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第9弾 お熱いのがお好き?
It is no good regretting(今さら悔いても仕方ない)
しおりを挟む「ケント、さっき女子更衣室でアニタがこれを落としたのよっ」
マダムはケントの鼻先に妊娠検査薬のスティックを突き付けた。
「――?これ、何すか?」
ケントは目をパチクリさせる。
妊娠検査薬など見るのは初めてで何か分からなかった。
「トボケてるの?それとも妊娠検査薬も知らないの?」
「え、ええっ?」
ケントはビックリして妊娠検査薬のスティックを二度見した。
マダムは妊娠検査薬のスティックの『陽性』『陰性』の表記を指差し、
「ほら、陽性のところに紫色のラインが出ているでしょ?アニタが妊娠しているってことよ」
「そ、そんな、あっ、じゃあ、あの時に――」
ケントは一気に青ざめた。
「心当たりがあるのねっ?」
マダムが声を荒げる。
「――わああっ、あの時、俺がムラムラを抑えられなかったばかりにっ。避妊する余裕もないほどムラムラを爆発させたばかりにっ。あああっ、アニタがあぁぁっ」
ケントは両手で頭を抱えて床にうっ伏した。
「……」
廊下で盗み聞きしているアラン、マーティ、ヘンリー、ハワードは(マジかよ)(なんてこった)と案じ顔を見合わせる。
「今さら悔やんでも遅いわ。それで女のコの一生が左右されるのよっ」
カンッ!
マダムは怒りに任せて妊娠検査薬のスティックを床に叩き付けた。
アニタは誘惑に弱く食欲に負けてウエストサイズが7㎝もオーバーするような楽天的なコだ。
性欲にも負けるに違いないのだから、こんなことになる前に注意喚起しておけば良かったとマダムも悔やんだ。
「で、でもっ、俺達、決していい加減な付き合いじゃないし、ちゃんと結婚も考えているし」
ケントはバッと顔を上げて弁解する。
「だけど、アニタはカンカンのオーディションを受けるつもりよ?――ということは産むつもりがないってことじゃないかしら?」
「――ええっ?」
「オーディションに受かったらお腹の子は始末しようと考えているのかも知れないわ」
「ま、まさか、アニタに限ってそんなことを?俺、子供好きだし、自分の子を始末するなんて絶対にさせられないっすよ」
託児所のボランティアをしているくらい子供好きなケントにとっては授かった命を始末するなど耐えがたいことだ。
「あなたの子でも産むか産まないかを決めるのはアニタだわ。わたしは50人もいるカンカンの踊り子のダンス指導を10年以上もしてきて、妊娠中絶するコなんてイヤになるくらい見てきたの」
マダムは深く溜め息する。
今時の若いコは気軽に中絶することをマダムは嘆かわしく思っていた。
ちなみに日本の中絶件数は1日あたり450件である。
毎日毎日、それだけの胎児が闇から闇へと葬り去られているのだ。
「お、俺はそんなのイヤですっ。アニタにはカンカンの踊り子は赤ん坊を産んでからにしてくれって、俺がちゃんと赤ん坊の世話するからって、そう説得しますっ」
ケントはキッパリと断言した。
「ケント、よく言ったわね。そうよ。アニタならきっと大丈夫。まだ23歳だもの。オーディションは来年もあるし、1年くらいのロスは大したことないわ。カンカンの踊り子で最年長のサンドラは48歳よ」
マダムはカンカンのリーダーのサンドラの年齢までポロッとバラす。
「――っ」
廊下で盗み聞きしているアラン、マーティ、ヘンリー、ハワードは(ええっ?)(サンドラさん、48歳っ?)と本筋とは関係ないサンドラの年齢にビックリ顔を見合わせる。
カンカンダンスで鍛えたサンドラは実年齢より二周りは若く見えるグラマー美女だが、すでに成人している子供までいた。
そこへ、
「――あの?何してるんですか?」
ミーナが廊下を挟んだ向かいの託児所から出てきて不審そうに訊ねた。
託児所は廊下側が腰高のガラス窓なので騎兵隊キャスト4人がダンスの稽古場の戸口に張り付いているのが丸見えなのだ。
「シーッ」
4人は慌てて口に人差し指を立てるが、いつも託児所で騒がしいチビッコを相手にしている保母のミーナの声は甲高く響く。
「――?」
案の定、マダムがミーナの声に気付いてガラリと戸を開けた。
「マダム?――あっ?」
ミーナは稽古場の床に落ちている妊娠検査薬のスティックが目に入るや、
「やだっ。何でこんなところにっ?」
猛ダッシュで中に飛び込んで拾い上げた。
「――え?さっき更衣室で拾ったんだけど?」
マダムは(もしや?)と冷や汗が出てきた。
「更衣室に?だったら、これ、わたしのです。託児所に戻ってからポシェットの中を見たらなくなっていて」
ミーナは真っ赤になって妊娠検査薬のスティックを急いでポシェットに仕舞う。
実は先月の生理が来なかったと先輩の保母に話したら「検査してみれば?」と妊娠検査薬のスティックをくれたのでさっそく使ってみたところ、めでたく陽性の反応が出て、昼休憩に夫のロッキーに見せるつもりだったのだ。
「あ、あら、そう。ミーナちゃんの落とし物だったのね。そろそろ2人目、欲しいって言ってたものね。おめでとう」
マダムは内心で(あちゃー、やっちゃった)と焦ったが澄まし顔して祝福する。
アニタが嘔吐していたせいで尚更にアニタが妊娠だと早合点してしまったのだ。
「ありがとうございます。それじゃ、わたし、お昼に行くので」
ミーナは恥ずかしそうにそそくさと廊下に出るとキャスト食堂へ小走りしていった。
「ごめんなさい。ケント、わたしの早とちりだったわ」
マダムは「ほほほほっ」と取って付けたように高笑いして誤魔化した。
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