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第5弾 踊り明かそう

It is complete defeat to your eyes.(きみの瞳に完敗)

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「さあ、こちらも初エントリー。ウェスタン・ショウのアイドル、メラリーっ」

 タウンのキャストのしんがりはメラリーだ。

「スタート!」

 ガゴン、
 ガゴン、

「わっ、わわっ、ひぇっ」

 必死にバランスを取るメラリー。

「お、8秒を超えたぞ」

「結構、やるな」

 メラリーのダイヤでの特訓を見ていない先住民キャスト達は意外そうに目を見張る。

 ガゴン、
 ガゴン、

「うわっ、わっ」

 ズリ落ちそうに上体が斜めになる。

「メラリー、持ちこたえろっ。ステーキだっ」

 ジョーが叫ぶ。

「え、えいっ」

 体勢を立て直すメラリー。

「いいぞっ」

 騎兵隊キャスト達の歓声。

「おわっ?レッドストンの記録を超えたぜっ。暫定4位っ」

 先住民キャスト達の驚嘆。

「ステーキへの凄まじい執念っ」

 太田はさすがは牛肉王子と唸った。


 15、16、17と電光掲示板の秒数が進んでいく。

「おおっ、暫定3位のカウボーイの記録を超えましたっ。暫定2位の記録も超えるかっ?超えたっ。暫定1位の記録も超えるかっ?超えるかっ?」

 司会者が興奮気味に叫ぶ。

 ガゴン、
 ガゴン、

 ほぼ直立に跳ね上がる暴れ牛。

 ズルッ。

「うわっ」

 ついにメラリーは暴れ牛から転落した。

 ビヨ~ン。

「タイムは?おおっ、暫定1位の記録を超えましたーっ。メラリー、暫定1位ーっ」

「ぃやったぁっっ」

 メラリーは命綱でビヨンビヨンしながらガッツポーズする。

「あとは前回優勝のビリーの結果次第でメラリーちゃんの優勝も有りですよっ」

「お、おうっ」

「スッゲーっ。メラリーっ」

 狂喜乱舞するタウンのキャスト達。

「ぐわ~~~、信じらんね~~~っ」

 牧場のカウボーイ達はとんだ番狂わせに歯噛みし身悶えする。


「いよいよラスト、前回優勝者カウボーイ・ビリーの登場ですっ」

 司会者のコールでカウボーイ達の間を抜けてビリーが出てくる。

「ビリ~~~っ」

 牧場のキャストの女のコ達の黄色い声援が飛ぶ。

「……」

 ビリーは素のシャイな田舎者丸出しとは別人のようにクールなキメ顔で手を振った。

「あれが牧場のスタァ、カウボーイ・ビリーか」

「噂にたがわぬイケメンですね」

「むむっ」

 ジョー、太田、メラリーは敵意もあらわにビリーを睨み付ける。  


 ビリーは余裕の表情で暴れ牛に跨がった。

「スタート!」

 ガゴン、
 ガゴン、

(落ちろ、落ちろ、落ちろっ)

 メラリーは柵に身を乗り出し、ビリーに向けて腹黒い念を送る。

「――?」

 ただならぬ視線を感じ、ビリーは脇を見た。

 バチッ。

 ビリーとメラリーの目と目が合う。

(落ちろっ)

 目から落ちろ光線を放つメラリー。

「――ハッ」

 あのパッチリした目は?

 ビリーの脳内でドレス姿の女のコとメラリーの顔がピタリと重なり合った。

「あああ――っ?」

 信じられないという顔のまま暴れ牛から転落するビリー。

 ビヨ~ン。

「ああっ?ビリー、早くも転落っ。な、なんと7秒?前回優勝者カウボーイ・ビリー、8秒以下でまさかの失格ですっ」

「うっそ~~~ん」

 あまりに無惨なビリーの負けっぷりに脱力した悲鳴を上げる牧場のキャストの女のコ達。

「や、やったっ。メラリーちゃんっ。優勝ですよっ」

「ゆ、優勝?」

「やったなっ。メラリー」

 信じられないという顔のメラリーに両側から抱き付く太田とジョー。

「でかしたっ、メラリー」

「タウンから優勝者だぜっ」

 タウンのキャスト達はメラリーを放り上げ、「わっしょい、わっしょい」と胴上げした。


「では、表彰式に移ります。5位から発表します」

 5位のレッドストン、4位、3位、2位のカウボーイが呼ばれてステージに並ぶ。

「そして、1位っ。初エントリーで優勝をかっさらったメラリーっ」

 メラリーは満面の笑みでギャラリーに両手を振りながらステージに上がり、入賞者の真ん中に立つ。

「……」

 ビリーは哀愁の表情でメラリーを見ていたが、

「く――っ」

 たまらずに涙がこみ上げ、クルッときびすを返した。

「あっ?ビリー?これから前回優勝者から優勝旗の授与を」

 司会者が呼び止める間もなくビリーは人垣を押し分けて走っていく。

「なんだ?アイツ」

「惨敗したからって大人げない男ですね」

 ジョーと太田は会場を走り出ていくビリーに呆れ顔した。


 どうでもいい表彰状、かさばって邪魔くさい優勝旗、暴れ牛のデザインのダサいトロフィーと順々に授与されて、

 やっとメラリーのお目当てのお食事券の番だ。

「優勝したメラリーにはウェスタン牧場直営ステーキハウスのお食事券10万円分が贈られます」

 カウガールのモーリンとモーレンがお食事券の目録を持ってくる。

「おめでとうっ。メラリー。よく頑張ったっ。感動したっ」

 ウェスタン牧場の偉いヒトからお食事券の目録が手渡される。

「ありがとうございます~っ」

 メラリーは満場の拍手喝采の中、本日一番のニコニコ顔でお食事券の目録を受け取った。

 
 一方、

「グシッ、グスッ」

 ビリーは牧場の横木の柵に腰を掛けてベソベソと泣いていた。

「ビリー」

 表彰式を終えたモーリンとモーレンがやってくる。

「一目惚れの相手が男のコのメラリーちゃんだって気が付いちゃったのね」

 憐れみの表情のモーリンとモーレン。

「お、お前等、知っでだのが?知っでて俺のごど馬鹿にしでだんだが?お、女のゴど間違えでポ~ッどなっでって、陰で笑っでだんだがっ?」

 ビリーはウェスタンシャツの袖でグシグシと涙をぬぐい、八つ当たりに声を荒げる。

「ど、どうぜ、男ど女の見分げも付がねぇ田舎モンだがっ。ジジババしがいねぇ辺境がら出でぎだ田舎モンだがらよ。だ、だがら――っ」

 また涙が溢れ出るビリー。

「ビリー。カウボーイは田舎モンに決まってるでしょ?」

「だから、あんたは『カウボーイ・ビリー』なのよ?」

 身も蓋もない言葉で慰めるモーリンとモーレン。

「……」

 ビリーはまたグシグシと涙をぬぐう。

「ウェスタン牧場の看板スタァがこんなとこでメソメソしないの」

「ここは寒いわよ。小屋に入ってホットミルクでも飲みましょ?」

 モーリンとモーレンは両側からビリーの腕に自分達の腕を回す。

 そして、

 3人で散歩でもするかのように夕暮れの牧場を歩いていった。
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