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第二章「異変の始まり」

第10話「妖弧晴明」

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星の綺麗な夜、美夕は晴明に誘われ小川に蛍を見に行った。
蛍が晴明と、美夕の周りを淡く光りながら飛んでいる。
「わあっ、綺麗~! 晴明様。ほら、こんなにいっぱい」
と、美夕が瞳を輝かせ喜ぶ。晴明は、一匹の蛍を手の甲にとまらせながら静かに微笑み。
「美夕よ……今のうちに良く、見ておけ。
蛍はな、一夏しか生きられぬ。儚い命なのだから」と言うと、

美夕は、思わず涙を浮かべる。
「そんな……そんなの、悲しすぎます。こんなに綺麗なのに」
晴明は、美夕に近づくと、涙を指ですくった。
「だからこそ、儚い命を懸命に輝かせ、子孫を残し、未来を創る。それは生きている証だ」
美夕は、びっくりしたようにぱちくりと、瞬きをした。
「私達も?」


「ああ、そうだな」と、晴明は微笑んだ。
その時、美夕が「私は、私は晴明様が好き。晴明様は私のことを
どう、思っていらっしゃるのですか?」
と、晴明の方を真っ直ぐ見詰めてつぶやいた。
「妹のように、大切に思っているが?」と、晴明がにこやかに言うと、
美夕は首を横に振り、頬を染めて「そうじゃないんです! 妹じゃなくて、あの」
と、しどろもどろとしていると、晴明が真剣で、厳しい表情になり


「お前を、一人の女として見ているか……と言う事を問いたいのか?」
美夕は顔を真っ赤に染め、うなずいた。
晴明は、小石を拾い川の方へ投げた。
「私は今まで、家族のようにお前に接してきたつもりだったがな。美夕、私の姿を見ろ」
月の光に照らされて見る見る、晴明の姿が変化していった。
黒髪は長髪の銀髪に狐の耳と、純白の尻尾が生えた。その姿はまるで、人狐のあやかし。


「あ……晴明様が」美夕は口元を手で覆い、驚きの表情を見せた。
晴明はニヤリと笑った。「そうだ、美夕。俺は人と天狐てんことの間に生まれた、妖狐だ。これが、俺のもう一つの姿だ……」
いつもの晴明の優しく包み込んでくれるような包容力が消え、姿は、神々しく美しいが。冷たく触れただけで、切れてしまう刃のような鋭い妖気に。美夕は涙を溢れさせ、身体が震えた。そんな彼女を晴明が見兼ねて、
「俺が怖いか? 美夕」と穏やかに聞くと、美夕はふるふると首を横に振り、晴明に抱きついた。


優しく抱き留める晴明。蛍の淡い光が暗闇の天狐、晴明と美夕を浮かび上がらせた。
「どんな姿をしていたって、晴明様は晴明様です!
私の愛しい晴明様に、代わりはないんですっ! ですから、お願いです。
私を愛してください」と、悲痛に泣き叫んだ。


晴明は、切なげな表情をし、美夕の頭を撫でながら。
「――俺はな、美夕。お前に“化生”としてではなく、人の娘として、
幸せになって欲しいのだ。お前を、妖狐という俺の呪で縛りたくはない。
お前を大切に想うがゆえに、不幸になって欲しくないのだ。わかるな」
と言い聞かせた。美夕は晴明を見上げ、また、ぽろぽろと涙を流した。

「晴明様のお気持ちはわかります。でも、私だって完全な人間ではない。
鬼の化生ですっ! 私は晴明様の呪なら、縛られたい。
不幸になんか、なりません! 晴明様の愛に包まれたいんです!!」
「ああ、美夕……何と言う」
溜め息をもらし、美夕を見詰める晴明、


涙がいっぱい溜まった瞳で、見詰め返す美夕。紫の瞳と金の瞳が交差する。
さらさらさらと、小川のせせらぎが暗闇に静かにこだまする。
その時突如、かまいたちが巻き起こり、晴明と美夕を襲った。
風の刃で無残にも、粉々になる蛍の群れ。
「キャアアッ!!!」
「危ない! 美夕!!」晴明が美夕を素早く抱き上げ、疾風しっぷうのごとき速さで飛びのいた。
「誰だ!?」晴明は前を見据みすえ、鋭く叫んだ。


