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本編
第1話 若社長と意気投合!
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私の名前は能登原こずえ、二十五歳女性。ここ、「藤井コーポレーション」という会社に所属して三年目。
今は総務部の平社員としてパソコンのキーボードをカタカタ叩いている。
藤井コーポレーションはそこそこ名の知れた大企業で、就職が決まったときは両親が諸手を挙げて喜んだものである。ブラック企業というわけでもなく、私は仕事と趣味を両立しながらそれなりに楽しく暮らしている。
おまけに――
「あっ、社長! お疲れさまです~!」
突如、総務部の女子社員が黄色い声を上げた。
「お疲れさまです。こちら、出張先で買ったおみやげなのですが、よろしければ皆さんで」
「いいんですか!? いつもありがとうございます!」
――この会社の社長、藤井スバルは若きイケメン社長として、経済誌などにも取り上げられる有名人だ。おまけにブラックでもないのに業績がうなぎのぼりと言えばどれだけやり手か分かるだろう。
は~、今日も社長はかっこいいなあ……。
女子社員たちに囲まれている藤井社長を遠目に眺めながら、私はそっと手を合わせる。
遠くから見ても分かる、端正で美しい顔立ちは神の最高傑作と言えるだろう。身体のスタイルもよく、どう見ても私よりも腰が細い。ちゃんとご飯食べてるか心配になる。
ご覧の通り女子社員に絶大な人気を誇っているが、男性社員とも仲が良い。昼休みなど休憩時間に喫煙室に集まってスマホでプレイできるオンラインカードゲームなどをたしなんでいるらしい(ちなみに社長はタバコを吸わないのだが、匂いは気にならないらしい。とある女子社員からの情報である)。男女問わず人気で社員たちから慕われている、まさに理想の社長と言えるだろう。社長という身分でありながらこうして下々の者に顔を合わせに来る人格者でもある。
社長がこちらに視線を向けた気がして、私はトイレに行くふりをしてそっと席を立つ。私はモブだ。社長から認識されること無く、影からそっと見守っていたい。
ストーカーのような発想だと笑われるかも知れないが、要はあの美形と目を合わせると緊張と嬉しさで死ぬ。他の女子社員たちが普通に接することが出来るのがむしろ私には不思議だ。
ああ、しかし推しが現実に、しかも同じ会社に存在するというのはなんと尊いことか。
出張から帰ってきてお土産を渡しに来てくれたり、現場の話を直接聞きたいなどの理由で、たびたび色んな部署に顔を出しているらしい。風通しの良い職場とはこのことだろう。
しかもまだ歳も若いので若手社員が変な緊張感を持つこと無く接することが出来る。私みたいなガチ恋勢を除いて。
しっかし、大学を卒業してすぐ――二十二歳で起業して、今二十八歳だったか? たった六年でここまでの大企業に育て上げるなんて、どんだけスペック高いんだ。
そんなことをつらつらと考えながら、私は用を足してトイレの洗面台で手を洗い、ハンカチで手を拭きながらトイレを出た。
「あ、能登原さん」
「!?」
用を足して完全に油断しきっていたから、そのイケメンボイスにビクリと身体がはねてしまった。
声のした方を見ると、やはりというか、予想通り藤井社長が立っていた。
トイレから出てきたところを社長に見られてしまったのも恥ずかしいが、そんなことより――
「わ、私の名前、知って……?」
「我が社の社員の名前は全て記憶しております」
嘘でしょ……社員何人いると思ってるの……。大企業なんだから結構な規模だぞ。
「わ……私になにか御用でしょうか……?」
私は恐る恐る訊ねる。私なにかしちゃったかな。
「能登原さんが席を立った時、これを落としたので届けようと思って追いかけてきたんです」
社長は自らの右手を開いてそっと差し出す。
プラスチックで出来た、何かの部品、のようなもの。
しかし、それを見ただけで私には分かってしまう。
「あ――」
朝組み立ててたプラモデルの部品、だ。
部品を切り離す作業をしているうちに出勤の時間が来てしまい、慌てて仕事の準備をしたときにどこか――服かカバンにでも引っかかってしまって、そのまま会社に来てしまったのだろう。
今更だが、私には少女趣味ならぬ少年趣味がある。
少女漫画を一切読まず少年誌だけを読んで育ち、幼稚園や小学生の頃、周りの女の子がお人形で遊んでいるなか、男の子と一緒に超合金ロボで遊んでいるような、そんな女児だった。
それゆえ、女子からは「変わり者」として見られ、成長していく過程で男子も一緒に遊んでくれなくなった。
そんな寂しい過去から、やがて私はこの趣味を隠して、たった独りでプラモデルを集めて組み立てて暮らすような生活を送っていたのである。
その趣味が、社長にバレた。
私は顔からサーッと血の気が引くのを実感した。
頼む、「これ、なんですか?」とか訊かないでくれ。
「これ、『アンゴルモア』の腕のジョイント部分ですよね」
――え? ――???
