82 / 108
第3部 カレーのお釈迦様
第23話 ハヤシライスと…… 謎の遺跡のお話 ☆☆
しおりを挟む今日の夕食は城のダイニングルームでビーフ・ストロガノフ、いや(!)、これはそんな上品めいたものじゃなくて、でもハッシュドビーフ・アンド・ライスでもなくて、むしろハヤシライスって呼ぶべきだ。ていうか、呼ぼう。勝手にそう決めることにする。
何で夕食がこれになったかっていうと、近衛軍の兵士さんたちや被災者に出すのと同じ料理にするように、ファフニール君に言っておいたのだ。
だって、家を失くして大変な人が大勢いるのに、私だけが毎晩豪華な食事をするって訳にはいかないでしょう。
復興が完了するまでは一緒のメニューで我慢するつもり。
まあ、建築技術者や職人さん、それに大地や木の魔法の使える人材が総出で進めてるから、そんなに長くかかることじゃないだろうし。
で、そのハヤシライスだけど、あれから時間をかけて取ったブイヨンにトマトや野菜を入れて充分に煮込んだだけあって、コクのある、それでいてトマトのさっぱり感のある見事な味だ。
充分に炒めたタマネギの微かな甘味も利いてるし、大きめに切ったジャガイモも口に含んだだけでほろりと崩れる柔らかさ。
乱切りにしたニンジンも噛みしめるとむっちりとした歯ごたえで、デミグラスソースの味がしっかり染みたクセのない美味しさだ。うん、これならニンジン嫌いの人でも残さずいけそう。
ローリエの香りとほのかな苦みも生きてますねえ。
そしてまた、軽くかけ回した生クリームが一層のコクとなめらかさを加えてる。
肉はビーフシチュー風の角切りじゃなくて、ライスと一緒に食べやすいように薄切りだ。そしてまた、よーく煮込まれてと~ろとろ。
ソースとバターライスをスプーンでたっぷり掬って一緒に食べると、ライスはバターのおかげで長粒種のパサパサ感がなくて、ふんわり、それでいてしっとりともしていい感じ。それがソースに包まれると、口の中も心も温かい幸福感に満たされる優しい感覚。
うーん、これは軍のみんなも被災者も、きっと喜ぶぞお!
あっ? でも待てよ。
これはちょっと「しまった!」かも。
(どうした?)
あのさあ、大人数に出すんだったら、やっぱり煮込み料理が一番じゃない?
その中でも良さそうなハヤシライスをここで出しちゃったから、例の祝宴で10万人相手に出す料理の有力候補が1つ減ったってことだよね。困ったなあ。
(困ったとか言いながら、スープもサラダも、パクパク食べておるではないか)
うん、サラダの生野菜は新鮮な葉野菜特有のすっとした透明な旨味があって、おまけにドレッシングが今日は久しぶりのサウザンド・アイランドだからねえ。
マヨネーズに少量のケチャップ、ケッパーやピクルスが入って、そこにレモン汁と生クリームでしょう? 私、オーロラ系のソースは元々好きな上に、更にこのズルい組み合わせはもう、食べない訳にはいかないよ。
マヨネーズもケチャップも酸っぱ過ぎず甘ったるくもなく、濃度もどちらかというと薄めのさらさらで、ハヤシライスのデミグラスソースの味と被らずケンカせず、これは絶妙のコンビネーションと言わずして何と言うべきか!
それに、スープは今日はシンプルなコンソメだけど、この見るからに澄んで綺麗な黄金色も、漂ってくるいい匂いも食欲をそそるし、味わってみるとこれがまたビーフと香草類の風味に絶妙の塩胡椒加減の、とんでもない複雑かつ透き通った旨味で。こ、これは! 熟練の技と鍛え上げたセンスが織りなす芸術品とも言うべき「けしからん(?!)」一皿……
(食べるか悩むか、どっちかにしたらどうなのだ)
うーん、美味しい。でも、うーん悩むなあ。
(ハヤシライスに似た料理ならば、古代文化で世界中で人気だったアレがあるではないか)
アレかあ。うん、アレならライスの上にかけて、それだけで満腹感も得られるし、一応は考えたんだけど、なにしろスパイスが手に入らないからねえ。
スパイスの産地はあまりに遠いし、大戦で滅んじゃった大陸にあるから、旧人類が生き残って、そんなものを栽培してるかどうかも怪しいし……
(この大陸にも入手できそうな場所があると言ったら?)
え、そんな所があるの?
だったら教えて! 是非、是非、教えてちょ!!
どこ? どこ?
(教えても良いが、条件がある)
えーっ、条件って、何か面倒なこと言い出すんじゃないよねえ。
ただでさえメニューのことで頭が痛い時に。
(なに、簡単な事だ。我をもっと尊敬せよ!)
はあ、何を言ってんの?
今でもしっかり尊敬してますって!
(いーや、最近どうも我に対する口の利き方がぞんざいであるし、粗略に扱われているような気がしてならんのだ。これでも少々傷ついておるのだぞ)
あ、いや~、それはきっと私の年齢的なもので……
ほら、思春期の真っ盛りだから、いちばん父親(?)離れが進む年頃だって言うじゃない。
(そんな弁解はどうでも良い。扱いを改めるのか、どうなのだ?)
はぁ。分かりましたって。
気をつけます。
(本当だな?)
はいはい。約束します。
(以降は「はい」は1回にせよ。だが、まあ良い。少しは反省したようだから教えてやろうか。感謝して聞くのだぞ。その場所というのは……)
―――― そして、心の声さんが教えてくれたのは、今までのどの古代遺跡の資料でも観たことも読んだこともない、不思議な人たちの話だった。
ふーん、そんな変わった人たちが旧文明時代に居たんだ。
その子孫が魔族にもならずに、今もこの大陸に暮らしてるなんて。
しかもピラミッドとは!
ちょっと驚きだ。
ピラミッドとか実際に見たことなんてないし、憧れるぞ。
「太陽神」の神殿かぁ。考えただけでも熱くって華やかで、素敵!
そんなん知ってるなんて、8000年以上も生きてるって言うだけのことはあるかな。ここは素直に感心するかも。
まあ、話が嘘じゃなければだけど。
しかし、まさか…… あの流れで嘘はないよねえ。と、信じたい。
そして翌朝、私はガイアさん、ゼブルさん、そしてファフニール君と厨士長さんを前に告げた。なぜか、背を伸ばして「きをつけーっ!」の姿勢の「ふーちゃん」も一緒だ。
「ええと…… 突然ですけど、数日間留守にさせてもらいます。ある遺跡に向かうので」
「「「「え!?」」」」
あれ?
あらためて見ると、ふーちゃんがまた一回りも二回りも大きくなってるぞ。
この調子だと、私が帰って来る頃には、もしかして皇帝ペンギンぐらいの大きさに育ってるんじゃないか?
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ
海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
ヘリオポリスー九柱の神々ー
soltydog369
ミステリー
古代エジプト
名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。
しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。
突如奪われた王の命。
取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。
それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。
バトル×ミステリー
新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。
三十歳、アレだと魔法使いになれるはずが、異世界転生したら"イケメンエルフ"になりました。
にのまえ
ファンタジー
フツメンの俺は誕生日を迎え三十となったとき、事故にあい、異世界に転生してエルフに生まれ変わった。
やった!
両親は美男美女!
魔法、イケメン、長寿、森の精霊と呼ばれるエルフ。
幼少期、森の中で幸せに暮らしていたのだが……
強奪系触手おじさん
兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。
攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?
伽羅
ファンタジー
転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。
このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。
自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。
そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。
このまま下町でスローライフを送れるのか?
ヒナの国造り
市川 雄一郎
SF
不遇な生い立ちを持つ少女・ヒナこと猫屋敷日奈凛(ねこやしき・ひなりん)はある日突然、異世界へと飛ばされたのである。
飛ばされた先にはたくさんの国がある大陸だったが、ある人物から国を造れるチャンスがあると教えられ自分の国を作ろうとヒナは決意した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる