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第3弾 虹の向こうへ

Gather Ye Rosebuds While Ye May.(薔薇の蕾は摘めるうちに摘みましょう)

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 バックステージのロビー。

「もぉ、ぽっちゃりだとか、モンチッチだとか、なんて失礼な戯言たわごとを抜かすのかしらね。エマちゃんはもうじき臨月の妊婦さんなんだし、髪型はオシャレなセシルカットじゃないの」

 タウンに戻ると、メラリーは早々そうそうにマダムからお小言をちょうだいした。

「俺、ホントはドスコイって思ったけど、一応、気を遣ってぽっちゃりって言ったのにっ」

 メラリーはブスッと口答えする。

「そうですよ。メラリーちゃんは一応、ドスコイをぽっちゃりと言い替えるだけの配慮をしたんですから」

 太田がメラリーの肩を持つ。

「まあ、臨月で10Kgくらいの増加が理想的なんだけど、エマちゃんはすでに20Kg近く増えちゃったらしいから」

 マダムはちょっと、いや、だいぶ肥え過ぎのエマを心配した。

 
 その時、

「~~♪」

 ジョーはキャスト食堂にあるコーヒーマシンでみなの分のコーヒーを淹れていた。

 すると、

「――あら、ジョーさん?」

 背後から若い女の声が。

「――え――?今、このタウンで俺に親しげに声を掛けてくれる奇特な女のコなんて――」

 ジョーは怪訝に振り返る。

「お久しぶりです~」

 ミーナ(驫木とどろき美奈みな)が笑顔でペコリとした。

「ミーナちゃんっ」

 ジョーは決して忘れっぽい訳ではないので、名前をちゃんと覚えている女のコもいる。

「わたし、半分、持ちますね」

 ミーナが手伝って人数分のコーヒーを一緒にロビーまで運んでいった。


「――あ、ミーナさん、久しぶり~」

 メラリーも久々に逢ったミーナに喜色満面だ。

 このミーナは以前、タウンで風船売りのバイトをしていた女子大生だった。

 美女に目がないジョーとメラリーは例によって例のごとく2人してミーナを狙っていたが、

 てっきり父娘だと勘違いしていた保安官キャストのロッキー(驫木とどろき駿はやお)とミーナが実は親子ほど年齢差のある夫婦で、しかも、すでに子持ちというオチが付いたのだった。

「この春に女子大を卒業してタウンに就職したんです」

 相変わらずミーナは子持ちの人妻とは思えないほど初々しく可愛いらしい。

「そうだったんだ。今は風船売りじゃねぇの?」

 ジョーはミーナの着ているブルーのドレスに白いエプロンのコスチュームに目を向けた。

「ええ、今はここの託児所の保母さんです。わたし、大学は児童学科だったので。うちのコもずっと前から預けてるから一緒で助かってるんです」

 このタウンにはキャストの子供の託児所もある。

 もうすぐ3歳になる娘をタウンの託児所に預けていたおかげで、ミーナは女子大を無事に卒業することが出来たのだ。
  
 
 そこへ、

 スイーツ・ワゴンの仕事を終えたクララがロビーに入ってきた。

「あれ?ミーナ?」

 クララは笑顔でミーナに走り寄ってから、手前のソファーに座っているジョーに気付き、ハッとして足を止めた。

「あ、あん時の」

 ジョーは女のコの顔はしっかりと覚えている。

「……」

 クララは気まずい表情で黙っていた。

「あん時は悪かったな」

 ジョーはソファーから立つとクララと向かい合ってペコリと頭を下げる。

(ジョーさん、今さら謝ってくれるなんて)

 クララは歓喜でドギマギするのが恥ずかしくて下を向いた。

 頬がカアッと熱くなってくる。

(やだ、わたし、茹でダコみたいに真っ赤になってるんじゃない?)

 クララはますます恥ずかしくなって慌ててジョーから顔を背けた。

「――む――」

 ジョーはそのクララの態度を自分を痴漢のように警戒しているのだと勘違いした。

「分かってるよ。もう二度と誘わねぇし、これっきり話し掛けもしねえし、半径5メートル以内にも近寄らねえからよ。安心していいぜ」

 ジョーはまったく分かっていない。

「――っ」

 クララはジョーの言葉にモニュメント・バレーのビュート(岩山)のてっぺんから突き落とされたくらいのショックを受けた。

「――ひ――ど――い――」

 赤面した顔をクシャクシャに歪めて、切れ切れにそれだけ言うと、クララは一目散にロビーから廊下へ走っていった。

「――え?クララ?何?どうしたの?」

 何も事情を知らないミーナはあたふたしてクララの後を追っていく。

「ひどいって何だよ?ちゃんと謝ったのによ~」

 ジョーは「謝って損した」という口振りでまたソファーにボスッと腰を下ろした。

 クララが自分を絶対に許さないほど怒っているのだとばかり思っている。

「はあぁ~」

 マダムが大袈裟に吐息する。

「この乙女心の分からなさ、もはや犯罪的ですね」

 太田が気難しい顔をしてみせる。

「うん」

 メラリーは大きく頷いた。

 ジョー以外の3人は複雑なクララの乙女心をその表情だけで読み取っていたのだ。
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