「アンゴルモア、ご存知なんですか……?」
「もちろん。『ダンガンロボッツ』で敵が使っていた機体ですね? あのアニメは展開がアツいですよね」
『ダンガンロボッツ』は、私が小さい頃、よく見ていたロボットアニメだ。『アンゴルモア』は、敵機体ながらかっこいいデザインで、私はそれが忘れられず、最近ネット通販でプラモを取り寄せた。
そして、今朝組立作業をしていて今に至るわけだが……。
まさか、社長もあのアニメを見ていただなんて。というか、部品見ただけでどこの部分か分かるなんて社長も相当マニアックだ。
「しかし、この会社で見つかってよかったですね。通勤途中で落としていたら、きっともう見つからなかったと思いますし。この部品がないと腕がつけられませんからね」
社長はとても優しい微笑みを浮かべる。やめろ、そんな目で私を見ないでくれ。感激で溶ける。
「能登原さん、今お時間ありますか? もう少し、能登原さんとお話がしたいのですが」
「えっ、で、でも、今は勤務時間でして……」
「あ、そうでした。残念です……」
社長はシュンとした顔をする。その上目遣いは卑怯だぞ!
でも、私も出来ることなら社長とお話してみたい。そんな欲が湧いてくる。
今までは恐れ多くて社長に近づくことすら出来なかったけど、『ダンガンロボッツ』の話題で盛り上がれるチャンスは今しかない、と思う。
「あ、あの――」
私はない勇気を振り絞る。
「今夜……勤務時間終わったら予定空いてるんですけど……」
***
「――やっぱ『ダンガンロボッツ』は主人公機にも敵機体にもそれぞれのストーリーというか『重み』があるのがいいですよね!」
「能登原さんとはいいお酒が酌み交わせそうです」
「あはは、もう酌み交わしてますよ社長~!」
私はついついお酒のスピードが早くなってしまう。
社長に案内された飲み屋は雰囲気がいい。バーというほどオシャレで堅苦しいものではなく、かといって大衆向けの居酒屋のような下品な喧騒もない。ほどほどににぎやかで、ほどほどに落ち着いていた。
悪酔いする前に、私は烏龍茶を注文した。せっかく社長と楽しくお喋りしているのに、迷惑はかけたくない。
本当に、夢でも見ているみたいだ。憧れの社長と、こうして二人きりでお話できるなんて。
社長と、男子向けアニメや少年漫画の話で盛り上がれる日が来るとは、予想だにしていなかった。
「能登原さんがこんな趣味を持っているなんて意外でした。もっと早く知りたかったな。面接の時に話してくだされば即決で採用してましたよ」
「社長、面接のこと覚えててくださってたんですね」
そう、私が社長と初めて出会ったのは、就職活動での社長面接である。私はいきなりイケメンが登場したものだからハチャメチャに緊張してその時の会話は覚えていない。でも必死に自己PRして、なんとかこの会社に入ることが出来た。こんなイケメン若社長がいる会社、入りたいに決まってる。一目惚れだった。
私が入社した頃の藤井コーポレーションはまだ起業して三年目だったが、すでに大企業の仲間入りを果たしていた。今は六年目だから、社長と一緒に駆け抜けて、社長を目で追い続けてもう三年も経つのか。感慨深いな。
「能登原さんは何かゲームとかしてますか?」
「ゲームですか? そうですね……」
私はポケットからスマホを取り出す。ゲームアプリの一覧はひとつのページにまとめてある。
「『IDOL=MY STARS』とか『マジック&サマナーズ』とか……ですかね」
「あ、『マジック&サマナーズ』なら、わたくしもやっております。よく男性社員とオンライン対戦しておりますよ」
それは知ってる。社長がやってると聞いて私もオンライン版を始めたのだ。その前から現物のカードは趣味で集めてたけど。
「現物のカードも持ってるんですけど、遊ぶ相手がいないんですよね……」と、私は寂しそうに笑う。「だから、独りでデッキを組んで回してみたりとか」
「男性向けのゲームをたしなむ女性は、たしかに少なそうなイメージはありますね……」社長はうなずいた。
ああ、なんだか小学生時代、高学年になってカードゲームを持っていっても、「女となんか遊ばねーよ」と男子に突き放されたのを思い出した。しんみりする。
「――能登原さんも、一緒にゲームして遊びませんか?」
「え?」
「男性社員の皆さんに能登原さんを紹介して、一緒にカードゲームで遊べたらいいな、と……。あ、でも、喫煙室で遊んでいるので、タバコのニオイとか大丈夫ですか?」
「い、いえ、私もタバコは平気ですけど、でもいいんですか? 私みたいな女性が混じってしまって……」
「? 小学生じゃあるまいし、女性が混じって意識するような年齢でもないでしょう」
社長は不思議そうに首をかしげる。
……ああ。
私は悟った。
社長は私を女性として意識しているわけではない。ただ、純粋に趣味の話が合うオタク仲間なんだ。
それは落胆というより安心感だった。
別に、異性として社長に見てほしかったわけではなかったから。
私はただ、社長と趣味の話をして、一緒に笑い合えればそれでよかった。
私は明日、社長に喫煙室のカードゲーム仲間たちを紹介してもらう約束をした。ついでに店の中で少し対戦した。
「能登原さん、引きがいいですね」
「昔から運だけは強いんですよ」
まあ、社長には負けたんだけど。やっぱり重課金勢は強い。社長はカード運も強いし金も持ってるし最強すぎる……。やっぱりスペック高すぎない? 大丈夫?
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
店の前で、私は社長にペコリと頭を下げた。
「送っていきます」
「送りましょうか?」ではなく「送っていきます」。有無を言わせない強い意志を感じる。
異性として意識していなくても一応は気を使ってくれるんだな、と少し嬉しい。
「では、お言葉に甘えて」
特に何も考えず了承したが、代行運転を頼んだ社長の車に一緒に乗ってから、「社長に自分の家を知られていいんだろうか?」と疑問が浮かんできた。
――まあいいや。庶民のアパートだけど、そこまでみすぼらしくはない……と思うし、社長に知られたところでそれがどうした、という気もする。
私はほろよい気分で車に揺られていた。
***
「――能登原さん、着きましたよ。立てますか?」
スヤァ……と眠っているうちに、家の前に着いたらしい。社長に軽く肩を叩かれて、薄く目を開ける。
「ああ……すみません。大丈夫ですよ」
まだ少し寝ぼけているのか酔いがさめていないのか、ふわふわした気分だ。
「ほら」
社長が私の手を取って、背中にもう片方の手を回しながら車から降ろしてくれる。
「ふふ、なんか社長、王子様みたい」
私が夢見心地でそう言うと、背中についた社長の手がピクッと反応する。
「社長のこと、ずっと王子様みたいだなって思いながら見てました。顔もそうだけど、口調も丁寧で物腰も柔らかくて」
「……能登原さん、酔ってますね?」
「社員みんなに優しくて……社長のそういうとこ……」
「の、能登原さん……」
「尊い…………」
「能登原さん、寝ちゃダメです! 能登原さん!」
またスヤァ……とした顔になってきた私を、社長は必死で揺さぶった。
結局、社長はそのあと私を叩き起こして、なんとか鍵を開けさせ、きちんと戸締まりするように言い聞かせてそのまま代行運転で帰った。
翌日、私は酔った時のことをしっかり覚えていて、羞恥で頭を抱えたのだった。
〈続く〉
今は総務部の平社員としてパソコンのキーボードをカタカタ叩いている。
藤井コーポレーションはそこそこ名の知れた大企業で、就職が決まったときは両親が諸手を挙げて喜んだものである。ブラック企業というわけでもなく、私は仕事と趣味を両立しながらそれなりに楽しく暮らしている。
おまけに――
「あっ、社長! お疲れさまです~!」
突如、総務部の女子社員が黄色い声を上げた。
「お疲れさまです。こちら、出張先で買ったおみやげなのですが、よろしければ皆さんで」
「いいんですか!? いつもありがとうございます!」
