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◆番外編◆ かなわないもの~side要~
#8
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美菜の艶やかな柔らかな唇の感触をゆっくり味わうようにして優しく口づけて、何度も甘く慈しむようにして啄み続けていると……。
まるで、俺のこの想いに応えるようにして、美菜の腕が俺の首へと回されたかと思うと、縋るようにして抱き着いてきた。
それだけで、もう嬉しくて堪らなくて、このまま美菜と一緒に溶けてしまえたら、なんてまた俺らしくもないことを思ってしまう。
けれど、甘く蕩けるような甘美なキスに蕩けあっていた筈の美菜の頬を冷たいものが伝う感触がして。
美菜の目尻にそっと指を滑らせてみれば、それが涙だと分かった瞬間、また胸の奥が軋んで切ない痛みを訴えてくる。
ついさっき、美菜の言葉を信じると決めたばかりだというのに……。
早くも、言いようのない虚しさに押し潰されてしまいそうで、苦しくて苦しくて堪らない。
このまま何もかも忘れて、美菜との甘く蕩けるようなキスに溺れていたいなんてことを思ってしまう。
でも、そんな想いをおいやってでも、美菜の涙をなんとか拭い去ってやりたいなんて思ってもいて。
――美菜を想う気持ちがこんなにも大きくなってしまっていることに気付かされた瞬間だった。
「美菜? どうして泣く?」
美菜の唇からそっと離れて、見つめていれば……。
「……もっと、して……くだしゃい」
美菜は泣きながら、そんな子供が甘えるような口調で、さっきまでの甘いキスの続きをねだってくる。
一瞬、美菜の顔が、美優とダブって見えた気がして。
また、胸の奥がズキンと痛んで、胸が苦しくなってくる。
六年前、俺は婚約間近だった美優に『好きな人のことをどうしても諦められない』と言ってフラれた。
美優と別れてから自棄になっていた俺は、美優を忘れるために、来るもの拒まず色んな女の誘いに乗った。
その間、美優は入院してて、夏目から『本当の事』を訊かされた頃には、美優の命はもう尽きかけていて。
俺が逢いに行った時には、もう美優の意識は朦朧としてて、ちゃんと話すことさえ叶わなかった。
『本当の事』とは、美優が俺と別れると言ったのは、末期のガンだと診断され死期が近いと知って、それで俺から身を引いたということだ。
美優は、ちゃんと俺のことを好きになってくれていたのだという。
――でも、そのことを美優の口から直接聞くことは叶わなかったから、ずっと燻ったままだった。
本当に、俺のことが好きだったのなら、何もできなくても、どんなに辛くても、病気だと分かったその瞬間から、最期まで傍に居させて欲しかった。
弱っていく姿を見られたくなかったのかもしれないけれど……。
本当に、俺のことが好きだったのなら、最期まで傍に居たいと思うんじゃないのか?
