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恋は思案の外
しおりを挟むその晩、
「――でな、桔梗屋のお葉さんが親戚の子を預かったと言うたんぢゃけど、お花はお父っさんにソックリだから隠し子だわなと言うとったんぢゃっ」
伝言サギは桔梗屋での出来事をペラペラとしゃべると海老天にかぶりついた。
「ふうむ」
我蛇丸とハトとシメは揃って怪しむ目を見交わす。
桔梗屋の旦那、樹三郎の兄の白見根太郎の調べは付いている。
根太郎の倅は末っ子がすでに十六歳で元服しているので九歳ほどの童が従兄弟というのはお葉の出鱈目に違いない。
もしや、樹三郎にソックリの九歳ほどの童とは『金鳥』を吸い過ぎた樹三郎本人では?
サギ以外のみながそう怪しんだ。
「ああっ」
唐突にサギが叫ぶ。
「先っぽに海老が入っとらんっ。衣だけぢゃあ」
サギは半泣き顔で半分が衣だけの海老天を見せた。
「なんぢゃ、驚かすな。屋台の天麩羅はそんなもんぢゃ。海老は半分くらいで先っぽは衣だけなんぢゃ」
ハトも海老天の衣だけの先っぽを齧った。
「サギは江戸へ来て贅沢なご馳走ばかり食うとるからぢゃ」
シメも海老天の衣だけの先っぽを齧った。
「あれ?なんぢゃあ。全部、先っぽは衣だけなんぢゃな」
サギはみなの海老天の先っぽも衣だけと分かると機嫌を直し、海老天の衣だけをモシャモシャと頬張った。
「衣も美味いからええ。あっ、そうぢゃ。帰りしな、小梅と虎也が二人で話しとるところを見たんぢゃ。何か怪しかったんぢゃ」
サギはハッと思い出して言った。
「小梅?ありゃ玄武一家の芸妓屋の半玉ぢゃからのう。玄武一家は老中の田貫と繋がっとるんぢゃ。大方、猫魔は玄武一家に雇われとるんぢゃろう。猫魔は報酬次第で誰にでも仕える忠も義も知らん忍びぢゃ」
シメがフンと鼻を鳴らす。
「へっ?ぢゃ、何か?小梅は富羅鳥の敵の味方か?」
サギは腑に落ちぬ顔になる。
小梅は敵に仲良しの振りをするような裏表のある娘ではないと思った。
「さあ?そればかりは本人に聞いてみんと分からんのう」
ハトは至極当然のことを言う。
「まあ、敵同士だとて気が合うて仲良うなることもあろうが。深間の仲になることさえあるほどぢゃしのう?」
「おう、そうぢゃ。恋は思案の外というものぢゃけぇ」
シメとハトはポロッと口が滑って我蛇丸を見やった。
「……」
我蛇丸は思いっ切り渋面している。
そもそも父の大膳が猫魔の娘のお玉と深間になって我蛇丸が生まれたので敵対関係と親戚関係という面倒な関係になってしまったのだ。
恋などにのぼせ上がって忍びの秩序を欠くとは、我が親ながら破廉恥極まりない恥ずべき愚行だ。
だが、親の愚行の結果が自分の誕生では文句も言えまい。
我蛇丸は富羅鳥の若頭として忸怩たる思いであった。
(――兄様、海老天、食わんのぢゃろうか?海老天、わし、食うてええぢゃろうか?)
サギは我蛇丸の苦悶も知らず、(海老天、海老天)と皿に残っている海老天ばかり気にしていた。
その時、
「――あっ」
瞬く間に皿からパッと海老天が消えた。
「おっ、先っぽは衣だけぢゃ」
いつの間にか貸本屋の文次が海老天をモシャモシャと齧っている。
「あれっ?いきなり文次がおるっ」
サギはビックリと文次を見た。
何故、気配もなく隣に座っているのか?
サギはまだまだ修行が足らぬと思った。
その夜、
「――うむうむ―ー」
サギは寝床の中で目を閉じ、人攫いを捕らえる場面の想像を巡らしていた。
勝手な想像で人攫いの一味は五人くらいの黒装束の屈強な男等だ。
サギは竹串を投げ打ち、ブスブスと全員を串刺し。
そこへ捕獲網をかぶせて一網打尽という寸法だ。
(あれっ、網なんぞないぞ)
パッと瞼を開くと、今、自分の入っている蚊帳が目に飛び込む。
(よし、捕獲網は蚊帳で代用ぢゃっ)
サギはニヤリと笑った。
「何をにやけとる?」
我蛇丸がいつも通りに裏庭で行水を済ませて蚊帳の中へ入ってきた。
「にやけとらん」
サギはゴロンと寝返りを打つ。
「ふうん?」
我蛇丸も寝床へ横になって、ふと、枕元を見た。
「何ゃっ?」
思わず変な声が出る。
枕屏風に春画が二枚並べて貼ってある。
河童と海女の絡みと天狗と陰間の絡み。
サギが文次に貰った春画を貼ったのだ。
役者や美人の錦絵のように飾って眺めるものだと思ったらしい。
「……」
我蛇丸は何も言わずにゴロンと仰向けになった。
リーン、
リーン、
虫の音だ。
羽を鳴らすのはオスだけだ。
交尾期で発情して鳴らしているのだ。
リーン、
リーン、
そう思うとなんたる耳障りであろうことか。
「……」
我蛇丸はイライラと耳を塞いだ。
なまじっか人並み以上の耳を持つ忍びの者に虫の音はやかましい。
リーン、
リーン、
早く眠って明日に備えなくてはならない。
「くがぁ――」
サギはとっくに寝息を立て始めた。
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