――この会社の社長、藤井スバルは若きイケメン社長として、経済誌などにも取り上げられる有名人だ。おまけにブラックでもないのに業績がうなぎのぼりと言えばどれだけやり手か分かるだろう。
は~、今日も社長はかっこいいなあ……。
女子社員たちに囲まれている藤井社長を遠目に眺めながら、私はそっと手を合わせる。
遠くから見ても分かる、端正で美しい顔立ちは神の最高傑作と言えるだろう。身体のスタイルもよく、どう見ても私よりも腰が細い。ちゃんとご飯食べてるか心配になる。
ご覧の通り女子社員に絶大な人気を誇っているが、男性社員とも仲が良い。昼休みなど休憩時間に喫煙室に集まってスマホでプレイできるオンラインカードゲームなどをたしなんでいるらしい(ちなみに社長はタバコを吸わないのだが、匂いは気にならないらしい。とある女子社員からの情報である)。男女問わず人気で社員たちから慕われている、まさに理想の社長と言えるだろう。社長という身分でありながらこうして下々の者に顔を合わせに来る人格者でもある。
社長がこちらに視線を向けた気がして、私はトイレに行くふりをしてそっと席を立つ。私はモブだ。社長から認識されること無く、影からそっと見守っていたい。
ストーカーのような発想だと笑われるかも知れないが、要はあの美形と目を合わせると緊張と嬉しさで死ぬ。他の女子社員たちが普通に接することが出来るのがむしろ私には不思議だ。
ああ、しかし推しが現実に、しかも同じ会社に存在するというのはなんと尊いことか。
出張から帰ってきてお土産を渡しに来てくれたり、現場の話を直接聞きたいなどの理由で、たびたび色んな部署に顔を出しているらしい。風通しの良い職場とはこのことだろう。
しかもまだ歳も若いので若手社員が変な緊張感を持つこと無く接することが出来る。私みたいなガチ恋勢を除いて。
しっかし、大学を卒業してすぐ――二十二歳で起業して、今二十八歳だったか? たった六年でここまでの大企業に育て上げるなんて、どんだけスペック高いんだ。
そんなことをつらつらと考えながら、私は用を足してトイレの洗面台で手を洗い、ハンカチで手を拭きながらトイレを出た。
「あ、能登原さん」
「!?」
用を足して完全に油断しきっていたから、そのイケメンボイスにビクリと身体がはねてしまった。
声のした方を見ると、やはりというか、予想通り藤井社長が立っていた。
トイレから出てきたところを社長に見られてしまったのも恥ずかしいが、そんなことより――
「わ、私の名前、知って……?」
「我が社の社員の名前は全て記憶しております」
嘘でしょ……社員何人いると思ってるの……。大企業なんだから結構な規模だぞ。
「わ……私になにか御用でしょうか……?」
私は恐る恐る訊ねる。私なにかしちゃったかな。
「能登原さんが席を立った時、これを落としたので届けようと思って追いかけてきたんです」
社長は自らの右手を開いてそっと差し出す。
プラスチックで出来た、何かの部品、のようなもの。
しかし、それを見ただけで私には分かってしまう。
「あ――」
朝組み立ててたプラモデルの部品、だ。
部品を切り離す作業をしているうちに出勤の時間が来てしまい、慌てて仕事の準備をしたときにどこか――服かカバンにでも引っかかってしまって、そのまま会社に来てしまったのだろう。
今更だが、私には少女趣味ならぬ少年趣味がある。
少女漫画を一切読まず少年誌だけを読んで育ち、幼稚園や小学生の頃、周りの女の子がお人形で遊んでいるなか、男の子と一緒に超合金ロボで遊んでいるような、そんな女児だった。
それゆえ、女子からは「変わり者」として見られ、成長していく過程で男子も一緒に遊んでくれなくなった。
そんな寂しい過去から、やがて私はこの趣味を隠して、たった独りでプラモデルを集めて組み立てて暮らすような生活を送っていたのである。
その趣味が、社長にバレた。
私は顔からサーッと血の気が引くのを実感した。
頼む、「これ、なんですか?」とか訊かないでくれ。
「これ、『アンゴルモア』の腕のジョイント部分ですよね」
――え? ――???
