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鬼が住むか蛇が住むか
しおりを挟む「ぬうぅ、要するに、蕎麦屋は富羅鳥の忍びで、コヤツは猫魔の忍び、敵同士でありながら従兄弟同士という訳だな」
坊主頭は呆れ顔をした。
「しかし、蕎麦屋が児雷也を芳町の恵比寿という茶屋に呼び出そうとしておることを何故、コヤツが知っておったのだ?」
坊主頭はまだまだ憎々しげに虎也の尻をグリグリと踏み付ける。
「ううむ、わしが芳町の恵比寿で人と逢おうとしておったことを知っとるのは、ここの連中の他には恵比寿を勧めてくれた丸正屋の若旦那とわしの又従姉のお縞くらいしかおらんのう」
我蛇丸は裏長屋のお縞の一軒をチラリと見やったが、人の気配はない。
お縞を最後に見掛けたのはサギが錦庵の押し入れの天袋に潜り込んでいた日で、いつの間にかお縞は長屋を出ていったようだ。
「何の関わりもない丸正屋の若旦那の熊さんが猫魔の虎也に話すとは思えんし、お縞ぢゃろのう」
「あの蛇女め、やはり間者ぢゃったわ」
ハトとシメが頷き合う。
「ええ?なんぢゃあ。お縞が間者ぢゃと知っとったんぢゃ?」
サギは自分だけが知っている情報と思っていたのでガッカリと落胆する。
「当たり前ぢゃわ。とっくに勘付いとったが、ずっと知らん振りして泳がせておったんぢゃ」
「わざとお縞にこちらの情報を伝えさせて、向こうの出方を窺っておったんぢゃ」
シメとハトはさも当然という顔をする。
「ちえっ、なんぢゃ、つまらん」
サギは自分だけ何も知らされず、まったくいい面の皮だ。
「ところで、この前も気になっておったんだが、お前は鬼ヶ島の者だな?」
坊主頭は改めてシメを見やる。
「そういうお前こそ鬼ヶ島の者ぢゃろうが?頭に角は生えとらんようぢゃがの」
シメは銀杏返しに結った髪の膨らんだ鬢を分けて、自分の角を見せつけた。
「ああ、わしも鬼ヶ島の者だ。町中では鬼は目立つので鬼ヶ島を出る時に角を切って薬種問屋に売り払ってしまったがな」
坊主頭は自分の角がないツルツルに髪を剃った頭を撫でる。
角は爪のように伸びるので髪を剃るついでにマメに切らなくてはならない。
珍重な鬼の角は痛み止めの薬になるので薬種問屋が三両ほどで買い取ってくれるのだ。
坊主頭は角がないことで角があるシメに負けたような悔しげな顔をする。
鬼の事情はよく分からぬが角があってこそ鬼として一人前なのであろう。
とにもかくにも、坊主頭の大男は大女のシメと血縁であるかは分からぬが鬼の一族であった。
「ふん、二人が同類なくらい、わしぢゃって最初から気付いとったんぢゃからの。それより、わしゃ朝まで虎也が目覚めんなら桔梗屋へ戻って風呂に入って寝る。また明日、出直して来るからの――ふわわ――」
サギは緊張感なく大アクビすると、ピョンと縁側の雨樋にぶら下がってクルンと逆上がりして屋根へ飛び上がった。
ピョンピョンと屋根伝いに本石町の桔梗屋まで飛んでいく。
「それぢゃ、わし等も明日の舞台もあるし、コヤツはここへ任せて帰ろう」
「あ、ああ、そうだな」
児雷也は坊主頭に促されて仕方なさそうに小上がりから腰を上げた。
「児雷也殿、今日はとんでもないご迷惑をお掛け致し、まことに申し訳なくお詫びの言葉もござりませぬ」
我蛇丸は慇懃にかしこまって頭を下げる。
「いえ、我蛇丸殿のせいではござりませぬゆえ、お気になさらずに」
児雷也は何か物足りぬような顔で答えた。
たかが見世物の人気芸人に過ぎぬ自分に対し我蛇丸は何故そのように慇懃に振る舞うのであろう。
児雷也は自分との間にきっかりと一線を引いて距離を保とうとしているかのような我蛇丸の態度が解せなかった。
よもや自分の素性が行方知れずの富羅鳥藩の若君だとは児雷也は想像だにもしていないのだ。
「お気を付けて――」
我蛇丸は錦庵の戸口で児雷也と坊主頭を見送った。
この騒ぎでまたしても児雷也にその生い立ちについて明かす機会を逸してしまった我蛇丸であった。
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