僕たちはまだ人間のまま

ヒャク

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第3話「昨日の男」

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翌日の会社での昼休みは最悪だった。

「うぇ、、、う、」
「いやいやいやいや、雨宮さん?雨宮さん生きてます?」

今年入ったばかりの新入社員であり、鷹夜の課の直属の後輩・今田司郎(いまだしろう)は昨夜の出来事のせいで家に帰ってからやけ酒を決め、二日酔いでゾンビ状態になっている彼の背中を摩りながら心配そうに青白い顔を覗き込んだ。

「死んでんなあ、こりゃあ」

呑気な声でそう言ったのは、彼らの座る4人掛けのテーブルの向いに座している鷹夜の同期・駒井直樹(こまいなおき)である。

「駒井さんそんなこと言わないで下さいよ、、雨宮さん、ご飯いらないんすか?おーい、水は?水買ってきますから、起きて下さいよ」

机に突っ伏してたまに低く唸り嗚咽を上げながら、鷹夜はずっと昨日のあの男の事を考えていた。
背中を摩る後輩の手ばかりが優しい。
午前中も上司に急に呼び出され、今田が昨日遅くまで仕事をしていたのは何故かと問われ、仕事量としては1時間程残業すれば終わるからと手伝わずに帰った事を告げてまたこっぴどく説教を受けた。
本当に良い事がない。
不幸体質なのだろうか。
鷹夜は誰にもバレないように鼻をすすらずに、先程から涙だけぼたぼたと垂らして泣いている。
こんな惨めな自分だから、どんどん嫌な事を寄せ付けてしまっているのだろうか、と項垂れた。

「そうだ、雨宮さん、あれは?あの子は?彼女出来そうって言ってたじゃないですか。アプリの子!」

(今田、、良い子なのに何てタイミングでその話題を出してきやがる)

不覚にも、ズッと鼻水を吸ってしまった。

「あ?お前泣いてんの?」

すかさず面白がった駒井がテーブルに身を乗り出して来る。

「雨宮さん??」
「、、あの子、な」
「そうそう、昨日会うって、、え、昨日会ったって、まさか、、フラれたんですか?だからこんな姿に!?」

今田の発言に、駒井がゲラゲラと笑い出す。

「飯代だけ取られたんだろ!ざまーねえな!!あっはっはっはっ!!」
「、、ちげーよ」
「はっはっ、え?」

その悍ましい程低くしゃがれた声に駒井はビクッと身体を震わせて、机に突っ伏していた顔を上げながらこちらを睨む鷹夜を見下ろした。

「男だったんだ」
「え?」
「男だったんだよ!!アプリの子!!!」

鷹夜の大声に、休憩室にいた全員がグルッと彼らの方を向く。
気を遣った駒井が「むこう向け」と手で払うと、他の若手社員達は苦笑いをしたりしてまた部屋の前方にある大型テレビの画面を見つめた。

「詐欺だったってことか?」
「詐欺とかじゃなくて多分、嫌がらせ、、騙されてたんだよお前って言われたし、女の子とヤレると思ってきたんだろって」
「うーわ、お前本当にクソみたいなイベント引き当てるよなあ。それはフラれるより堪えるかもな」

ひょい、と手を伸ばしてきた駒井は、雑に鷹夜の頭を撫でる。
わっしゃわっしゃと髪を乱されながら、鷹夜はまたゆっくりと机に突っ伏していった。
気持ちいいようでそうでもない。
二日酔いでこの雑な撫で方は死ぬ程気持ちが悪くなる。

「ぅえー、何すかそれ!うっざ!つかキモ!!マジで気にしないで下さいよ、そんなんやる奴が頭おかしいんすよ。また違うアプリでやり直しましょうよ!ね!!大体、30人くらい会ってみないと分かんないし」
「今田、、いい子だお前は。昨日ごめんな、仕事手伝わなくて」
「いやいやいや!!やっぱ午前中、上野さんに怒られてましたね!?勘違いやめて下さいよ、俺ができるって言ったし、あの量こなせないようじゃやってけないっすから!!」

今田は鷹夜の背中を摩りながら、いかに自分が普段から鷹夜に世話になっているかを力説した。
駒井は一緒になってそれを聞きながら、途中で今田の代わりにミネラルウォーターを自販機で買ってきて鷹夜に飲ませる。

「雨宮さん、元気出して下さいよ。また頑張りましょ!!俺も仕事頑張りますから!」
「お前本当にいい子だな」

数十分経つと体調は回復し始めていた。
今度は鷹夜が今田の頭をゴリゴリと撫でて、何となく気持ちが落ち着いてくる。
たった一度失敗しただけだ。次こそいい子を見つけよう。
そう思いながら、ふと部屋の前方にある大型テレビに視線が移った。
それはまるで、運命のように。

「今回のドラマの見どころは?、竹内さん、お願い致します!」

テレビ画面には、新しく始まる「僕たちはまだ人間のまま」と言うドラマに出演する俳優陣が映し出されている。
主演は男女2人。
若手女優で最近人気が急上昇している松本遥香(まつもとはるか)と、去年の初めにグラビアアイドルとの熱愛が発覚し、週刊誌にプライベート写真を流出されて以来あまりテレビで見なくなっていた俳優・竹内メイ(たけうちめい)だ。

「あー、アイツあれじゃん、グラドルとガッツリ裸で抱き合ってる写真売られたヤツ」
「竹内、めい?でしたっけ。顔は良いっすよねー、男から見ても。何だっけ、男性人気もすごくて、ネットで存在に顔射するって、感謝とかけてタグまでついてめちゃくちゃ人気だった人!」

(たけうち、、、めい?)

鷹夜は呆然とした。
大型テレビの大きな画面に映るその男が、サングラスと目深にかぶられたパーカーのフード越しに見た、昨夜のあの男にそっくりだったからだ。

(めいって、、まさか、MEI、、?)

あの男だ。
ピンクの薔薇を持ち、白いブーツを履いて、鷹夜を嘲り、侮辱した男。

(竹内メイ、、こんな俳優が何で、)

そうして思い出したのだ。
あのとき、あの瞬間。
世界に絶望していたのは自分だけではなかった事を。
気力もなく、芸能人と言うキラキラしたオーラもない。
鷹夜を恨み、憎むような負の感情しかない視線。

(この人も、生きてるのがつまんないのかな)

二日酔いは、パッタリ覚めていた。
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