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第1話 出逢いは返り血とともに
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「おい、お前。隠れてないで出てこい」
怯えて震え、墓石の陰に隠れた僕にそんな言葉を投げかけたのは、修道服を着た女性――いわゆるシスターだ。
しかし、僕は腰が抜けてしまっていて、そのシスターの前に出てこれなかった。
何故ならそのシスターは――返り血を浴びて、修道服が真っ赤に染まっていたからだ。おまけに、デコボコになった金属バットを地面に引きずって、ズリズリと音を立てている。
彼女の後ろには、さっきまでそのバットで殴り殺していた何か――動物にしては巨大すぎる謎の生物の死骸が力尽きている。
なんで、なんでこんなことに。
僕は墓石の後ろで頭を抱え、ガタガタと震えるしかできない。
――なぜ僕が夜中に墓場にいるのか。
夏の夜に墓場ですることといえば、代表的なものは肝試しであろう。男子中学生の僕は、友達に誘われて男三人で墓場に肝試しにやって来たのである。
最初は軽い気持ちだった。三人でスマホで動画を撮りながら、「なんかオバケっぽいの撮れたら心霊番組にでも投稿しようぜ」なんて笑っていた。
そして、墓場の奥へ進み、山に近いこの奥まった場所で目撃したのが――化け物を金属バットで撲殺している修道女である。
友人の二人は僕を置き去りにして逃げ出してしまった。僕は咄嗟に墓石の裏に隠れたが、返り血を浴びたシスターには既にバレている。
腰が抜けて動けない僕のほうへ、ズリ……ズリ……と金属バットを引きずる音が近づいてくる。
「……アァ? まだガキじゃねえか。こんな夜中にこんなとこで何してやがる」
ぬっ、と墓石の裏、僕の顔を覗き込んだ修道女の顔は存外整っていた。日本語が上手だが、ベールの隙間から覗く髪は月の光を浴びて金色に輝いていた。外国人、なのだろうか。
「ご、ごめんなさい、命だけは……」
僕はジャパニーズ土下座の姿勢で命乞いをする。
「とらねえよ。アタシは人間は殺さねえ」
半ば呆れたような声が頭上から降ってくる。
そして、カチッ、カチッとライターをつける音が聞こえる。顔を上げると、シスターがタバコをふかしていた。……不良シスターだ……。
「そんな事よりよぉ」
フゥ、とシスターが僕に向かって煙を吹きかける。僕は思わず咳き込んだ。
「――お前、見たよな? そんで、動画まで撮ってたよな?」
シスターは修道女とは思えないほど鋭い目でこちらを睨みつける。
「ごっ、ごめんなさいごめんなさい! 動画消しますから!」
僕は土下座の体勢のまま何度も何度も頭を下げて、額を砂利に擦り付ける。
しかし、シスターの反応は予想外のものだった。
「いや、別に消さなくていいんだけどよ。ちょっと見せてみろ」
「は、はひぃ……」
シスターが差し伸べた手に、僕は震える手でスマホを渡す。
シスターはタバコをくゆらせながら、しばらくスマホに映した動画を眺めていた。動画にはシスターの犯行(?)の一部始終が収められているはずだ。『オラッ!』とシスターの怒鳴り声と、怪物を金属バットで殴る嫌な音が聞こえる。
「……へぇ」
動画を見終わったらしいシスターは、ニヤリと笑っていた。
「よく撮れてんじゃねえか。腕がいいんだな」
「あ、ありがとうございます……?」
よく分からないが、褒められている……?
