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第7弾 明後日に向かって撃つな!

Lure(ルアー)

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 そこへ、

「メラリ~ン」

「すげー」

「やるじゃん」

 伊集院、二階堂、西園寺が楽屋を訪ねてきた。

 今日は3人だけらしく応援団のピンク色のハッピもハチマキもメラリー団扇もなくフツーだ。

「ま、昨日がたまたま不調だっただけで今日はいつもの実力どおりだけどさ」

 メラリーはコロッと機嫌良く友達の相手をする。

「お前等、これから東京に帰るの?」

 応援団は一泊二日の予定のはずだ。

「いや、その予定だったんだけど、昨日の歓談の宴でカンカンのお姉さん達と仲良くなってさ」

「せっかく冬休みだし、あと2、3日は遊びたいな~と話してたら」

「レッドストンさんが荒刃波あらばは高原にお手頃なペンションがあるって紹介してくれてさ」

 3人はホイホイと誘いにのって今日から3日ほどレッドストンの実家のペンション『若草の切妻屋根の小さな家』に泊まるらしい。

「なに?その長ったらしいペンションの名前。レッドストンの奴、ちゃっかり自分んちのペンションに客引きしてんじゃん」

 メラリーは顔をしかめた。

「ま、レッドストンはキャスト宿舎で実家にはめったに帰らねえからいいんじゃね?」

「だな」

 トムとフレディが口を挟む。

「ところで、カンカンのお姉さん達って誰?」

 メラリーは怪しんだ。

「サラさん、セシルさん、ヘレンさん」

 3人はデレデレと鼻の下を伸ばす。

(みんなジョーさんのハニーじゃん)

 ジョーの不純異性交遊の相手=ハニーだ。

「夕食はカンカンのお姉さん達とペンションで食べる約束なんだ」

「パリの3ツ星レストランで修行したオーナーシェフの創作和風フレンチのフルコース」

「フレンチにどうっしても醤油を掛けて食べたいと思ったオーナーシェフが考案した熱々ご飯に合うフレンチだってさ」

 3人はレッドストンに貰ったペンションのパンフレットを見せる。

「ふぅん」

 和食器に盛り付けられた箸で食べる創作和風フレンチとやらの写真が載っている。

 メラリーは幼い頃からフレンチなど食べ慣れているが、今まで舌平目のムニエルを食べるたびに(くぅ~、醤油、掛けたい~。ご飯、食べたい~)と何百回、思ったことか。

 創作和風フレンチにはたまらなくそそられる。

 だが、これは自分をおびき寄せるレッドストンの罠に違いない。

 メラリーは油断ならないと思った。



 その4時過ぎ。

(――あ、来た♪)

 クララはロビーでガンマンキャストが早めの夕食にキャスト食堂へやってくるのを待ち構えていた。

 クララは遅いオヤツ休憩だ。

「はい、これ」

 クララはメラリーがテーブルに着いたのを見計らって、隣に座ってマシュマロ入りブラウニーを渡す。

「わぁい♪」

 メラリーはご機嫌でブラウニーを受け取る。

「おっ、6個入りじゃん。俺等と分けてちょうどだなっ」

「だなっ」

 トムとフレディがテーブルの向かい側に座った。

(――え?2人がそこに座ったらジョーさんは?)

 クララは(こんなはずでは)という困惑顔になる。

「あら?今日はブラウニー?」

「うちのウルフに貰ったクッキーも美味かったな。あれは酒のつまみにも合うよ」

 マダムがメラリーの隣に、ロバートがフレディの隣に座った。

(――え、え?2人がそこに座ったらジョーさんは?)

 クララが困惑しているうちにバミーとバーバラがやってきてマダムとロバートの隣に座った。

 もう8人掛けのテーブルが埋まってしまった。


「ジョーさん、こっちに座りましょうか?」

「……」

 ジョーは太田と隣のテーブルに着いた。

 クララからは離れていて姿は見えないが、ジョーはまだメラリーに憎いあんちくしょうにされたショックから立ち直れない虚ろな表情だ。


(な、なによ。でも、いいわ。ガンマンキャストのみんなと親しくなるチャンスだもの)

 クララは気を取り直して、

「あの、ロバートさん。タイガーくんとウルフくんにも」

 ロバートにブラウニーの袋を差し出す。

「ありがとう。うちのガキは生意気に舌が肥えてるから喜ぶよ」

 ロバートはニッコリしてブラウニーを受け取る。

(ああ、親バカ自慢しつつ、さりげなくワタシの腕前を褒めてくれて、さすがに海外生活していたヒトは違うわ)

 クララはついロバートにうっとりした。

 悪役ガンマンとはいえ10年前のオープン当初からウェスタン・ショウを見ているクララからしたらロバートもタウンの看板スタァなのだ。

「クララちゃん。いっぱい作って大変だったでしょ?」

 マダムは(なに、ロバートにまでうっとりしてるの?このコは)というひきつった笑顔だ。

「あっ、いえ。いつもスイーツ・ワゴンでいっぱい作ってますから」

 クララはうっとりした顔をマダムに見られたかと焦って表情を引き締める。


「さてと、映画は6時半からの回でいいか?」

 ロバートは上映スケジュールをチェックして、みなの顔を見やった。

「……」

 マダムは(まさか?)という顔をする。

「え?俺等も?」

「すか?」

 トムとフレディは自分の鼻を指す。

「お前等、バッキーのアニメでも何でもいいって言ってなかったか?」

 さっき、ロバートが「久々に俺等もシアターに行くか?」と言った「俺等」とは自分とマダムだけではなく楽屋にいたキャストみなを指していたのだ。

「ええ。6時半からで大丈夫よね?」

 マダムは自分も最初からキャストみなで行くつもりだったかのように平静を装おって答えた。


「まあ、シアターではマダムとロバートさんを並べて座らせればいいんじゃね?」

「だな」

「それじゃ俺等はモブってことで」

 トム、フレディ、メラリーはコソコソと相談する。


「バッキーは?」

「シアター行かないの?」

 バミーとバーバラが太田に訊ねる。

「俺はこれから乗馬の特訓なのでっ」

 太田はやる気満々に「お先に」と席を立って乗馬クラブへ行ってしまった。

「……」

 ジョーはまだ虚ろなままだ。


「クララちゃんも一緒にどう?」

 マダムが気を利かせてクララにも声を掛けた。

 クララは自分も行きたそうな顔をしていたに違いない。

 「は、はいっ」

 クララは嬉々として返事した。
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