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15.忘れていいことと、忘れてはいけないことがある

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「えっと⋯」

なんと声をかければいいかわからず歯切れの悪い言葉が漏れる。

“怒って⋯なくはないのだけれど、レオを嫌いにはなってないって伝えるべきなのかしら?”

先程殿下に教えられた最近の様子を思い出しそんな事を考えていると、先に口を開いたのはレオだった。


「セリ、あの⋯」
「な⋯何かしら⋯?」

言い辛そうに、重い口を開きながら少しずつレオが私に近付いてきて。

「僕は“大好き”ではありませんか?」
「えぇ、もう怒ってな⋯⋯は?」

当然謝罪がくると思っていただけに、言われた言葉に一瞬ポカンとする。

“大好きじゃない?何の話⋯って、まさかさっきアリスに大好きって伝えた事を言ってるの!?”


今絶対その話からじゃないでしょう!?と思わずムッとするものの、まるで捨てられた子犬のような表情でこちらを伺うレオを見て怒りが一気に萎む。

“あ、あざと可愛い⋯⋯っ”

計算でこの表情を作っているのか、それとも本気でこの表情をしているのかはわからないが、少なくとも私の中の『怒り』が削がれた事はよくわかった。


「⋯そうね、ちゃんとごめんなさい出来ない人は嫌いかもしれないわ」
「ッ!ご、ごめんなさい⋯」

“す、素直~~~っ!これが全部計算でもいいと思えちゃうのが怖いわね”

しゅん、と項垂れすぐ謝罪するレオに何故だか胸をくすぐられたような気になる。
散々振り回された仕返しとばかりに、私は弛みそうになる頬に力を入れて「それは何に対しての謝罪なのかしら」と、ツンとそう続けてみた。

するとレオはしょぼんとしながら⋯

「お仕置きと言いながらセリの嫌がる事をしようとしました⋯」
「そうね」
「あと非番の日はセリに隠れて付いて回ってて」
「そ⋯れは、知らなかった、わね⋯」

だから全部知っていたのか、と察し『つまり遠巻きに護衛してくれてたってことね』と精一杯ポジティブに受け止める。

「他には?」
「他⋯」

思い当たる事がないのか考え込むレオ。
そんなレオに、私は気になっていた事を聞く。

「ねぇ、どうしてあの夜会の日、私を追いかけてきてくれなかったの?」
「え?」
「手紙だって毎日あんなにくれていたのに、突然1通も来なくなるし⋯」
「それは⋯」

視線を自身の足元に落としたレオは、どこか苦しそうに胸元を握りながらポツポツと説明し始めた。

「夜会の日は、僕が調子に乗ったせいで嫌われたと思ったんです。も、もちろんあんなところでこんなに可愛いセリを1人になんかさせる訳にはいかないので、隠れながらですが側にはいましたよ」

“え、あの廊下のどこに隠れる場所があったの?”
なんて窓くらいしかない真っ直ぐな廊下を思い出す。

天井に貼り付くくらいしか隠れられそうにないのだけど⋯、なんて考え、今突き詰める事ではないなと芽生えた疑問をそっと閉じた。

“本当に天井に貼り付いていたとしてもそれは知りたくないし⋯”
と頭の奥で想像しかけて、これ以上考えないように頭を振る。


「でも、どうしても貴女の前には出ていけなくて」
「それはどうしてなのかしら」
「⋯その、もし面と向かって幻滅した、と⋯嫌いになった、と言われたらと思うと怖かったんです」

やっと知れたレオの本心に、その不安にきゅっと胸が締め付けられる。

「手紙をくれなくなったのも同じ理由なの?」
「手紙は、嫌いな人から届いてもすぐ燃やすじゃないですか」
「燃やすの!?」
「あり得ませんが、もし僕があの女から貰うことがあってもそのまますぐに燃やしますね」
「燃やすのは手紙よね?まさか本人を燃やしにいくんじゃないわよね?」
「あはは、セリってば」
「ねぇ!?“セリってば”の続きは何なの!?肯定なの、否定なの!?やっぱり知るの怖いからまだ教えないで!!」

しゅんとしていた顔を一瞬黒い微笑みに変えたレオは、またすぐにしょんぼり俯いた。

“っていうかやっぱり私がこの顔に弱いの知っててやってるんじゃ⋯”
と思ったが、言葉の続き同様考えるのは止めた。

人間知らなくていいこともある。


「僕なら、怒っている相手からの手紙なんて捨てますし、セリに捨てられる事を想像するととても送るなんて出来なくて⋯。あ、もちろんセリから貰った手紙は捨てませんよ!?セリから貰った手紙は全て僕の宝物なので」

真剣な声色で続けられたその言葉に少し顔が熱くなる。
ーーというか、それは。

「私も同じよ、レオからの手紙は大切にしてるわ」
「セリ⋯」
「だから、貰えなくって寂しかったんだから⋯」
「すみません、あぁ、どうしよう⋯」

小さく震えた声でそう告げられ、どういう意味かと彼の顔を覗くと、そこには真っ赤になったレオがいて。

「こんなに嬉しい言葉を貰えるなんて思ってなかったので、幸せです。もう死んでもいい⋯」
「やめて!?貴方が言うと本気に聞こえるから!!」
「本気かどうか、試してみますか?」
「ひぇっ」

