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第一章「晴明と美夕達の日常」

第9話「白いもやの霊」

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「いやっ、放して!!」美夕がもがくと、
晴明は、申し訳なさそうに目を優しく細めた。
「お前の事は、大切な家族だと思っている……だから、そんな悲しい事を言うな。
お前に悲しい思いをさせ、危険な目に遭わせた事は、
本当に、すまなかったと思っている……無事で、本当に良かった」と言うと
「せっ、晴明様あっ……」と、美夕は、嬉し涙を流した。

道満はその光景を見て、安堵あんどの溜め息をもらした。
晴明はふうと、息を一つ吐くと、ぽんと美夕の頭を軽く叩き。
「時間だ、戻るぞ。美夕、道満」
と言うと、美夕と道満を伴い、清道きよみちの屋敷へと戻った。


「おお、晴明! 戻ったか。また、悪霊が出たのじゃ!!
姫の周りを白いもやのような物が、飛んでおってな!?」
と、清道は必死の形相で、晴明にすがってきた。
晴明は「私にお任せください……」
と、蘭子らんこ姫の元へ近づいた。蘭子は、白いもやに包まれて震えている。

「せっ、晴明! はよう、この悪霊を退治するのじゃ!!」と蘭子がわめくと、晴明は、にこりと微笑み「姫君、これはではありませんよ。今、この晴明が、それを証明して差し上げましょう!」と言うと、
数珠を取り出し、その白いもやごと、素早く蘭子を軽く縛った。
「ひっ! 無礼者、悪霊ごと。わらわを縛るとはなにごとかっ」


晴明は、静かにしゅを唱え始めた。
「オーン・アビラウンケン・オンバザラ・ダトバン・オンソワカ」
白いもやは、徐々に人の形を形作ってきた。
次の瞬間には、黒長髪の美しい、女人にょにんの姿に変わっていた。
晴明は蘭子に「そのお方は、悪霊ではありません。
あなた様なら、その方を良くご存知なはずです」と告げた。


蘭子は、その女人を見てぶるぶると震えると泣きながら女人に抱きついた。
「は、母上……母上―――!!!」
春花しゅんか!」清道も駆け寄った。
『蘭子、清道様。お久しゅうございます。わたくしはいつも、見守っておりました。
蘭子の成長……この春花も、嬉しく存じます』
春花は、蘭子の頭を撫でながら、清道に言った。

『しかしながら、清道様! わたくしがいなくなったからと、この子をふびんに思い、少々、わがままに育てて、しまいましたね? そのせいで、家臣やそこにいらっしゃる。安倍晴明様や、美夕さんにご迷惑をお掛けしたのですよ』と軽く睨むと、清道は焦り始め
「わっ、わがままになんぞ、育ててはおらぬぞ?! それに晴明は、姫の婚約者じゃ!」
と文句を言うと、春花は清道の頬をつねり、眉を吊り上げて。

『いいえ! 蘭子は、わがままです! あなた様のそのような、甘やかした態度が。
蘭子を、このようにしてしまったのです。少しは、反省してくださりませ!』
そのもっともな、物言いに晴明もうなずいている。
『それに……』
「それに、何じゃ?」

清道が、冷や汗をかきながら言うと、春花は、柔らかな笑みを浮かべ
『晴明様には心に決めた愛しいひとがもう、いらっしゃいます。
それは蘭子では、ありません。
あなた様は、その方と無理矢理、引き離すおつもりですか? ねえ、晴明様?』
と言うと、晴明はゆっくりうなずいた。


美夕、道満、清道、蘭子は驚いて晴明をしげしげと見た。
「晴明、貴様! 裏切りおったなぁあああっっ!!!」
と清道が、晴明に掴みかかろうとした時、春花は、清道の頬を引っぱたいた。
『お見苦しい真似まねは、およしくださいませ!
まず、貴方あなた様が変わらなければ、蘭子の未来は無いのですよ?!
わたくしは死んでも、死にきれず成仏出来ません。
お変わりくださいませ、清道様。蘭子もですよ』