「アンゴルモア、ご存知なんですか……?」
「もちろん。『ダンガンロボッツ』で敵が使っていた機体ですね? あのアニメは展開がアツいですよね」
『ダンガンロボッツ』は、私が小さい頃、よく見ていたロボットアニメだ。『アンゴルモア』は、敵機体ながらかっこいいデザインで、私はそれが忘れられず、最近ネット通販でプラモを取り寄せた。
そして、今朝組立作業をしていて今に至るわけだが……。
まさか、社長もあのアニメを見ていただなんて。というか、部品見ただけでどこの部分か分かるなんて社長も相当マニアックだ。
「しかし、この会社で見つかってよかったですね。通勤途中で落としていたら、きっともう見つからなかったと思いますし。この部品がないと腕がつけられませんからね」
社長はとても優しい微笑みを浮かべる。やめろ、そんな目で私を見ないでくれ。感激で溶ける。
「能登原さん、今お時間ありますか? もう少し、能登原さんとお話がしたいのですが」
「えっ、で、でも、今は勤務時間でして……」
「あ、そうでした。残念です……」
社長はシュンとした顔をする。その上目遣いは卑怯だぞ!
でも、私も出来ることなら社長とお話してみたい。そんな欲が湧いてくる。
今までは恐れ多くて社長に近づくことすら出来なかったけど、『ダンガンロボッツ』の話題で盛り上がれるチャンスは今しかない、と思う。
「あ、あの――」
私はない勇気を振り絞る。
「今夜……勤務時間終わったら予定空いてるんですけど……」
***
「――やっぱ『ダンガンロボッツ』は主人公機にも敵機体にもそれぞれのストーリーというか『重み』があるのがいいですよね!」
「能登原さんとはいいお酒が酌み交わせそうです」
「あはは、もう酌み交わしてますよ社長~!」
私はついついお酒のスピードが早くなってしまう。
社長に案内された飲み屋は雰囲気がいい。バーというほどオシャレで堅苦しいものではなく、かといって大衆向けの居酒屋のような下品な喧騒もない。ほどほどににぎやかで、ほどほどに落ち着いていた。
悪酔いする前に、私は烏龍茶を注文した。せっかく社長と楽しくお喋りしているのに、迷惑はかけたくない。
本当に、夢でも見ているみたいだ。憧れの社長と、こうして二人きりでお話できるなんて。
社長と、男子向けアニメや少年漫画の話で盛り上がれる日が来るとは、予想だにしていなかった。
「能登原さんがこんな趣味を持っているなんて意外でした。もっと早く知りたかったな。面接の時に話してくだされば即決で採用してましたよ」
「社長、面接のこと覚えててくださってたんですね」
そう、私が社長と初めて出会ったのは、就職活動での社長面接である。私はいきなりイケメンが登場したものだからハチャメチャに緊張してその時の会話は覚えていない。でも必死に自己PRして、なんとかこの会社に入ることが出来た。こんなイケメン若社長がいる会社、入りたいに決まってる。一目惚れだった。
私が入社した頃の藤井コーポレーションはまだ起業して三年目だったが、すでに大企業の仲間入りを果たしていた。今は六年目だから、社長と一緒に駆け抜けて、社長を目で追い続けてもう三年も経つのか。感慨深いな。
「能登原さんは何かゲームとかしてますか?」
「ゲームですか? そうですね……」
私はポケットからスマホを取り出す。ゲームアプリの一覧はひとつのページにまとめてある。
「『IDOL=MY STARS』とか『マジック&サマナーズ』とか……ですかね」
「あ、『マジック&サマナーズ』なら、わたくしもやっております。よく男性社員とオンライン対戦しておりますよ」
それは知ってる。社長がやってると聞いて私もオンライン版を始めたのだ。その前から現物のカードは趣味で集めてたけど。
