あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

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「女は男のために装う生き物なのだと実感します」

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 張りつめた朝の空気のなか、旅行用バッグを抱えたわたしは、母に見送られて玄関を出た。

「いってらっしゃい。気をつけてね」

母の様子に、特に変わったところはない。
それでもまだ、油断はできない。
平静を装いながら、わたしはふだんと同じように、駅までの道を歩きはじめた。

ヨシキさんとの待ち合わせ場所は、いつも利用する私鉄の駅から、ふたつとなりの駅。
家の近くや最寄り駅で待ち合わせなかったのは、万一母が『送る』とか言い出したり、近所の人などに見られたりするのを避けるため。
しかも家を出るときは、いつも部活に着ていくような、地味なTシャツとパンツ姿という、念の入れ様だった。

待ち合わせの駅に早めに着いたわたしは、まっすぐトイレに向かう。
個室にこもると、バッグに入れていたワンピースを取り出す。
おととい原宿で買ったばかりの、真っ白なミニのワンピースだ。
真新しいワンピースに素早く着替えたわたしは、周りに用心しながら個室を出ると、化粧室の鏡の前に立った。
ポーチからブラシとゴムを取り出して髪型を整え、メイクも少しして、唇には鮮やかなリップを塗る。
こんなことをしている自分が、信じられない。
テレビでときどき見かける、渋谷辺りで遊んでいる軽薄な女子高生にでもなったみたいで、ちょっとした背徳感と嫌悪感がよぎる。

まあいい。
今からヨシキさんと楽しい旅行だもの。
あまりいろいろ考えないようにしよう。
気持ちを切り替え、わたしは化粧の続きをした。

頃合いを見計らって、待ち合わせ場所に行く。
ヨシキさんの黒の『TOYOTA bB』は、駅ビル前のロータリーの目立たない場所に、もう止まっていた。
一応用心して周囲を見渡し、わたしはクルマに近づく。

「おはようございます」
「おはよう。いい天気だね。おっ、今日はツインテールか!」
「はい。挑戦してみました」

人生初のツインテール 。
頭を振ると、髪の先がふわふわと左右で揺れる。
部活や日舞のときには必ず髪はまとめるが、ツインテールにしようなんて考えたこともなかった。

「凛子ちゃんみたいなストレートスーパーロングにツインテって、もう最強だよ! 髪のリボンも可愛いし♪
それに真っ白なワンピースがすごく似合ってるな。美脚をそんなに出しちゃって、素敵過ぎるじゃないか!」
「ほんとうですか? ありがとうございます」

こう手放しに褒められると、嬉しさも増してくる。
買ったばかりのワンピースは、ウエストの細いすっきりとしたラインで、ミニスカートの下にはパニエが入っていてボリュームがあり、とっても綺麗な形をしている。これを見つけたときは、心が弾んだくらい。
今までは、服を買うのにそんなにときめいたことなどなかったが、ヨシキさんに見てもらえると思うだけで、洋服選びが楽しくなってくる。
ツインテールの髪型にしても、子供っぽいなと思いつつも、つい、好きな人の好みに合わせてしまう。
これまであまり、お洒落には気を遣っていなかったけど、やっぱり女って、男のために装う生き物なんだなと実感。

まわりに注意を払いながら、ヨシキさんの開けてくれた助手席のドアから、わたしは素早くクルマに乗り込んだ。
男の人とふたりでいるのを、知り合いに見られでもしたら、大変なことになる。
ちょっとしたスリル。

「宿題はもう終わった?」

早朝の市街地を軽く駆け抜け、首都高速を飛ばしながら、ヨシキさんは訊いてきた。

「もちろんです。ヨシキさんこそ、仕事は片付きましたか?」
「ああ。昨夜遅くにやっと終わったよ。おかげで今日は心おきなく遊べる。ごめんな。この10日間、ロクにデートもできなくて」
「いえ。その分、今日明日はたくさんいっしょにいられますから」

つづく
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