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「わたしは清らかなお姫様なんかではありません」
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日の暮れた埋め立て地の公園の駐車場は、人影もなく、近くに他のクルマはいなかった。
すぐ近くにはライトアップされた高速道路の大きな橋脚がそびえ立ち、鉄骨が複雑に組合わさった橋の裏が、倒れ込むように重くのしかかってきて、対岸まで伸びている。
揺らめく水面から反射する光が、不安げにクルマの天井に漂っている以外は、橋を行き交うクルマの音が、こだまのように時折かすかに聞こえるだけ。ヨシキさんの顔にも仄かに水の揺らめきが差し込み、鬱屈した陰影を醸していた。
フロントガラスの向こうの水面に視線を向けたまま、ヨシキさんが口を開いた。
「あれからひと晩、考えてみたんだ」
「なにをですか?」
「今なら引き返せるって」
「え?」
「凛子ちゃんはオレみたいなのからは、離れた方がいいかもしれない」
そう言ったきり、ヨシキさんはまた黙り込んだ。
胸のなかをザワザワしたものが駆け巡り、夏だというのにからだが震える。
これって、別れの予感?
つきあいはじめてまだ、一日しか経っていないというのに。
いや。
わたしたちは、ほんとうにつきあっているのかさえ、わからない。
「どうして、そんなことを言い出すのですか?
わたし、なにかヨシキさんに悪いこと、しましたか?!」
思わず問い詰めるような口調になる。
「いや。凜子ちゃんは少しも悪くない」
「じゃあ、どうして」
「これ以上いっしょにいて、凛子ちゃんを傷つけるのが、怖いんだ」
「…よくわかりません」
「凛子ちゃんは美しくて清らかで潔癖なお嬢様で、オレみたいないい加減な男には似合わないなって、つくづく思ってさ」
「…」
「オレは、凛子ちゃんが思ってるような男じゃない」
「…」
「打算的でイヤなヤツなんだ。だから人の恨みだって、たくさん買ってる」
「そんなことが理由なんですか?」
「立派な理由だよ。
オレと凛子ちゃんじゃ、住んでる世界が違いすぎる。
オレとつきあうと、きっと失望させる。
だから凛子ちゃんには、もっと育ちがよくって純粋で、君だけを一途に想ってくれるような律儀な男の方が、ふさわしいんじゃないかなって」
「…」
「今ならまだ、凛子ちゃんの傷も浅くてすむだろうし」
「…」
「だからオレたち…」
「それ以上、言わないで下さい!」
遮るように声を上げると、わたしはヨシキさんに覆いかぶさり、自分の唇でヨシキさんの口を無理矢理塞いだ。
失いかけたとき、やっとわかる。
わたし、やっぱりこの人が好き!
『こんなヤツに惚れちゃダメだ、凛子!』
『こいつにだけはハマっちゃいけない。やめるなら今だ!』
理性はそう警告している。
だけど。
離れたくない!
離したくない!
「ヨシキさんがどんな人だろうと、わたしはヨシキさんのことが好きです。
ヨシキさんは才能もあって素敵な人です。誰からもそう見えると思います。
それに、わたしよりずっと年上だから、過去に何人も恋人がいても、全然おかしくないです。
そんなことはとっくに覚悟しています。
わたし、そんなことでヨシキさんに失望したり、責めたりしません!」
唇が離れたあと、堰を切ったように、わたしの口から言葉が溢れ出した。
今までの溜まっていたものを、全部吐き出すかのように。
「ヨシキさんには、ほんとは今も他に恋人がいるのかもしれない。
わたしなんて、ただの遊びなのかもしれない。
それでもいいです。
いえ。よくないけど…
それでもわたしが、ヨシキさんのことを好きだという気持ちは変わりません。
買いかぶらないで下さい。
わたしは白馬の王子をただ待っているような、清らかなお姫様なんかじゃありません。
わたしはヨシキさんに愛されたいと願っています。心も、からだも。
ヨシキさんをだれにもとられたくない。
ヨシキさんに抱かれたい。
ヨシキさんのものになりたい。
そんなことばかり考えているような、いやらしい女なんです」
口にすると、余計に気持ちが昂ってくる。
まるで、自分の言葉に悪酔いするみたいだった。
つづく
すぐ近くにはライトアップされた高速道路の大きな橋脚がそびえ立ち、鉄骨が複雑に組合わさった橋の裏が、倒れ込むように重くのしかかってきて、対岸まで伸びている。
揺らめく水面から反射する光が、不安げにクルマの天井に漂っている以外は、橋を行き交うクルマの音が、こだまのように時折かすかに聞こえるだけ。ヨシキさんの顔にも仄かに水の揺らめきが差し込み、鬱屈した陰影を醸していた。
フロントガラスの向こうの水面に視線を向けたまま、ヨシキさんが口を開いた。
「あれからひと晩、考えてみたんだ」
「なにをですか?」
「今なら引き返せるって」
「え?」
「凛子ちゃんはオレみたいなのからは、離れた方がいいかもしれない」
そう言ったきり、ヨシキさんはまた黙り込んだ。
胸のなかをザワザワしたものが駆け巡り、夏だというのにからだが震える。
これって、別れの予感?
