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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

fucking kid! (クソガキ!)

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 あれは昨年秋のショウのリハーサルのこと。


『ジョー。もう貴方のことで頭がいっぱい』

『俺もさ。ハニー』

 あらかじめ録音した音声が流れる。

「プッ」

 吹き出すジョー。

「うえ」

 下唇を付き出すメラリー。

「――っ」

 観客席で見ているバッキーの太田がいたたまれずにジタバタする。

「もぉ、ジョーちゃん、笑っちゃダメでしょ。メラリーちゃん、変顔しないの。そこでヒシーッと抱き合うのよっ」

 ゴードンは寸劇の演技にも妥協は許さない。

「俺、この後でジョーさんとガンファイトすんのに何でイチャイチャしなきゃいけないんすか?」

 メラリーが異議を唱える。

「――(ウンウン)」

 激しく頷くバッキーの太田。

「ガンマン・ジョーを油断させるために決まってんでしょっ。イチャイチャした分、メラリーの正体が分かった時のジョーの裏切られ度合いが増すのっ」

 ゴードンは寸劇の筋書きに不満は許さない。

「文句、多いぞ。メラリー」

「そうだよ。ガンマンデビュー出来るんだから、何でも有り難くやれよな」

 トムとフレディが観客席からヤジを飛ばす。

「お前よ、女のコともヒシーッと抱き合ったことねぇんだろ?」

 ジョーは憐憫の眼差しでメラリーを見た。

「――むむ――」

 図星なので悔しいメラリー。


『ジョー。もう貴方のことで頭がいっぱい』

「――っ」

 メラリーはヤケクソで体当たりするようにジョーに抱き付いた。

 バスッ!

「いてっ」

 メラリーの麦わら帽子のフチがジョーの鼻っ面に思いっ切り突き当たる。

「お前、絶対、わざとだろっ?」

「わざとなら軽く当ててないしっ」

「軽くねぇだろ?思いっ切りぶち当てただろっ?」

「鼻血出てないから軽くじゃんっ」

「このやろっ」

 ラブシーンだというのに2人はつまらないことで言い合いになった。


 あの秋の日のメラリーの一挙手一投足が走馬灯のように脳裏に浮かび上がる。

「グスッ、グスンッ」

 ジョーはひとしきり思い出し泣きにむせんだ。

「――あの、メラリーさんってヒト、ただ辞めたって伺いましたけど、ホントはお亡くなりになったんですか?」

 ビートが気の毒そうに声を潜めてゴードンに訊ねた。

 そう勘違いされても仕方ないほどジョーのメラロスの症状は深刻だった。

「え?やだっ。違うのよ」

 ゴードンがとんでもないと首を振ると同時に、

「てめっ!何、勝手にメラリーのこと殺してんだよっ」
   
 ジョーはいきなりビートに飛び掛かってドレスの胸ぐらを掴み上げた。

「ひゃっ?」
   
 ブチッ!

 勢い余って胸元のリボンが引きちぎれる。

「チッ、破れちまったじゃねえかよっ」

 ジョーはお前のせいで破れたとばかりにリボンをビートの顔面に投げ付ける。

「――っ」 

 ビートは咄嗟に手刀てがたなでリボンを払い落した。

 なかなかの反射神経だ。

「このっ、図々しくメラリーのドレス着やがってっ。脱げっ。クソガキがっ」

 さらにジョーはドレスのサッシュのリボン結びを掴んで力任せに引っ張った。

 バリバリッ!

 好都合に早変わりのドレスだったのでマジックテープが剥がれてドレスは前後が真っ二つに分かれた。

 ビートはちゃんと下にはカウボーイのコスチュームを着ている。

「ふんっ、今度、俺の神経を逆撫でするようなこと言いやがったらタダじゃおかねえからなっ」

 バサッ!

 ジョーは八つ当たりにドレスを床に叩き付けてから乱暴に戸口の扉を蹴ってミーティングルームを出ていった。


「――」

 ビートは理解が出来ないようにポカンとして床に落ちたドレスを見下ろした。

 忌まわしいドレスを自分が拾う気にはなれなかった。

「ま、どうせ早変わりのリハーサルもしなきゃいけなかったから、ちょうど良かったわ。――ビートちゃん、本番のステージでは酒場のセットの裏側でスタッフがドレスを引っ剥がすからね」

 ゴードンはことさら何でもないという笑顔でその場を取り繕ってドレスの前後とちぎれたリボンをせっせと拾い集める。

「――はあ」

 ビートは気が抜けたような空返事をした。

 あんな野蛮な無法者と明日から一緒にショウをやるのかとゲンナリした表情だった。


「もお、何も知らない新キャストのコに八つ当たりして乱暴するなんて。ロバート、ここはリーダーとしてピシッとジョーに注意すべきじゃない?」

 マダムがロバートに振り返って言ったが、

「もうじき30になろうってガキに何、言っても無駄だろ?」

 ロバートはお手上げというジェスチャーをしてみせて戸口へ向かった。

「あ、もぉう」

 ロバートとマダムがミーテングルームを出ると、トムとフレディも「晩飯、晩飯」と言いながら後に続く。


「――ああ?やだ。生地まで裂けちゃってるわ」

 ゴードンがドレスの前を広げて見ると、リボンが縫い付けられていた胸元の生地もペロッと裂けている。

「んもうっ」

 バサッ!

 むしゃくしゃして思わずドレスをテーブルに叩き付ける。

 ドレスの修繕を頼むコスチューム担当が元・妻のタマラだけに遠慮会釈もなくガミガミ怒られると思うとゴードンは四面楚歌の境地だった。


 一方、

 キャスト食堂では、

「俺は決めたぜ。あのビートってガキを追い出してやる。事あるごとに難癖を付けて、いびって、いびって、奴が尻尾を巻いて逃げ出すまで、全身全霊でいびり抜いてやるぜっ」

 ジョーが逆恨みも甚だしい決意を語っていた。

「――そ、それは、いくらなんでもヒトとして道を踏み外してないでしょうか?」

 太田は賛成しかねて困惑顔だ。

 そこへ、

「ちょいと、バッキー」

 先住民キャストのリーダー、レッドストンが出入り口から顔を覗かせて手招きした。

(――レッドストンが何の用で?)

 太田は怪訝な顔でテーブル席を立ってロビーへ出た。
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