と清道と、蘭子を見詰めると、二人は涙を流してうなずいた。
春花も、満足そうにうなずくと、『それでは、そろそろお願いいたします。晴明様』
と晴明に言うと、蘭子は母親にすがり、「いかないで!母上!!」
と、泣きじゃくった。春花は、優しく蘭子の頬にほおずりする。

『わたくしはいつも、貴女あなたを見守っていますよ。
どうか、優しい姫になるのですよ。蘭子』
晴明がきょうを唱えだすと、春花の身体が青白く光り、成仏していった。
清道と蘭子は、涙を流して手を合わせ、晴明は静かにうなずき、
美夕と道満は涙ぐんでいた。

心を入れ替えた、清道に褒美ほうびをたくさんもらった、晴明達は中原邸なかはらていを後にした。
ここは、晴明、美夕、道満を乗せた帰りの牛車の中、
辺りはすっかり暗くなり、夜になっていた。
「ねえ、晴明ちゃん!結局、晴明ちゃんの愛しい人って誰なのさ~?」
道満が問い掛ける。「晴明様。私も、知りたいです!」
と、不安そうに美夕も、問い掛けた。外で愛牛の鳴き声がする。

晴明は、しばらくあごを撫で考え込んでいたが、
やがて、紫の瞳を優しく細め美夕と、道満を見ると。
「――私の愛しい者。それは私の“家族”美夕、道満。お前達だ」と告げると、
美夕と道満は「うっ」と唸り、顔を真っ赤に染めると。
誤魔化ごまかされたね。」
「そうですねぇ……」
と、お互い嬉しそうに顔を見合せた。



夕方、美しい夕焼けが照らす小道をふらふらと、一人歩く。
年かさの可憐かれんで、美しい少女の姿があった。
しかし、髪は金髪、瞳の色は赤、額には二本の角が生えている。どうやら鬼女きじょらしい。
そこに通り掛ったのは、光栄みつよしであった。鬼の少女は、光栄を見つけると、弱々しく言った。
「そこの人、お願いです。もう、十日も何も、食べていないのです。
どうか、お恵みください……」と、倒れ掛かってきた。


その姿に光栄は、ニヤリと笑うと、少女を支え、耳元でささやいた。
「その姿、お前は“鬼女”だろう? 僕は陰陽師だ。すぐにでも、お前を殺せるぞ?」
「なっ!? 陰陽師ですって?」少女は思わず飛びのいた。
しかし、激しい空腹の為、足元がふらつき、ドサリと倒れてしまった。

光栄は何と、少女の長い髪を掴み、引っ張り上げた。
少女は、赤の瞳に涙を浮かべ。
「お願い、悪い事は、何もしてないわ。助けて、殺さないで……」
と命乞いすると、光栄は少女の髪を離し、「お前、名は」と、聞いた。

少女は、光栄に怯えながら。
「はい、私は白月……鬼神きしん白月はくづきと申します。殺さないで、いただけますか?」
と、恐る恐る聞くと、「ははっ! 鬼神か」
光栄はニタリと、不気味に笑い、白月に言った。
「よし、僕の式神しきがみになれば、殺さないでやる。飯も、食わせてやろう……どうだ?白月よ」


命を繋ぎ止めるには、この男の言う事を聞くしかなかった。
白月は泣く泣く、「はい、わかりました。あなたの式神に下りましょう。
どうか、お名前をお聞かせください」と言うと、
光栄はしてやったりという表情を浮かべ。
「僕は、賀茂光栄かものみつよしだ。お前に、契約のあかしをしてやろう」
と言うと、白月のあごを持ち上げ、強引に口付けをした。
白月は、突然の事に身体が硬直し、目を見開き顔を真っ青にし、涙が流れ頬を伝った。
こうして、鬼神、白月は、賀茂光栄の|式神に下ったのだった。

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◇今回の登場人物◇
中原春花(なかはらのしゅんか) 年齢―享年20歳
優しく美しく、強い女性。夫清道と娘蘭子のことが心配で成仏が出来ず
蘭子に憑いていた。良妻賢母。

白月(はくづき)
賀茂光栄と出遭ってしまう。どこか、はかなげな鬼の女性。


第一章終了、次回から第二章が始まります。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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