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揺らめく心と核心~前編~

#19

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それからしばらく、香澄さんの思惑通りになってしまったことが余程面白くなかったのだろう要さんは、ムスッとした表情をしていたのだけれど……。

胎嚢の写った数枚のエコー写真を受け取った途端、たちまち嬉しそうな表情を浮かべて、その写真を食い入るように魅入っている要さん。

そんな要さんの姿に、またまた感激してしまった私が目を潤ませていたところへ、写真に夢中の要さんに向けられた香澄さんの声が聞こえてきた。

「神宮寺先輩、これからしばらくは悪阻も酷くなってくるかもしれないですが、悪阻がおさまって、美菜さんの体調も良ければ、夜の営みのほうも特に問題はないと思いますけど……。いくら美菜さんのことが可愛いくて堪らないからって、連日は控えてくださいね? 
あぁ、それから、コンドームも忘れないように。妊娠中は免疫力が下がっているので色々と感染症に――」
「……小石川、ごちゃごちゃうるさい。それくらい分かってる。大事な美菜に負担なんてかけないように、これまで以上にゆっくり時間をかけて優しくするつもりだ」
「それはいい心がけです。神宮寺先輩がどれほどの時間を要するかは存じませんけど。できるだけ無理のない体勢で、できるだけ短時間で、いつもの半分くらいの所要時間でお願いします」

けれども、眼前で始まってしまったふたりのやり取りの内容が内容だけに、ここで聞いてていいものかと、なにやら居たたまれない気持ちになってくる。

できるだけ身体を丸めて気配を消してた私に、要さんと話してた香澄さんから、

「ねぇ? 美菜さん?」

ふいに話を振られてしまった可哀想な私は、

「////……へっ!?」

真っ赤になって頓狂な声を上げるという、なんとも恥ずかしい反応を返してしまうのだった。

お陰で、ますます恥ずかしくなってきた私はただ黙って俯いていることしかできない。

「小石川、いくら可愛いからって、美菜の反応で遊ぶな!」
「ふふっ、バレちゃいました? でもそういう神宮寺先輩だって、結構ノリノリだったじゃないですか?」
「ふん、なんのことだかさっぱり分からん」
「もう、とぼけちゃってぇ……。ふふっ」
「////」

でも、どうやらそれらは全部、私の反応を見るためのものだったらしい。

そのことにようやく気付いた私が、真っ赤な顔もそのままに、相変わらずエコー写真を嬉しそうに見つめている要さんにジトっと抗議の眼差しを向けていると。

「まぁ、冗談はここまでにして。美菜さん?」
「……は、はいっ」

さっきまでの砕けた口調から、急に真面目なお医者様の口調へと切り替えた香澄さんから名前を呼ばれた私は、慌ててそちらに意識を向けたのだった。

「妊娠初期は些細なことで情緒不安定になったりすることもあるでしょうが。そういうときには遠慮せずに、パートナーである神宮寺先輩を頼ってくださいね? 
妊婦さんにとってストレスが一番の大敵ですから。
悪阻の落ち着いてくる安定期に入るまでは、くれぐれも無理はしないようにしてください」
「は、はいっ!」

そうして、香澄さんの言葉に素直に返事を返した私に、香澄さんがこそっと耳打ちしてきて。

「さっきはふざけちゃってすみません。けど、昔からいっつも腹が立つほど冷静で、表情一つ崩したことなかったあの神宮寺先輩が、まさか泣くとは思わなくて。つい、調子に乗ってしまって。
神宮寺先輩、よっぽど嬉しかったんだと思います。それだけ美菜さんにべた惚れってことですよ。だから、さっきのことは許してあげてくださいね?」
「はい、分かりました」

香澄さんの言葉に、胸がジーンと暖かくなってきて、思わず泣きそうになりながらもなんとか返事を返したのだった。

「小石川、美菜にコソコソとなにを吹き込んでいたんだ?」

「やだなぁ? 神宮寺先輩が若くて可愛い婚約者に心変わりされないように、親戚としてフォローしてただけですよ。それより神宮寺先輩、夏目さんの件、お願いしますよ? じゃないと、写メ、送りますからね?」
「……ふん、何度もうるさい。分かってる」

そんなこんなで色々あったものの、ようやく診察を終えることができた私と要さんは、光石総合病院のエントランスで、夏目さんの運転する車に乗り込もうとしていた時のことだった。

車のすぐ後ろに、一台のタクシーが停められたと思ったら、それに続いてすぐ、後部座席のドアが開け放たれて、

「まだこちらにいらっしゃったのですね? 間に合ってよかった」

そこから要さんの弟である隼さんが現れたのは。
  
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