暗闇の中から、金髪の鬼の少女と、松明を持った、賀茂光栄かものみつよしが現れた。
「お前は、光栄! その鬼女は何者だ」と晴明が言うと、
光栄はクククと笑い「その前に何だ、晴明。その姿は?まるで、狐の妖その物ではないか!」と、指を指すと、


晴明は、冷ややかな態度で「姿の事は、どうでも良い。その娘は何だと聞いている」
と問いただすと、鬼の少女は。
「お初にお目に掛かります。私は賀茂光栄様の式神、鬼神の白月はくづきと申します。」
と、軽く会釈をした。


「鬼神の白月だと?」
晴明は、目を見開きつぶやいた。生暖かい風が吹いていく。
「晴明を殺せ、白月。場合によっては、美夕も殺しても構わん」
「はい、光栄様」
白月は、うつろな瞳でつぶやくと、両手を前に出し、かまいたちを操り攻撃してきた。

晴明は片手で衝撃波を放つと、かまいたちを相殺し、
懐から紙で出来た人形を取り出し「出でよ! 鬼神、黒月こくづき!!」と、叫んだ。
煙と共に黒月が、現れた。その姿に白月は驚き、「黒月兄様!」と叫ぶと、黒月も驚き
「お前は、白月! なぜ、賀茂光栄などの式神に!!?」と叫ぶと、
「お願い、兄様! 何も聞かないで!!」と、白月は涙を流しながら
先ほどより、数倍の威力のかまいたちを晴明と、美夕に向かって放ってきた。

「白月! たとえお前でも、主の晴明と美夕を殺させはせん!!」
と語気鋭く叫ぶと、刀を下段に構え、刀を振り上げた。刀から黒いカマイタチが発生し、
白月のかまいたちと、激しくぶつかる。鬼神、兄妹の対決。
白月は、強力なかまいたちの使い手だったが、兄の黒月には敵わなかった。
「キャアア!!!」白月は胸を切られ、河原に倒れた。


晴明は白月を見詰め「殺しはしない……その娘を自由にして、立ち去れ!光栄!!」
と、冷たく一喝した。「この役立たずめ!」光栄はチッと舌打ちし、ニヤリと笑うと、
素早く美夕の後ろを取り、羽交い絞めにした。
「キャッ!」
美夕が、短く悲鳴を上げた。短刀をのどに、当てられている。

しかし、晴明はおくする事なく、疾風しっぷうの速さで駆け抜けると、光栄の刀を叩き落とし、
光栄を美夕から引き剥がすと、光栄の首を両手で絞めた。
「あぐっ! 晴明、おのれ!!」くやしそうな表情を、浮かべる光栄。
晴明の腰まで、掛かる白銀の髪が風になびき、瞳孔どうこうが冷たくすぼまる。


晴明はクククと、のどを鳴らし。
「この姿になると、残忍な獣の本能の歯止めが利かなくなるのだ……
前にも、美夕をいたぶってくれた礼だ。このまま、絞め殺されても文句は言えまいな?さあ、くそガキ! このまま首の骨をへし折ってやる」
冷たく言い放ち凄い力で晴明は、光栄の首を絞め始めた。
「がああっ!」
光栄は、もがき苦しみ口の端から、唾液が流れる。

「あっ、ああ……晴明様。だめっ!」
その穏やかな晴明らしからぬ、冷酷な姿を見て。顔面蒼白になり、泣きながら震える美夕。
その時、どこからか、呪力じゅりょくを帯びた錫杖しゃくじょうが飛んできて、
晴明と光栄を分断するようにかすめ、地面に突き刺さった。
晴明は、爆ぜる呪力に思わず飛びのいた。


晴明から、解放された光栄はゲホゲホと、激しく咳き込む。
松明の灯りがともり、現れたのは保憲やすのりだった。
「や、保憲殿!」驚く晴明。
そして、「ふるべ、ゆらゆらとふるべ」と、保憲が魂振たまふりの印を結び。
呪を唱えると、晴明は強制的に元の姿に戻った。


「あ……保憲様っ」
美夕が、保憲に駆け寄った。余程、恐ろしかったのか、
美夕は、保憲の狩衣かりぎぬの袖を掴み震えている。
保憲はぎゅっと、強めに美夕を抱きしめると。
「晴明、やり過ぎだぞ」
晴明に釘を指すと、晴明は黙って、頭を下げた。
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