スンッと真顔になったレオにザッと血の気が引く。
そんな私の様子を見て、たまらず吹き出したレオは。


「もちろん嘘ですよ、だって僕はセリの事が大好きですから」

“やっぱりちょっと拗ねてるわね⋯?”
なんて気付き、私からは苦笑が漏れた。


「私もよ、大好きだわ。アリスも好きだけど、レオに対しての好きは他の人に対する好きとは違うこと、忘れないでね?」
「セリ⋯っ!」

わかりやすいくらい破顔するレオに、なんだか自分もうれしくなる。
そしてすぐふっと顔に影が落ち、ゆっくりレオの顔が近付いてきて。




「⋯ダメ、これはお仕置きよ」
「えっ」

両手でむぎゅ、とレオの唇を塞いだ。

「っ、へ、へひ⋯?」

もごもごと必死な様子のレオに私は堪えきれず小さく吹き出す。

“レオの方が絶対に強いんだから、私の手くらい掴んで離させればいいのに”

そういえば突き飛ばした時も簡単に尻もちをついていた事を思い出し、そんな事すら相手が私ならば受け入れるのかとなんだか少し胸がくすぐられる。


「⋯っ、⋯?」
「ここじゃダメ。二人きりになれるとこに行くまでお預けなんだからね」
「ッ!!」

私なりの精一杯の仕返しをすると、少し不安そうにしていたレオが両腕を私の腰に回して。

「えっ、ひゃあ!?」

そのまま軽々と持ち上げられる。

「そんな可愛いお仕置きならいくらでも⋯と言いたいですが、セリが可愛すぎて結構キツイお仕置きですね」
「ふふ、お仕置きだもの、そうこなくっちゃ!」
「辛いので早速移動してもいいですか?」

なんて、先程までとは違った欲を孕み潤んだ灰色の瞳で射貫かれるように見つめられて。


そしてそんなレオに連れていかれるのは、もちろん王宮にあるレオの宿舎だった。



「ー⋯もう、キスしてもいいですか?」

少し熱の籠った吐息が私の頬を掠める。
たったそれだけなのに、レオにされていると思うとまるで熱に浮かされたようで。
じわりと痺れたような感覚に委ねながら、私はくすくすと笑った。


「どうしようかしら?」
しれっと言うと、お預けされた子犬のようにじっと見つめられて⋯

「もうっ、本当にあざといんだから」

腕をレオの頭に回し、そのままちゅ、と軽く口付けをする。
それが合図だったかのように、貪るような口付けがレオから与えられて⋯

“さ、さっきまで子犬だったのに⋯っ!?”

主導権をあっさり奪われ、ついでに酸素という酸素も奪うような深い口付けを必死で受け止めた。


「んっ、は⋯っ、はん⋯っ」

吐息と共に溢れた一筋の唾液すらも逃さないと言うように何度も角度を変えて重ねられる唇。
私を求めて深く絡められるレオの舌は、相変わらずとても熱くて。

その熱すらも私を喜ばせてくれた。


与えられる口付けに夢中になっていると、突然胸を揉まれる。
その感触があまりにも直接的で⋯

「ッ!?ちょ⋯っ、いつの間に脱がしたのよっ!!?」

というか、気付いたら私のドレスは完全に緩められ、上半身はすっかりもう脱がされていて。

「えっと、本当にあざといんだから、辺りですね」
「そんな序盤なのっ!?」

予想よりも早い段階から徐々に脱がされていた事に驚きを隠せない。
というか、あの時はまだ子犬っぽかったはずなのに既にしれっと脱がしにかかっていただなんて⋯

“ぜ、全然子犬じゃないじゃない⋯っ”

呑気に愛でていた自分が急に恥ずかしくなった。


「僕の事を思い出してくれているのは嬉しいんですが、どうか今は目の前の僕と向き合ってくれますか?」
「えっ、なんでレオの事を思い出してるってわかーーー⋯ッッ、ひゃん!」

話しながらレオはぢゅうっと強く首筋を吸う。
首にピリッとした痛みと、そして胸を揉みしだいていた手はカリカリと乳首を刺激するように指先で転がしていて。

「ゃ⋯っ!待ってレオ、それ⋯っ」
「お仕置きは終わったんですよね?」
「え⋯」

“言った。確かにお仕置きって言った⋯けれどもっ!”

満面の笑みのレオに、私の血の気が引く。

“この笑顔の時のレオは、私にとって良くない気がするわ⋯っ!?”

これから与えられるであろう全てを想像し、思わずぞわりと震える。
そんな私とは対照に、相変わらず“愉しそう”なレオはそっと私の耳元に唇を寄せて。



「ーーお仕置きの後は、もちろんご褒美の時間ですよね?」


と、囁くのだった。
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