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近づく距離

#11

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「これ、使って?

それに、着替えなきゃいけないだろうから、マンションに送ってく。

あぁ、安心して? 商品開発部の和田部長には、適当に言って、休みにしてもらっとくから」

やっぱり明るく気遣ってくれながら、自分のスーツのジャケットを私に渡してくれる、とっても優しい夏目さん。

それを素直に受け取りながら、

「はい。ありがとうございます。

……あ、でも、仕事は、休みたくないです」

夏目さんの提案通りに甘えさせてもらおうかと、一瞬、迷ったけれど、やっぱりやめておくことにした。

夏目さんの優しさに甘えて仕事を休ませて貰ったとしても、きっと、一人で嫌なことばっかり考えちゃうだろうし。

どうしても、思い出しちゃうだろうから、今日は一人には、なりたくないからだ。

その後も、車の中では、夏目さんが、泣き続ける私が落ち着くまでの間付き合ってくれて、何も言わず、黙って待っていてくれていたお陰で。

思う存分、泣きたいだけ泣くことができてスッキリしたせいか、ようやく涙も気持ちも落ち着いてきた。

そんな私の様子に、ホッとしたように穏やかな表情で、また優しく話し始めた夏目さん。

「要とは長い付き合いだけど、あんなに怒ってるとこ、初めてみたなぁ。

アイツ、生粋のお坊ちゃんだし。

父親を小さい頃に、飛行機事故で亡くしててさ。

会長も前会長も、社長である娘の麗華さんしか子供がいなかったせいで。

孫で長男だし、アイツをそりゃあ大事に可愛がってたみたいでさぁ……。

おまけに、勉強もできて、見た目だってあぁだし。

思い通りにならないことなんて、一度だけ、だった筈なのに……。

アレと美菜ちゃんまで、思い通りにならないもんだから、苛立ってしょうがないんだよ?

だからって、女の子にあんな乱暴なことするのは、絶対いけないことだって、思うんだけど……。

俺は、アイツの気持ちも分かるから、あんまりキツくは言えないんだよね。

でも、別に、美菜ちゃんが嫌いだとかそういうことじゃないから、そんなに落ち込むことはないよ。

いずれは、アイツが自分で乗り越えなきゃいけないことだから。

美菜ちゃんが心配しなくても、あとのことは、ちゃんと俺がフォローしとくから。

美菜ちゃんは、いつも通りにしてればいいからさぁ」

そう言って、ルームミラーに映った夏目さんが、とっても優しく微笑んでくれるもんだから。

これから副社長と、一体、どんな風に接したらいいのか分からなくて、どうしたものかと思っていたけど……。

単純な私は、夏目さんのその優しい笑顔と言葉で、心が軽くなった気がして、ようやく心から笑うことができて。

いつものように、「はい!」と元気よく返すことができた。

こんな感じで、副社長のことばかり考えてしまってた私は、夏目さんが言ってた『一度だけ』という言葉が、何を意味しているのか、ましてや、夏目さんが、この時どんな想いでいたかなんて、知る由もなかった。

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