「その腕を見込んで頼みがあるんだが」
謎の不良シスターはタバコを口に咥えたまま、座り込んだ僕と目線を合わせるようにヤンキー座りでしゃがむ。
こんな状況だが、月の光を反射する青い瞳が綺麗だと思った。
「お前、パソコンいじれるか?」
「ぱ、パソコン……? ええ、まあ。動画編集とかもしますし……」
「ほーう。動画編集もできるのか。ますますいい」
シスターはタバコを噛み潰すように歯を見せてニッカリと笑う。
「お前、アタシが怪異を撲殺してるとこ動画に撮って、動画サイトにアップロードしろ」
「…………へ?」
僕は思わずキョトンと目が点になる。
「チャンネル名はそうだなあ……『シスター・ベルの怪異撲殺チャンネル』とかそういうのでいい」
シスター・ベルという名らしいその修道女は、吸い終わったタバコを地面に押し付けて火を消した。
「動画サイトのことはよく知らねぇが、再生数を稼げばカネが入るんだろ? アタシはそのカネを修道院に寄付したい。もちろん何割かはお前にやる。手間賃だ」
「え、あの……後ろで死んでるやつが怪異、なんですか……?」
僕は震える指で巨大な化け物を差す。
「おう。ここの墓場を仕切ってる寺の住職に頼まれてな。こう、悪さをしてる怪異をボコボコにするのがアタシの仕事だ」
シスター・ベルは手に持った金属バットを示すように持ち上げた。
「まあ、依頼料として既にカネはもらってんだが、修道院も経営が苦しくてなあ。なにせ、こんなか弱いシスターに化け物退治させてるくらいだ」
『か弱い』を強調しながら、シスター・ベルは大きく肩をすくめる。
「で、でもあんな暴力的なシーンを動画サイトに載せてもすぐ削除されるのでは……?」
それに、動画サイトで収益化されるには登録者数が千人を超えなきゃいけないとか色々と厳しい条件がある。こんな動画載っけて大丈夫なんだろうか。
「あー、まあアタシもダメもとで言ってみただけさ。ダメなら他の方法を考える。とにかく、これでお前も共犯――じゃなくて、協力者な、協力者」
そう言って立ち上がったシスター・ベルは僕に向かって手を伸ばす。握手――ではなく、単に「立て」ということらしい。
「名乗り忘れてたな、アタシの名はベルナデッタ。シスター・ベルでいい」
「えっと……僕は盾島誠太です」
「よろしくな、誠太」
シスター・ベルに手を引かれてやっと立ち上がった僕の頭を、彼女はわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
これが、シスター・ベルナデッタと僕――盾島誠太の出逢い、そしてカネと血と暴力に彩られた『シスター・ベルの怪異撲殺チャンネル』の始まりである。
〈続く〉
怯えて震え、墓石の陰に隠れた僕にそんな言葉を投げかけたのは、修道服を着た女性――いわゆるシスターだ。
しかし、僕は腰が抜けてしまっていて、そのシスターの前に出てこれなかった。
何故ならそのシスターは――返り血を浴びて、修道服が真っ赤に染まっていたからだ。おまけに、デコボコになった金属バットを地面に引きずって、ズリズリと音を立てている。
彼女の後ろには、さっきまでそのバットで殴り殺していた何か――動物にしては巨大すぎる謎の生物の死骸が力尽きている。
なんで、なんでこんなことに。
僕は墓石の後ろで頭を抱え、ガタガタと震えるしかできない。
――なぜ僕が夜中に墓場にいるのか。
夏の夜に墓場ですることといえば、代表的なものは肝試しであろう。男子中学生の僕は、友達に誘われて男三人で墓場に肝試しにやって来たのである。
最初は軽い気持ちだった。三人でスマホで動画を撮りながら、「なんかオバケっぽいの撮れたら心霊番組にでも投稿しようぜ」なんて笑っていた。
そして、墓場の奥へ進み、山に近いこの奥まった場所で目撃したのが――化け物を金属バットで撲殺している修道女である。
友人の二人は僕を置き去りにして逃げ出してしまった。僕は咄嗟に墓石の裏に隠れたが、返り血を浴びたシスターには既にバレている。
腰が抜けて動けない僕のほうへ、ズリ……ズリ……と金属バットを引きずる音が近づいてくる。
「……アァ? まだガキじゃねえか。こんな夜中にこんなとこで何してやがる」
ぬっ、と墓石の裏、僕の顔を覗き込んだ修道女の顔は存外整っていた。日本語が上手だが、ベールの隙間から覗く髪は月の光を浴びて金色に輝いていた。外国人、なのだろうか。
「ご、ごめんなさい、命だけは……」
僕はジャパニーズ土下座の姿勢で命乞いをする。
「とらねえよ。アタシは人間は殺さねえ」
半ば呆れたような声が頭上から降ってくる。
そして、カチッ、カチッとライターをつける音が聞こえる。顔を上げると、シスターがタバコをふかしていた。……不良シスターだ……。
「そんな事よりよぉ」
フゥ、とシスターが僕に向かって煙を吹きかける。僕は思わず咳き込んだ。
「――お前、見たよな? そんで、動画まで撮ってたよな?」
シスターは修道女とは思えないほど鋭い目でこちらを睨みつける。
「ごっ、ごめんなさいごめんなさい! 動画消しますから!」
僕は土下座の体勢のまま何度も何度も頭を下げて、額を砂利に擦り付ける。
しかし、シスターの反応は予想外のものだった。
「いや、別に消さなくていいんだけどよ。ちょっと見せてみろ」
「は、はひぃ……」
シスターが差し伸べた手に、僕は震える手でスマホを渡す。
シスターはタバコをくゆらせながら、しばらくスマホに映した動画を眺めていた。動画にはシスターの犯行(?)の一部始終が収められているはずだ。『オラッ!』とシスターの怒鳴り声と、怪物を金属バットで殴る嫌な音が聞こえる。
「……へぇ」
動画を見終わったらしいシスターは、ニヤリと笑っていた。
「よく撮れてんじゃねえか。腕がいいんだな」
「あ、ありがとうございます……?」
よく分からないが、褒められている……?
「その腕を見込んで頼みがあるんだが」
謎の不良シスターはタバコを口に咥えたまま、座り込んだ僕と目線を合わせるようにヤンキー座りでしゃがむ。
こんな状況だが、月の光を反射する青い瞳が綺麗だと思った。
「お前、パソコンいじれるか?」
「ぱ、パソコン……? ええ、まあ。動画編集とかもしますし……」
「ほーう。動画編集もできるのか。ますますいい」
シスターはタバコを噛み潰すように歯を見せてニッカリと笑う。
「お前、アタシが怪異を撲殺してるとこ動画に撮って、動画サイトにアップロードしろ」
「…………へ?」
僕は思わずキョトンと目が点になる。
「チャンネル名はそうだなあ……『シスター・ベルの怪異撲殺チャンネル』とかそういうのでいい」
シスター・ベルという名らしいその修道女は、吸い終わったタバコを地面に押し付けて火を消した。
「動画サイトのことはよく知らねぇが、再生数を稼げばカネが入るんだろ? アタシはそのカネを修道院に寄付したい。もちろん何割かはお前にやる。手間賃だ」
「え、あの……後ろで死んでるやつが怪異、なんですか……?」
僕は震える指で巨大な化け物を差す。
「おう。ここの墓場を仕切ってる寺の住職に頼まれてな。こう、悪さをしてる怪異をボコボコにするのがアタシの仕事だ」
シスター・ベルは手に持った金属バットを示すように持ち上げた。
「まあ、依頼料として既にカネはもらってんだが、修道院も経営が苦しくてなあ。なにせ、こんなか弱いシスターに化け物退治させてるくらいだ」
『か弱い』を強調しながら、シスター・ベルは大きく肩をすくめる。
「で、でもあんな暴力的なシーンを動画サイトに載せてもすぐ削除されるのでは……?」
それに、動画サイトで収益化されるには登録者数が千人を超えなきゃいけないとか色々と厳しい条件がある。こんな動画載っけて大丈夫なんだろうか。
「あー、まあアタシもダメもとで言ってみただけさ。ダメなら他の方法を考える。とにかく、これでお前も共犯――じゃなくて、協力者な、協力者」
そう言って立ち上がったシスター・ベルは僕に向かって手を伸ばす。握手――ではなく、単に「立て」ということらしい。
「名乗り忘れてたな、アタシの名はベルナデッタ。シスター・ベルでいい」
「えっと……僕は盾島誠太です」
「よろしくな、誠太」
シスター・ベルに手を引かれてやっと立ち上がった僕の頭を、彼女はわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
これが、シスター・ベルナデッタと僕――盾島誠太の出逢い、そしてカネと血と暴力に彩られた『シスター・ベルの怪異撲殺チャンネル』の始まりである。
〈続く〉
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