つきあいはじめてまだ、一日しか経っていないというのに。
いや。
わたしたちは、ほんとうにつきあっているのかさえ、わからない。
「どうして、そんなことを言い出すのですか?
わたし、なにかヨシキさんに悪いこと、しましたか?!」
思わず問い詰めるような口調になる。
「いや。凜子ちゃんは少しも悪くない」
「じゃあ、どうして」
「これ以上いっしょにいて、凛子ちゃんを傷つけるのが、怖いんだ」
「…よくわかりません」
「凛子ちゃんは美しくて清らかで潔癖なお嬢様で、オレみたいないい加減な男には似合わないなって、つくづく思ってさ」
「…」
「オレは、凛子ちゃんが思ってるような男じゃない」
「…」
「打算的でイヤなヤツなんだ。だから人の恨みだって、たくさん買ってる」
「そんなことが理由なんですか?」
「立派な理由だよ。
オレと凛子ちゃんじゃ、住んでる世界が違いすぎる。
オレとつきあうと、きっと失望させる。
だから凛子ちゃんには、もっと育ちがよくって純粋で、君だけを一途に想ってくれるような律儀な男の方が、ふさわしいんじゃないかなって」
「…」
「今ならまだ、凛子ちゃんの傷も浅くてすむだろうし」
「…」
「だからオレたち…」
「それ以上、言わないで下さい!」
遮るように声を上げると、わたしはヨシキさんに覆いかぶさり、自分の唇でヨシキさんの口を無理矢理塞いだ。
失いかけたとき、やっとわかる。
わたし、やっぱりこの人が好き!
『こんなヤツに惚れちゃダメだ、凛子!』
『こいつにだけはハマっちゃいけない。やめるなら今だ!』
理性はそう警告している。
だけど。
離れたくない!
離したくない!
「ヨシキさんがどんな人だろうと、わたしはヨシキさんのことが好きです。
ヨシキさんは才能もあって素敵な人です。誰からもそう見えると思います。
それに、わたしよりずっと年上だから、過去に何人も恋人がいても、全然おかしくないです。
そんなことはとっくに覚悟しています。
わたし、そんなことでヨシキさんに失望したり、責めたりしません!」
唇が離れたあと、堰を切ったように、わたしの口から言葉が溢れ出した。
今までの溜まっていたものを、全部吐き出すかのように。
「ヨシキさんには、ほんとは今も他に恋人がいるのかもしれない。
わたしなんて、ただの遊びなのかもしれない。
それでもいいです。
いえ。よくないけど…
それでもわたしが、ヨシキさんのことを好きだという気持ちは変わりません。
買いかぶらないで下さい。
わたしは白馬の王子をただ待っているような、清らかなお姫様なんかじゃありません。
わたしはヨシキさんに愛されたいと願っています。心も、からだも。
ヨシキさんをだれにもとられたくない。
ヨシキさんに抱かれたい。
ヨシキさんのものになりたい。
そんなことばかり考えているような、いやらしい女なんです」
口にすると、余計に気持ちが昂ってくる。
まるで、自分の言葉に悪酔いするみたいだった。
つづく
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