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目は口ほどに物を言う
しおりを挟む「――なに?虎也がわしの名を騙った文で児雷也殿をっ?」
我蛇丸はサギから事の顛末を聞かされるや、怒りにクラクラと目眩を覚え、フルフルと総身を震わせた。
自分がグズグズと文を書くのを先伸ばしにしていたせいで児雷也が危うく眠り茸を食べさせられて猫魔にかどわかされるところだったとは。
(わしが風流人を気取ろうと俳句をひねり出そうなどと思ったばかりに――っ)
我蛇丸は自分の間抜けさに臍を噛む思いであった。
(ともあれ、無事で良かった――)
我蛇丸は怒りと安堵とが入り交じって高ぶった心を抑えて児雷也の顔を見つめた。
だが、抑えがたい衝動に駆られて今にも泣きながら外へ飛び出して行きたいような狂おしい気持ちになる。
「……」
児雷也は我蛇丸の燃え滾るような眼差しに戸惑ったように目を伏せた。
その場にいる坊主頭もシメもハトもなにやら息苦しく感じるほどの熱い雰囲気が漂っていたが、
「のうのう?コヤツはちいとも目を覚まさんのぢゃっ」
能天気な声がその熱い雰囲気を一気に吹き払った。
さっきからサギは屈み込んで土間に寝かされた虎也をまきざっぽうでツンツンと突っついていた。
「がごぉ」
虎也は相変わらず高イビキだ。
「ああ、そりゃあ朝までは目を覚まさんぢゃろのう。わしゃ、サギくらいの年齢に富羅鳥山で松茸と間違えて眠り茸を食うてしもたことがあるんぢゃ。半日はぐっすりぢゃったかのう」
ハトは決まり悪そうに頭を掻く。
「それにしても、何で猫魔が富羅鳥山の眠り茸のことを知っとるんぢゃろの?」
サギは首を傾げて(間者のお縞が話したんぢゃろうか?)と考えたが、
どうやら、そうではなかった。
「ああ、それなら、わしゃ、以前、峠の茶屋の爺さんに聞いたことがある。その昔、二十年も前の話ぢゃ。眠り茸のことをどこからか嗅ぎ付けた猫魔の三姉妹、お虎、お玉、お三毛が富羅鳥山へ松茸狩りならぬ眠り茸狩りにこっそりと入り込んだんぢゃ」
シメは講談師よろしくパシンとまきざっぽうを打ち鳴らしながら語り始めた。
「お虎が虎也の母様、お玉は兄様の母様なんぢゃ」
サギは事情を知らぬ児雷也と坊主頭にも分かるように補足する。
「ところがっ、眠り茸をたんまり採って山を下る途中で三姉妹は峠の茶屋の爺さんに見つかったんぢゃ。爺さんは呼子を吹き鳴らす。アワを食った三姉妹は三手に分かれて散り散りに逃げ出していった。ぢゃが、お玉だけがうっかり山中で落とし穴の罠に落っこちて、呼子で集まった富羅鳥の忍びの者に捕まってしまったから、さあ、大変っ」
シメはパシパシとまきざっぽうを打ち鳴らし、声を張り上げる。
「そうして、富羅鳥の囚われの身となったお玉ぢゃったが、大膳が落とし穴で怪我したお玉の足の手当てをしてやり、なにくれと世話をしてやっておるうちに、大膳には親の決めた許婚がおったにも関わらず、二人は敵同士にあるまじき恋に落ち、やがて、これが産まれるような抜き差しならぬ仲になってしまったという次第ぢゃ」
シメは「これ」のところで我蛇丸をまきざっぽうで差した。
まだ大膳が十九歳、お玉が十七歳の無分別で浅はかな若気の至りの道ならぬ恋の物語。
「……」
我蛇丸は思いっ切り渋面している。
落とし穴に落っこちて恋に落ちた。
駄洒落か。
そんな父と母のなれそめなど、今、初めて知ることであった。
「ほほお」
サギはなるほどと納得顔をした。
それでは熊蜂姐さんが娘のお玉を敵の富羅鳥に連れさられて頭領の大膳に無理くりに奪われたと受け取るのも無理からぬ話だ。
猫魔の一族の頭領の娘であるお玉が飛び抜けて美しく、しかも、忍びの猫を連れた貴重な猫使いであれば尚更である。
お玉はそのまま猫魔の里へ戻ることはなく我蛇丸を産んで半年ほどで亡くなってしまったのだから、お玉が大膳と恋仲になり結ばれたとは猫魔には信じられぬのであろう。
ともかく、それで猫魔の一族は猫使いと忍びの猫を失ったばかりに衰退してしまったのだ。
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