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縺れあう糸
#5
しおりを挟む――ど、どどどど、どうしよう……。
数メートル離れたここからでも分かるくらいメチャクチャ怒ってる様子の要さんに、どう言ったらいいか考えていた隙に、要さんは私のすぐ隣に立っていた。
身の丈百六十センチに届かない私よりも二十センチ以上高い位置にある、要さんの怖いくらいに均整のとれた綺麗な横顔を見上げることしかできない私は、あんぐりとしてしまっていて。
――ま、まさか瞬間移動!?
そんなお馬鹿丸出しの考えしか浮かんじゃこない。
なにげに、正面でフリーズしている木村先輩の様子を窺ってみると、お間抜けな私と同じようなリアクションの木村先輩にちょっとホッとした、どこまでもお馬鹿な私の頭上から要さんの声が降ってきた。
……いよいよ大噴火。
そう覚悟した私は、瞼をぎゅっと強く閉ざして大噴火に備えていたのだけれど……。
「木村くん。今日は一日、新商品の試作品造りに励んでいたそうだね、ご苦労様。その上彼女まで世話になってしまったようで、すまなかった。だが、彼女にとっては、いい気晴らしになったようだ。礼をいうよ」
私の予想はものの見事に外れ、以外にも穏やかな口調で、木村先輩への労いに始まり、謝罪に、お礼まで、丁寧に宣《のたま》った要さん。
木村先輩は、さっきの殺意まじりの鋭利な眼光と鬼の形相を目の当たりにしたせいか、副社長である要さんから直々にかけられたお言葉に、恐縮しきりで、完全に萎縮してしまっているようだ。
いや、ビビっていると言った方が正解だろう。
「……え、あぁ、いえ。と、とんでもないです……」
「じゃぁ、失礼するよ」
「……あぁ、はい。しっ、失礼いたしますっ」
どっからどう見ても、『YAMATO』の副社長らしい大人な振る舞いを見せた要さん。
意表を突かれた私は、閉ざしていた筈の瞼を大きく見開いたまま、要さんの綺麗な横顔を凝視し続けることしかできないのだった。
これでもかってくらいに、瞼を大きく見開いている所為で、目が落ちてしまうんじゃないかと心配になるくらいに。
そんな私の頭の中では、色んな考えが目まぐるしく浮かんでくる。
――あれ?そういえば要さんって、どうしてこんなところに居たんだろう?
――スーツを着ているということは、会社に行ってたのかな?
――それで、試作品のこと知ってたのかな?
――いやいやいや、そんなことよりも、逆に、メチャクチャ怖いんですけど……。
ここまで考えが及んだ途端、私の思考回路は停止し、その代わり、全身からは夥《おびただ》しい量の滝汗が流れ落ちてゆく。
何故なら、私の大きく見開いた目に映っている要さんの綺麗なお顔には、とっても穏やかな微笑を張り付けているのだけれど、目はまったく笑っちゃいないからだ。
「美菜、車を待たせてるから行こうか?」
「――あの、要さん?こ、これには事情が……」
「どういう事情があったかは、帰ってからじっくりと聞くとしよう」
「・・・」
穏やかな優しい口調とは裏腹に、私をエスコートするようにして、腰にがっしりと腕を回されたことで、密着した要さんの身体からは、凄まじい怒気のまじった気迫がひしひしと伝わってくるようだ。
――だ、誰か、助けて~!!
心の中で、そんなことを叫んだところで誰かが助けてくれる訳もなく……。
歩道の脇に停められた車まであっけなく連行された私は、シートに腰を落ち着け、長い脚を組んで腕組みし、窓の外を険しい表情で黙ったまま見つめ続ける要さんの隣で、まるでまな板の上に置かれた鯉にでもなったような心地だ。
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