「現物のカードも持ってるんですけど、遊ぶ相手がいないんですよね……」と、私は寂しそうに笑う。「だから、独りでデッキを組んで回してみたりとか」
「男性向けのゲームをたしなむ女性は、たしかに少なそうなイメージはありますね……」社長はうなずいた。
ああ、なんだか小学生時代、高学年になってカードゲームを持っていっても、「女となんか遊ばねーよ」と男子に突き放されたのを思い出した。しんみりする。
「――能登原さんも、一緒にゲームして遊びませんか?」
「え?」
「男性社員の皆さんに能登原さんを紹介して、一緒にカードゲームで遊べたらいいな、と……。あ、でも、喫煙室で遊んでいるので、タバコのニオイとか大丈夫ですか?」
「い、いえ、私もタバコは平気ですけど、でもいいんですか? 私みたいな女性が混じってしまって……」
「? 小学生じゃあるまいし、女性が混じって意識するような年齢でもないでしょう」
社長は不思議そうに首をかしげる。
……ああ。
私は悟った。
社長は私を女性として意識しているわけではない。ただ、純粋に趣味の話が合うオタク仲間なんだ。
それは落胆というより安心感だった。
別に、異性として社長に見てほしかったわけではなかったから。
私はただ、社長と趣味の話をして、一緒に笑い合えればそれでよかった。
私は明日、社長に喫煙室のカードゲーム仲間たちを紹介してもらう約束をした。ついでに店の中で少し対戦した。
「能登原さん、引きがいいですね」
「昔から運だけは強いんですよ」
まあ、社長には負けたんだけど。やっぱり重課金勢は強い。社長はカード運も強いし金も持ってるし最強すぎる……。やっぱりスペック高すぎない? 大丈夫?
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
店の前で、私は社長にペコリと頭を下げた。
「送っていきます」
「送りましょうか?」ではなく「送っていきます」。有無を言わせない強い意志を感じる。
異性として意識していなくても一応は気を使ってくれるんだな、と少し嬉しい。
「では、お言葉に甘えて」
特に何も考えず了承したが、代行運転を頼んだ社長の車に一緒に乗ってから、「社長に自分の家を知られていいんだろうか?」と疑問が浮かんできた。
――まあいいや。庶民のアパートだけど、そこまでみすぼらしくはない……と思うし、社長に知られたところでそれがどうした、という気もする。
私はほろよい気分で車に揺られていた。
***
「――能登原さん、着きましたよ。立てますか?」
スヤァ……と眠っているうちに、家の前に着いたらしい。社長に軽く肩を叩かれて、薄く目を開ける。
「ああ……すみません。大丈夫ですよ」
まだ少し寝ぼけているのか酔いがさめていないのか、ふわふわした気分だ。
「ほら」
社長が私の手を取って、背中にもう片方の手を回しながら車から降ろしてくれる。
「ふふ、なんか社長、王子様みたい」
私が夢見心地でそう言うと、背中についた社長の手がピクッと反応する。
「社長のこと、ずっと王子様みたいだなって思いながら見てました。顔もそうだけど、口調も丁寧で物腰も柔らかくて」
「……能登原さん、酔ってますね?」
「社員みんなに優しくて……社長のそういうとこ……」
「の、能登原さん……」
「尊い…………」
「能登原さん、寝ちゃダメです! 能登原さん!」
またスヤァ……とした顔になってきた私を、社長は必死で揺さぶった。
結局、社長はそのあと私を叩き起こして、なんとか鍵を開けさせ、きちんと戸締まりするように言い聞かせてそのまま代行運転で帰った。
翌日、私は酔った時のことをしっかり覚えていて、羞恥で頭を抱えたのだった。
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