83 / 297
第4弾 聖なる夜に
Stupidity of a horse(馬の馬鹿)
しおりを挟むその午後、
ウェスタン牧場。
ウルフと男は乗馬体験の馬場に来ていた。
「ここを右手でしっかりと掴んで~、左足をここに掛けて下さいね~」
カウボーイのキャストがいかにも初心者向けに馬の乗り方を説明するが、
スサッ。
男は慣れた動作でウルフを前に乗せて馬に跨がった。
「パッカパッカしたい~」
ウルフも慣れた様子で高い馬上で怖がりもしない。
「よし。それっ」
馬を早足させる男。
「ああっ、こ、困りますっ。乗馬体験は引き馬だけですよ~」
慌てふためくカウボーイのキャストにお構いなしに男は馬場を一周する。
パッカ、
パッカ、
パッカ、
パッカ、
「わぁい♪」
ウルフは男と一緒にレイン(手綱)を引いて大喜びだ。
一方、
キャスト食堂。
ショウとパレードを終えたガンマンキャストが早めの夕食を食べていると、
「ロバートちゃん~」
ゴードンが封筒をヒラヒラさせながらやってきた。
「はい。これ、ショウの前売りチケット。3枚でいいのね?タイガーちゃんに渡して」
タウンのロゴ入りの封筒を差し出す。
「すみません。ゴートンさん」
ロバートは手刀を切って受け取った。
「タイガーちゃんって、ロバートさんの子供?」
メラリーがビーフカレーをモグモグしながら訊ねる。
「そう。今、小学――4年っすか?」
ジョーがロバートを見やる。
「ああ。タイガーが日曜に友達と一緒にショウを観に来るって言うんだけどよ。親父が悪役ガンマンじゃ体裁悪いんじゃねえかな?」
ロバートはガラにもなく気弱なことを言う。
「そんなことないっすよ。ロバートさんは悪役でも格好良い系だから」
「そうそう。自慢に思ってなきゃ友達なんか連れて来ねえって」
メラリーもジョーも心配無用と請け合う。
「――なら、いいけど」
ホッとしたような顔でロバートはジャージのポケットに封筒を仕舞った。
その夕食後、
「ちょいと馬屋でも覗いてみるか」
ジョーとメラリーは腹ごなしにモニュメント・バレーまで散歩に来ていた。
太田が一緒にいないのは乗馬クラブで練習中だからである。
「パール、ダイヤ、シルバー、ゴールド、アンバー、トパーズ」
メラリーが馬を指しながら名前を挙げる。
30頭以上いるので全部の名前は覚えていない。
「いや、こっちがアンバーで、そっちがトパーズだろ」
ジョーが口を挟む。
「いや、そっちはゴールドですよ」
マーティがサラッと訂正した。
ゴールドはマーティが乗っている馬なのだ。
「マーティは馬屋の仕事が終わったらエマさんの愛妻弁当~?」
メラリーはエマの愛妻弁当が騎兵隊の詰め所にあるのを見逃さなかった。
「うん?ここが終わったらタウンの清掃のバイト。お弁当は夜食だよ」
マーティはせっせと馬のサドルを手入れしている。
タウンはクローズしてから清掃と整備のキャストが深夜0時過ぎまで働いているし、オープンの準備で午前3時から働き始めるキャストもいるのでほぼ24時間フル稼働である。
バックステージのキャスト食堂もファミレス並みに24時間営業だ。
「深夜まで?大変じゃん。マーティ、赤ん坊が産まれて扶養家族、増えちまったもんな」
「まあ、大変は大変だけど、その分、満足度もアップしてますから。――あ、見ます?昨日、撮ったマットの最新画像♪」
マーティはニンマリしてケータイの画像を見せる。
勿論、息子のマット(真人)という名前は西部劇『赤い河』のマットから名付けたのだ。
「いーよ。赤ん坊の顔なんて変わり映えしねーし」
素っ気なく手を振るジョー。
「あ、ホントだ。昨日、見た一昨日の顔と変わんない」
ケータイの画像を覗き込むメラリー。
「そうかな?どんどん顔がハッキリして可愛くなってるのに」
画像の赤ん坊を見てニマニマするマーティ。
「あ~あ、締まりのねえ顔して」
「親馬鹿は放っておいて餌やろうぜ~」
ヘンリーとハワードが山盛りの人参のバケツを持って入ってきた。
「あ、ニンジンやりたい♪」
メラリーはパタパタと走り寄ってバケツから人参を取った。
「ほら、パール」
パールはいつもメラリーが練習で乗っている馬である。
パリポリパリポリ、
「うひゃひゃ、咀嚼力すごい」
嬉々として次々と馬に人参をやるメラリー。
ジョーもバケツから人参を取って、
「メラリー、指まで喰われないように気を付け――」
ガブッ。
「――ウゲッ?」
ヒトのことを注意して余所見していた隙にダイヤに人参ごと指を噛まれた。
ダイヤはジョーが乗っている馬なのだ。
「ジョ、ジョーさんっ?」
「わ、わわっ」
うろたえるマーティ、ヘンリー、ハワード。
「――てぇ」
ジョーの右手の人差し指からポタポタと血が滴り落ちる。
「こ、この馬鹿馬っ。馬刺しにしちゃえっ」
メラリーはダイヤの鼻っ面を目掛けて人参を振り上げた。
「あっ、よせよっ」
ジョーがダイヤを庇って肘でメラリーを突き飛ばす。
「ひゃっ」
ドサッ。
「おっと――」
後ろに吹っ飛んだメラリーをハワードとヘンリーが受け止めた。
「――むう」
メラリーは悔しげにジョーを睨み付ける。
自分が馬より粗末に扱われたようですこぶる不愉快だった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる