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新婚旅行編
新婚旅行編:出発
しおりを挟む見送るのは、信隆と景明。
「新婚旅行の仕切り直しは何回でもさせたるさかい、少しでも問題が発生したら中止しろ。」
「はい。」
「慶介、楽しんでおいで。」
「うん!」
今日は、待ちに待った日。
中止も危ぶまれた新婚旅行は、補佐と警護を常駐させることで実現した。
ベータの一般企業に務める岡野と山崎は2週間もの休みをもぎ取ってきてくれた上での常駐補佐である。この二人に限らず、皆が慶介の希望を叶えるために多大な労力を払っていることを慶介は知っている。
これらに応えるには、慶介が全力で旅行を楽しむ事だけだろう。
主に信隆が選んだ服が入ったでっかいスーツケースが2つ、緊急時用の荷物が入った小さめのスーツケースを1つ車に積みこみ、水瀬に酔い止めを飲んだと慶介が報告をしたら出発だ。
今日の服は、この日のために酒田と二人で購入したスポーツミックスのモノクロお揃いコーデ。
フード付きニットTシャツは色違いで揃え、酒田のトレーニングパンツと慶介のトレーニングウェアは同じデザインのものをサイズ違いで合わせた。
慶介はブラックのスキニージーンズ以外はオーバーサイズを選びダボッとした印象にした。対する酒田はジャージやニットのダラーっとした印象をレザージャケットでビシッと引き締めたのだが、残念ながらゴツい体のせいで海外のいかついSPみたいにも見える。
「車酔い大丈夫そうか?」
「ちゃんと30分前に飲んだから薬は効いてるし、前の席に座ってるから大丈夫だって。」
慶介は現在、酒田が運転する車で二人きり。
最初、目的地までの運転は水瀬がする予定だったのだが、慶介が『早く二人きりになりたいから早朝から出発したい』と言ったため、十分な余裕をもって行動したい警護たちがドライブデートを提案してきた結果である。
運転する酒田は警護をしている時とは違った緊張感のある精悍さを見せる。
体のでかい酒田に合わせて選んでレンタルした車は車高の高いSUVのゴツいデザイン。太めのハンドルを握る手もまたゴツく、手の甲に浮く筋や腕まくりで見える腕の筋が胸をキュンとさせる。
その手で頬を撫でてほしいし、その腕で引き寄せられてから抱きしめられたいところだが、今は運転中なのでそれらの希望は叶わない。
慶介が出来ることは、手を顔の前で合掌させてジッと酒田に見惚れることだけ。
「・・・あんまりジロジロ見られると緊張する。」
「だって、勇也が運転するところ初めて見るもん。」
「そうだな、俺も慶介を乗せて運転するの初めてだから緊張してる。」
慶介が外出する時、酒田は警護として横につく事がほとんど。
なので酒田が運転出来ることを知っていても、実際に運転する姿を見るのは初めてであり、慶介が助手席に座ることも、車の中で二人きりになるのも初めてなのだ。
いくら見ても飽きない姿に慶介が惚れ惚れするため、車の中は沈黙状態。
気まずくなった酒田が口を開く。
「慶介・・・音楽はかけなくて良いのか?」
「はぇ? あ、うん。かけよっか。この白いコードに差せば良いんだよな?」
目的地まで6時間もある今日のために、慶介は二人が好きな曲を選曲してピッタリ時間のプレイリストを作っておいたのだ。音楽を流したあと、慶介たちはドライブデートの醍醐味であるおしゃべりに夢中になった。
*
近畿を抜けるのも、もうすぐという頃。
「いつもクエスト手伝ってくれるギルドのあの人、PVPでもらえる称号の『天下無双』持ってたんだよ。6人サバイバルのPVPで30連勝したってことやろ? やばない?」
「まじか、やば。その称号、配信されたの先々週だぞ。でも──、ちょっと待った・・・」
前を走る水瀬の車がハザードランプが2回点滅した。酒田がスマートウォッチでメッセージを確認して言った。
「次のサービスエリア、ショッピングモールとつながってる大きいところだけど入るか? 買い物は興味ないか。」
「買い物はいらねぇけど、昼飯どうする? 俺的にはサービスエリアの素うどんなんかでもいいんだけど、皆はちゃんとガッツリしたの食べたいんかな?」
「少なくとも俺はうどんだけじゃ腹減る。岡野さんに相談してもいいか?」
「いいよ。スピーカーで電話したら良い?」
「頼む。」
岡野が選んだのは格別キレイでもない、どこにでもありそうなサービスエリアだった。
だが、岡野曰く、料理人が良いらしく密かに飯が旨いところなのだとか。
慶介はオススメされたネギ塩豚の焼きうどんを選び、酒田は焼き飯、唐揚げ、野菜炒めの定食にした。そしたら、まさか極普通の野菜炒めまでがおかわりを注文してしまうくらいに美味しかった。
昼飯後、満腹になった慶介は酔い止めの薬の眠気もあって、ウトウトしてはハッとして起きるを繰り返していた。
眠気を追い払おうと顔を擦っていたら酒田がフッと小さく笑い、手を伸ばして頭をガシガシとなでてきた。
「慶介、眠かったら寝てくれていい。」
「でも、せっかく二人きり・・・」
「目的地までまだ4時間以上かかるし、この先、たっぷり2週間あるんだ。旅館で相手してくれたら良い。むしろ、向こうに着いて『疲れてるから寝る』なんて言われたら、襲って無理矢理してしまうかもしれないなから、今のうちに寝ておいてくれ。」
「・・・っ、・・・わ、わかった」
急なセックス宣言に、一瞬、それも良いと思ってしまった慶介だったが、やはり眠気には勝てず寝てしまった。
*
たっぷり2時間も寝た慶介が起きたのはちょうどサービスエリアで車を止めたタイミングだった。
シパシパする目をこすり周りを見渡すが、見覚えのあるものは何もなく、シートベルトを外そうとしていた酒田に尋ねた。
「・・・ここ、どこ?」
「あ、ちょうどよかった。サービスエリアについたところだ。岡野さんと山崎さんがここのパフェは絶対食べるべきって言うから起こすつもりだったんだ。慶介もパフェ、食べるだろ?」
「・・・ぅん」
寝起きのぼんやりは外の冷たい空気を顔に受けて歩くとすっかり消え去って、岡野たちが絶対に食べるべきと言うパフェの店に皆で行列に並んだ。
マスカットと生クリームが透明カップの中にギュウギュウに詰め込まれ、上にもこんもりと盛られていて『一房、全部入れました?』と聞きたくなる量だ。だが、世の中には写真詐欺というものがあるので過度な期待は厳禁と思っていたのに、先頭にいる購入者たちの『わぁ、すごー』という声が慶介の期待を煽る。
「あ~やば~、早く食べてぇ~!」
「・・・何してるんだ?」
「楽しみにするために目、隠してる。」
「そうか。ところで、マスカットと生クリームのパフェだけじゃなくて、ゼリーパフェってのもあるみたいだぞ?」
「えぇ~!? どんな、あ、いや、でも、うぅ、岡野さんどっち食べればいい~っ!?」
「「両方!!」」
岡野と山崎の揃った即答を聞いて慶介は2種類とも注文した。
生クリームも美味しかったが、ゼリーはシュワシュワとした舌触りで味もさっぱりとしている所が寝起きの慶介にはちょうど良く、上の方だけ食べた生クリームの方をパフェを食べていなかった水瀬に分けようとした。
すると、酒田が慶介の手からスッと抜き取り自分が食べていたものを水瀬に渡した。
「おい、半分も食べたやつ渡すなって。水瀬さんは買ってないん──」
「慶介。・・・アルファが、番の口がついた食べ物を他の人間に渡すと思うか?」
「あ・・・」
「慶介は囲われるのを好まないからやらないけど、俺にだって、姿も声も聞かせたくない独占欲が人並みにあるんだ。唾液なんて信隆さんでも渡せない。」
「ご、ごめん・・・」
「大丈夫、永井だったら絶対渡さなかっただろ? 慶介は対応がわかってないわけじゃない。水瀬さんはお母さんみたいなポジションだから気が緩んだだけだろ?」
「うん・・・」
オメガとして生きるようになって7年。慶介もバース社会特有の衛生観念というか匂い観念を学んだ。特に、アルファが番のオメガが触れたものを他人に渡したがならない事はよくよくわかっている。
だから、永井を筆頭に他のアルファたちには慶介の匂いが渡るような行為は避けるようにしているつもりであったのだが、初期メンバーである景明や水瀬、重岡なんかにはその警戒が緩んでしまうことがある。
「複雑ですね~。信頼されてお母さんか、警戒されながらお兄さんか。警護としては誉れなのかもしれませんけど?」
「あ、ごめんっ! 俺にとって水瀬さんは、頼りになって相談に乗ってくれるお兄さん枠だからっ・・・!」
「ま、そういうことにしときましょうか。」
あとは、巨峰ぶどうとりんごのジェラートもオススメだと言われたので、今度はちゃんと酒田と半分ずつ分けあって食べた。
*
到着したのは日が落ちる少し前。
桜田門のようなゲートで入場券を購入して超えた先が全て今回の宿泊する旅館の敷地内となるらしく、温泉ランドというのが表現として合ってる気がする。
入口付近は城下町風で揃えられて土産物屋さんっぽい。温泉街らしき道は歩行者専用になっていたので車は脇の林道を登っていった。
慶介たちが宿泊する旅館はエントランスが小さく、デザインも和モダンの現代建築で、隣にある昔ながらの温泉旅館然とした建物とは馴染んでいない。
「和モダンが悪いわけじゃないけど、こっちも純和風にすりゃ良かったのに・・・外国人向けホテルか?」
「こっちの建物は別館のシェルターだ。大浴場とかHPでみた温泉の写真はそっちの建物にある。温泉だけも開放してるから、別の宿を取って温泉だけ入りに来る事もできるようになってる。」
「あ、そっか。これがヒートシェルターの建物なのか。」
受け付けを済ませ、車から降ろした荷物は旅館の従業員が運んでくれる。
「それでは、我々は近くの宿で待機しています。何かあれば連絡しなさい。慶介くん、存分に満喫してきてください。」
「もしかして、温泉街で水瀬さんたちとばったり会う事になったりする?」
「それも面白いでしょうけど、勇也から連絡が来ますから、外出している場合は遭遇しないようにしますので会えません。」
「なーんだ、そっか。」
「そうそう。だから、俺等が温泉街をブラブラ出来るよう部屋でたっぷりしっぽりして──ブェ!」
「岡野、下品だぞッ! まったく・・・。慶介くん、こっちのことなんて忘れてくれていいから。楽しんできて。」
山崎が岡野をアッパーで黙らせ、三人は補佐らしくあっさりと撤収して去っていった。
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