地の悪そうな顔で、芽依はうなじのあたりをガシガシとかいた。

「良かったなあって思ってるよ。君といるの、こんなに面白いから」
「っ、、」

こう言う不意をつく鷹夜の台詞に、芽依は嬉しさと恥ずかしさのようなものが込み上げてしまうのだった。

「俺バカだからとか言わんでよ。芽依くん優しいんだよ。バカじゃない」
「た、鷹夜くんてたまに心臓に悪いこと言うよね」
「はあ?どこがぁ」

くっくっくっと笑う顔は童顔だけれど、纏う雰囲気は大人で、芽依としては自分を子供扱いされているような気がした。
鷹夜と言う人間は親しみやすくて安心感があるが5つ歳上と言うだけあって、大人の色香を思ったよりも秘めており、たまに目を細めてニヤリと笑われると心臓が飛び跳ねるように大きく波打ってしまう。

(鷹夜くんエロいよなあ)

ぼんやりと彼の顔を見つめていると、テレビを向いていた目がぐるんとこちらを見返してきた。

「芽依くんの出てる映画かドラマ見たい」

やはり少し酔っているのか、突飛な発言が出た。

「それはダメ!!マジで無理!!」
「ええ~、何故に?その辺にDVDとかないのー?」
「あっ!あー、やめて行かないで、やめろー!!」

おもむろに立ち上がった鷹夜はフラフラと歩いて部屋の後方にある本棚を目指し、端から順にどこかにDVDがないかをチェックしていく。

「え、あるじゃんかよ~。俺これ途中まで見てたよ」
「あっ、それはマジでやめて!!鷹夜くん!!返してよ鷹夜くん!!」

すぽんっと本の間に挟まっていたDVDのケースをそこから抜くと、改めてタイトルを眺める。
「王子2人にご用心」と書かれたカバーには、金髪の芽依と共にジェンの姿が映っていた。

(よりによってジェンとやったドラマ!!)

芽依はそのDVDの存在を今の今まで完全に忘れていた。
19歳のときにBrightesTの2人が初めてドラマで共演すると話題になったもので、当時はかなりの高視聴率を叩き出した。
内容はありきたりで、いじわるで俺様な学園きっての不良であり良家の息子である芽依が演じる祐(たすく)と物腰柔らかく温和な学園の王子様であるジェンが演じる祐(ゆう)が1人の女の子と出会い、彼女を奪い合うと言うもの。
最後は視聴者の投票によってどちらとヒロインが結ばれるかが決められた、実験的なドラマでもあった。

「これ最後どっちとくっついたの?」
「いきなり結末聞くの!?てゆーかコレは絶対ダメ!!」
「あれ?そうか、これ佐渡ジェンが出てたんだ。あー、そっかそっか」
「?」

芽依はポカンとした。
確かに自分が竹内メイだと明かしてから、鷹夜は一度も「ジェン」について聞いてきていない。
鷹夜のLOOK/LOVEの自己紹介には好きなタレントの欄に「佐渡ジェン」の名前があった筈なのに、芸能界を辞めた彼の事を何も気にしないのだろうか。
それ程ファンでもない、と言うことなのか。

「、、あのー、鷹夜くん?」
「ん?」

頬がぽーっと赤いまま、鷹夜は少し眠たそうな顔をして芽依の方を向いた。

「俺とジェンのこと、分かってる、よね?」
「、、、何が?あ。会ったことあるの?」
「エッ、、俺とジェン、アイドルユニット組んでたし同じ事務所だしずっと親友で、」
「え」
「結構有名だと思ってたんだけど、、BrightesTってグループで、」
「エッ」

鷹夜は思わずDVDを落としそうになった。

「う、うう、嘘、、」
「いや、ホント」

(絶対知らなかったやつじゃんこの反応)

芽依はあはは、と苦笑いして見せたが、鷹夜は急にハッとしてすぐに頭を下げ始めた。

「ごめんごめんごめん!!!俺の家、3?4?年くらい前までテレビなくてその時期のニュースとか話題になってたことあんまり知らなくて佐渡ジェンは前から好きだったんだけど芽依くんとグループ組んでたとかそう言うの一切知らなかったししかも芸能界辞めたって知ったのも実は結構最近でして!!本当にごめん!!デリケートな部分にずけずけ行くところだったよな!?」
「あー、落ち着いて鷹夜くん!!」

会社でミスをしたらいつもこんな風に謝っているのだろうか。
何度も何度も頭を下げる鷹夜を何とか引き止め、肩をガッチリ掴んだまま芽依は彼を見下ろす。

「ホントごめん!!だからこれイヤなのか、やめよやめよ!違うやつ見るから!」
「違うのも見んでいい!!はずいから!!」

六本木の駅近マンションの36階で、男2人は何だかんだと暴れ回った。
鷹夜はとりあえずそのDVDを本棚に戻して別のものを探そうとしたが、逆に芽依は自分達の事を何も知らない鷹夜と言う存在が何だか面白いようにも思えてきてしまった。

「違うやつ~、えーと違うやつ~」
「何でそんなに見たいの。つまんねーよ絶対」

本棚をベタベタ触ってドラマや映画のDVDに指を掛けていく彼のTシャツの裾を引っ張りながら、芽依は少し考えた。
ジェンと自分の事だ。

(突然目の前から消えてから、思い出したくなくてあんま見ないようにしてきた、、社長と中谷と俺、あと荘次郎達以外は、ジェンが何も言わずに俺の目の前からいなくなったことを知らないんだよな)

鷹夜の着ているTシャツはブランドの限定もので、確か10万は超えている。
その裾を、芽依はグイッと引っ張った。

(ジェンのことも、、いつか、前に歩き出せたらって思ってた)
「鷹夜くん」
「ん?」

Tシャツを引っ張られている事に気がついた鷹夜は本棚から手を離し、後ろに立ち尽くしている190センチ超えの図体の男を見上げる。

「さ、さっきのやつ、見よ」
「え、いいの?」

2人の間に何があったかはまるで分かっていないが、鷹夜は何となく芽依があの作品だけは特に嫌がっていて、だからこそジェンと芽依の話しを自分に確認してきたのだろうと言うのは無意識に察しがついていた。
気遣うように遠慮がちに聞くと、俯いていた顔が少しだけ前を向いて、鷹夜の大きな目を見つめた。

(う、わ、、)

それは大型犬、もとい、あの竹内メイのやたらと色気のある顔が弱った表情を浮かべた瞬間だった。

(流石、どエロ顔とか目が合ったら妊娠するとか言われるだけあるなあ)

腰の奥がズクンと疼く様な、何とも言えないいやらしさのある視線。
嫌なものではない。芽依には純粋に生まれ持った妖しさがあるのだ。
本人にはそんな気は毛頭ないだろうけれど、これを女の子が浴びせられたら確実に自分からベッドに誘うのだろうなと思った。

「一緒に、見てほしい、、あいつが引退してから、もうずっと見てなくて、、避けてたやつ、だから」
「無理しなくてもいいんじゃない?わかんねーけど、辛いなら」

ぽん、と肩に手を置くと、芽依は少し安心したような顔をしてから、またすぐに口をムズムズとさせ始める。

(あ、ホントに見たいのかな)

細かな表情の違いを見抜いて、鷹夜はその口元が言わんとしている事を察した。

「、、よくわかんないけど、じゃあ、辛くなったらすぐやめよ。飲んで騒いで終わり。今日はそう言う気分の良い会にすんだから」

鷹夜がニッと笑って触れた芽依の二の腕をワシャワシャと擦ると、彼は嬉しそうに笑った。

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