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第2話 シスター・ベルとブラック・シスター
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――僕、盾島誠太がシスター・ベルナデッタに出会ってしばらく経った頃。
「ねえねえ、この動画知ってる?」
「あ、知ってる! これすごいよね」
教室ではクラスの女子たちがスマホを持ち寄って動画の話で盛り上がっている。
「これCGなのかな? それとも特撮?」
「結構リアリティあってグロいけど、オバケを殴るシスターってなんか見てて爽快感あるよね」
あるか……?
どうやら彼女たちは僕の撮影した動画――シスター・ベルが怪異を撲殺するところを僕が撮らされたものだ――を見ているらしい。
『シスター・ベルの怪異撲殺チャンネル』は僕が思っていたよりも反響が大きかった。チャンネル登録者数は日を追うごとに増えていき、まだ一ヶ月も経っていないのに既に収益化に必要な条件である千人をとっくに超えている。再生数もみるみる増えていった。
「ふわぁ……」
しかし、毎晩のようにシスター・ベルの怪異撲殺依頼が舞い込んでくるため、動画の撮影と編集で僕は寝不足気味だ。思わず大きい欠伸も出る。
「そういえばこの動画の場所、この近くじゃない?」
「たしかに、見覚えがあるような……」
「このシスター・ベルって人、この辺に住んでる人なのかな?」
もう身バレしかけてる……。
シスター・ベルは顔出ししていて、しようと思えばいつでも身元が特定できる状態だ。僕はモザイクなどで顔を隠すべきだと提言したが、シスターには「必要ねえ」と言われたのでそのまま投稿してしまった。
でもいいのかなあ……修道女だから世間をあまり知らなさそうだし、顔をネットに上げる恐ろしさを知らないのでは……?
「シスターといえば、知ってる? 『ブラック・シスター』の話」
「ああ、外国人墓地に出てくるっていうアレ?」
女子のひとりが両手を身体の前に出して、幽霊のポーズをする。
「シスター・ベルVSブラック・シスターとか見たいよね」
「あ、それ面白そう!」
――怪異を撲殺することですら、視聴者に消費される時代か。
僕は少し冷めた心持ちで女子たちの話を聞いていたのであった。
「ところで、ベルナデッタさんは――」
「シスター・ベルと呼べ」
僕の呼び掛けに、シスター・ベルはギロリと睨む。
「……シスター・ベルは『ブラック・シスター』をご存知ですか?」
「ブラック・シスターだぁ? なんだそりゃ」
どうやら彼女はこの町に流れている噂を知らないらしい。
「そのブラックなんとかは何か悪さでもしてんのか?」
「どうも、外国人墓地をさまよっている幽霊らしくて、見つかると追いかけて来るらしいですよ。こう、スーッと滑るような速さで」
「まあ、幽霊は浮いてるもんだしな」
シスター・ベルはぷはぁ、とタバコの煙を口から吐く。……ここ、タバコ吸って大丈夫なところなのかな。
――僕がいるのはシスター・ベルの暮らしている修道院である。教会も兼ねていて、一般の信者が入れるミサのための聖堂もある。
その聖堂に並ぶ3人がけの長椅子で真ん中ひとりぶん空けて、僕とシスター・ベルは座って話をしていた。
僕がこの修道院に来るのは珍しくない。編集した動画をサイトにあげる前にチェックする行程で、シスター・ベルのいる修道院に毎日のように足を運んでいるのだ。OKがもらえればその日の夜に動画をアップロードする。動画サイトの収益は修道院と僕で半々に貰っていたので、大変だけど収入があるのは学生には有難い話だ。
「今朝、クラスの女子たちが『シスター・ベルVSブラック・シスターが見られたら面白そう』って言ってて……シスター・ベルはブラック・シスターと戦うつもりはあるんですか?」
「あー……」
シスター・ベルはベール越しに頭をボリボリかいた。
「今んとこ、依頼は来てねえからなんとも言えねえな……アタシは基本、依頼のあった怪異しか殴らねえ。怪異とはいえ殺生は好ましくないって修道院の方針でな」
そして、指に挟んだタバコを口に咥えて煙を吸う。
「そもそも、収益は欲しいとは言ったが、再生数のために怪異をぶん殴るのはなんか違う気がするんだよなあ……奴隷になるのは神様相手で充分さ」
そういえばこの人、修道女だった。神様を信じてるようには見えないが。
「なあ、そのブラック・シスターって奴はなんで幽霊なんかになって人を襲ってんだ?」
シスター・ベルはブラック・シスターに興味を持ったらしく、僕に訊ねる。
「さあ、僕も詳しいことは――」
「その話はわたくしが致しましょう」
僕の言葉を遮るように、ギィィ、と聖堂の木製の扉を開けて、妙齢の女性の声が響いた。
「あ、マザー・オネジムさん」
「こんにちは、誠太くん。ごめんなさいね、ベルナデッタが人使いが荒いものだから、勉強をする暇もないでしょう」
マザー・オネジムは慈悲深い笑みを浮かべて僕をいたわってくれる。とても善い人だ、と思う。
「へぇへぇ、すいませんね」
シスター・ベルはバツが悪そうな顔をして、携帯灰皿にタバコを押し付けた。
「で? マザー、ブラック・シスターについて詳しいのかい」
「ええ、彼女は生前、所属する修道院は違いましたが、わたくしと親交のあった女性でしたから」
マザーはどことなく寂しそうな表情をしていた。
「彼女――生前はシスター・リリィという洗礼名でした――は、もともとミッション系の女子校に勤めていた、修道女であり女教師でもありました。しかし、勤め先の学校で男性教師と恋に落ち、妊娠してしまったそうです」
「それは……」
僕は思わず息を呑んだ。
「そして、妊娠したことを知った男性教師は彼女を捨てたそうです。悲しみに暮れたリリィは自らの身体を十字に切ってお腹の子供ごと自殺しました」
「……」
シスター・ベルは気分が悪いと言いたげに不機嫌そうな顔でマザーの話に聞き入る。
「通常、キリスト教においては自殺した者は墓に入れてもらえません。わたくしが口聞きをしてなんとか外国人墓地に骸を納めていただいたのですが……どうやら彼女は未だにその男性教師を探しているようですね。悪霊になってもなお……」
マザー・オネジムは悲しそうに目を伏せた。
「シスター・ベルナデッタ。わたくしからお願い致します。シスター・リリィ――ブラック・シスターを眠らせて差し上げてください」
「……いいのかい、アンタのお友達を殴っちまって」
シスター・ベルは長椅子から立ち上がり、正面からマザーを見据える。
「出来ることなら撲殺することなく説得することで昇天させられれば一番良いのでしょうが……悪霊ならば聞く耳を持たないでしょう。あくまで最終手段にしてください」
「……オーケー。ご依頼、承った」
こうして、シスター・ベルとブラック・シスターの戦いが幕を開けたのである。
〈続く〉
「ねえねえ、この動画知ってる?」
「あ、知ってる! これすごいよね」
教室ではクラスの女子たちがスマホを持ち寄って動画の話で盛り上がっている。
「これCGなのかな? それとも特撮?」
「結構リアリティあってグロいけど、オバケを殴るシスターってなんか見てて爽快感あるよね」
あるか……?
どうやら彼女たちは僕の撮影した動画――シスター・ベルが怪異を撲殺するところを僕が撮らされたものだ――を見ているらしい。
『シスター・ベルの怪異撲殺チャンネル』は僕が思っていたよりも反響が大きかった。チャンネル登録者数は日を追うごとに増えていき、まだ一ヶ月も経っていないのに既に収益化に必要な条件である千人をとっくに超えている。再生数もみるみる増えていった。
「ふわぁ……」
しかし、毎晩のようにシスター・ベルの怪異撲殺依頼が舞い込んでくるため、動画の撮影と編集で僕は寝不足気味だ。思わず大きい欠伸も出る。
「そういえばこの動画の場所、この近くじゃない?」
「たしかに、見覚えがあるような……」
「このシスター・ベルって人、この辺に住んでる人なのかな?」
もう身バレしかけてる……。
シスター・ベルは顔出ししていて、しようと思えばいつでも身元が特定できる状態だ。僕はモザイクなどで顔を隠すべきだと提言したが、シスターには「必要ねえ」と言われたのでそのまま投稿してしまった。
でもいいのかなあ……修道女だから世間をあまり知らなさそうだし、顔をネットに上げる恐ろしさを知らないのでは……?