あの時、どうして気付いてやれなかったんだろう……。
――そんなすっきりしないもやもやした気持ちと後悔だけが残された。
結局、美優を失ってしまった俺は、気づいた時には、女を抱けなくなってしまっていた。
そういう気になれなかったっていうのが正しいかもしれない。
――あの夜、美菜と一緒に過ごすまでは。
苦かった遠い記憶が頭を掠めて、また後悔の念に囚われかけていた俺は、それらを頭から拭い去った。
美菜がどうして俺を『好き』だと言ってくれたのか真意は定かじゃないが、俺の傍に居ようとしてくれる美菜の想いは大事にしたいし、信じたい。
本人に訊くことは叶わないが、俺がこうやって前に進むことをきっと美優なら喜んでくれている筈だ。
俺のことを好きになってくれていた美優なら。
そんな風に思えるようになったのも、美菜に出逢えたお陰だと思う。
――そう思わせてくれた美菜のことを失いたくはない。
今はまだ、夏目のことを想っているのかも知れないが、いつか必ず俺の方へ振り向かせてみせる。
こうして覚悟を決めた俺は、目の前の美菜へと意識を切り替えさせたのだった。
まるで、俺のこの想いに応えるようにして、美菜の腕が俺の首へと回されたかと思うと、縋るようにして抱き着いてきた。
それだけで、もう嬉しくて堪らなくて、このまま美菜と一緒に溶けてしまえたら、なんてまた俺らしくもないことを思ってしまう。
けれど、甘く蕩けるような甘美なキスに蕩けあっていた筈の美菜の頬を冷たいものが伝う感触がして。
美菜の目尻にそっと指を滑らせてみれば、それが涙だと分かった瞬間、また胸の奥が軋んで切ない痛みを訴えてくる。
ついさっき、美菜の言葉を信じると決めたばかりだというのに……。
早くも、言いようのない虚しさに押し潰されてしまいそうで、苦しくて苦しくて堪らない。
このまま何もかも忘れて、美菜との甘く蕩けるようなキスに溺れていたいなんてことを思ってしまう。
でも、そんな想いをおいやってでも、美菜の涙をなんとか拭い去ってやりたいなんて思ってもいて。
――美菜を想う気持ちがこんなにも大きくなってしまっていることに気付かされた瞬間だった。
「美菜? どうして泣く?」
美菜の唇からそっと離れて、見つめていれば……。
「……もっと、して……くだしゃい」
美菜は泣きながら、そんな子供が甘えるような口調で、さっきまでの甘いキスの続きをねだってくる。
一瞬、美菜の顔が、美優とダブって見えた気がして。
また、胸の奥がズキンと痛んで、胸が苦しくなってくる。
六年前、俺は婚約間近だった美優に『好きな人のことをどうしても諦められない』と言ってフラれた。
美優と別れてから自棄になっていた俺は、美優を忘れるために、来るもの拒まず色んな女の誘いに乗った。
その間、美優は入院してて、夏目から『本当の事』を訊かされた頃には、美優の命はもう尽きかけていて。
俺が逢いに行った時には、もう美優の意識は朦朧としてて、ちゃんと話すことさえ叶わなかった。
『本当の事』とは、美優が俺と別れると言ったのは、末期のガンだと診断され死期が近いと知って、それで俺から身を引いたということだ。
美優は、ちゃんと俺のことを好きになってくれていたのだという。
――でも、そのことを美優の口から直接聞くことは叶わなかったから、ずっと燻ったままだった。
本当に、俺のことが好きだったのなら、何もできなくても、どんなに辛くても、病気だと分かったその瞬間から、最期まで傍に居させて欲しかった。
弱っていく姿を見られたくなかったのかもしれないけれど……。
本当に、俺のことが好きだったのなら、最期まで傍に居たいと思うんじゃないのか?
あの時、どうして気付いてやれなかったんだろう……。
――そんなすっきりしないもやもやした気持ちと後悔だけが残された。
結局、美優を失ってしまった俺は、気づいた時には、女を抱けなくなってしまっていた。
そういう気になれなかったっていうのが正しいかもしれない。
――あの夜、美菜と一緒に過ごすまでは。
苦かった遠い記憶が頭を掠めて、また後悔の念に囚われかけていた俺は、それらを頭から拭い去った。
美菜がどうして俺を『好き』だと言ってくれたのか真意は定かじゃないが、俺の傍に居ようとしてくれる美菜の想いは大事にしたいし、信じたい。
本人に訊くことは叶わないが、俺がこうやって前に進むことをきっと美優なら喜んでくれている筈だ。
俺のことを好きになってくれていた美優なら。
そんな風に思えるようになったのも、美菜に出逢えたお陰だと思う。
――そう思わせてくれた美菜のことを失いたくはない。
今はまだ、夏目のことを想っているのかも知れないが、いつか必ず俺の方へ振り向かせてみせる。
こうして覚悟を決めた俺は、目の前の美菜へと意識を切り替えさせたのだった。
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