「シスターといえば、知ってる? 『ブラック・シスター』の話」
「ああ、外国人墓地に出てくるっていうアレ?」
女子のひとりが両手を身体の前に出して、幽霊のポーズをする。
「シスター・ベルVSブラック・シスターとか見たいよね」
「あ、それ面白そう!」
――怪異を撲殺することですら、視聴者に消費される時代か。
僕は少し冷めた心持ちで女子たちの話を聞いていたのであった。
「ところで、ベルナデッタさんは――」
「シスター・ベルと呼べ」
僕の呼び掛けに、シスター・ベルはギロリと睨む。
「……シスター・ベルは『ブラック・シスター』をご存知ですか?」
「ブラック・シスターだぁ? なんだそりゃ」
どうやら彼女はこの町に流れている噂を知らないらしい。
「そのブラックなんとかは何か悪さでもしてんのか?」
「どうも、外国人墓地をさまよっている幽霊らしくて、見つかると追いかけて来るらしいですよ。こう、スーッと滑るような速さで」
「まあ、幽霊は浮いてるもんだしな」
シスター・ベルはぷはぁ、とタバコの煙を口から吐く。……ここ、タバコ吸って大丈夫なところなのかな。
――僕がいるのはシスター・ベルの暮らしている修道院である。教会も兼ねていて、一般の信者が入れるミサのための聖堂もある。
その聖堂に並ぶ3人がけの長椅子で真ん中ひとりぶん空けて、僕とシスター・ベルは座って話をしていた。
僕がこの修道院に来るのは珍しくない。編集した動画をサイトにあげる前にチェックする行程で、シスター・ベルのいる修道院に毎日のように足を運んでいるのだ。OKがもらえればその日の夜に動画をアップロードする。動画サイトの収益は修道院と僕で半々に貰っていたので、大変だけど収入があるのは学生には有難い話だ。
「今朝、クラスの女子たちが『シスター・ベルVSブラック・シスターが見られたら面白そう』って言ってて……シスター・ベルはブラック・シスターと戦うつもりはあるんですか?」
「あー……」
シスター・ベルはベール越しに頭をボリボリかいた。
「今んとこ、依頼は来てねえからなんとも言えねえな……アタシは基本、依頼のあった怪異しか殴らねえ。怪異とはいえ殺生は好ましくないって修道院の方針でな」
そして、指に挟んだタバコを口に咥えて煙を吸う。
「そもそも、収益は欲しいとは言ったが、再生数のために怪異をぶん殴るのはなんか違う気がするんだよなあ……奴隷になるのは神様相手で充分さ」
そういえばこの人、修道女だった。神様を信じてるようには見えないが。
「なあ、そのブラック・シスターって奴はなんで幽霊なんかになって人を襲ってんだ?」
シスター・ベルはブラック・シスターに興味を持ったらしく、僕に訊ねる。
「さあ、僕も詳しいことは――」
「その話はわたくしが致しましょう」
僕の言葉を遮るように、ギィィ、と聖堂の木製の扉を開けて、妙齢の女性の声が響いた。
「あ、マザー・オネジムさん」
「こんにちは、誠太くん。ごめんなさいね、ベルナデッタが人使いが荒いものだから、勉強をする暇もないでしょう」
マザー・オネジムは慈悲深い笑みを浮かべて僕をいたわってくれる。とても善い人だ、と思う。
「へぇへぇ、すいませんね」
シスター・ベルはバツが悪そうな顔をして、携帯灰皿にタバコを押し付けた。
「で? マザー、ブラック・シスターについて詳しいのかい」
「ええ、彼女は生前、所属する修道院は違いましたが、わたくしと親交のあった女性でしたから」
マザーはどことなく寂しそうな表情をしていた。
「彼女――生前はシスター・リリィという洗礼名でした――は、もともとミッション系の女子校に勤めていた、修道女であり女教師でもありました。しかし、勤め先の学校で男性教師と恋に落ち、妊娠してしまったそうです」
「それは……」
僕は思わず息を呑んだ。
「そして、妊娠したことを知った男性教師は彼女を捨てたそうです。悲しみに暮れたリリィは自らの身体を十字に切ってお腹の子供ごと自殺しました」
「……」
シスター・ベルは気分が悪いと言いたげに不機嫌そうな顔でマザーの話に聞き入る。
「通常、キリスト教においては自殺した者は墓に入れてもらえません。わたくしが口聞きをしてなんとか外国人墓地に骸を納めていただいたのですが……どうやら彼女は未だにその男性教師を探しているようですね。悪霊になってもなお……」
マザー・オネジムは悲しそうに目を伏せた。
「シスター・ベルナデッタ。わたくしからお願い致します。シスター・リリィ――ブラック・シスターを眠らせて差し上げてください」
「……いいのかい、アンタのお友達を殴っちまって」
シスター・ベルは長椅子から立ち上がり、正面からマザーを見据える。
「出来ることなら撲殺することなく説得することで昇天させられれば一番良いのでしょうが……悪霊ならば聞く耳を持たないでしょう。あくまで最終手段にしてください」
「……オーケー。ご依頼、承った」
こうして、シスター・ベルとブラック・シスターの戦いが幕を開けたのである。
〈続く〉
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