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13 ステファン
しおりを挟む次の日も、トラブルなく商隊は宿泊する村に着いた。この村は牧歌的というか、いかにもな田舎の村って感じだ。
「この村は肉狩ってくるだけで宿代と飯代がタダになるんだ。」
「それに、何と言っても、寝床がフワフワなんだ!」
と、言った護衛の冒険者たちは気合い入れてフォレストブルという牛っぽい魔物を4匹も狩った。
村人たちはおおらかで親切で人情味に溢れていた。俺たちが追放された子どもだと聞けば「それは大変だったでしょう。ここにいる間だけでも羽を休めて行くと良いわ。」と村の女性は赤子の世話もするし母乳も分けてあげる。と言って連れていき、カトリーヌとダミアンも同じ年頃の子たちと遊んでいる。
他の冒険者はちょっとした用事を頼まれてやっているし、俺も牛の魔物を捌くのを手伝ったけど「男手が必要なところは終わった。」と女衆に追い出され、俺は手持ち無沙汰になった。
ちょうどいい機会なので、俺はステファンの心のケアをすることにした。
この村の特産品、ビッグシープの放牧をしている囲いに背を預け2人で並ぶ。
「ステファン、まずはこれを、読んでみてくれ。」
俺は古紙回収業者のゴミ山から見つけた7日分の新聞をステファンに見せた。小難しい単語もあるが8歳のステファンなら読めるはずだ。
俺は、ステファンが3枚目の新聞を見て、狼狽えた様子を見せたことに予想外の反応だと驚いた。ステファンの家族の処刑が書かれた記事は5枚目だったから、その心づもりはしていたけど、3枚目の何を見て動揺しているのか予想がつかなかった。
ステファンが目に涙を浮かべて、震える手が握る3枚目の新聞は『辺境伯の家族、子供に至るまで処刑した。』という記事だったはず。
「アレックス様は、本当に処刑されてしまったのでしょうか?」
「アレックス? 辺境伯の孫だったか? そうだな、ここに2歳の子供まで処刑した。と、書いてあるから、恐らくは・・・」
「あぁ、僕のせいだ。僕がちゃんと出来なかったからッ・・・!」
ステファンはうずくまって地面に爪を立てて泣いた。
俺は、爪が割れるからやめなさい。と起こして額についた砂を払う。「話してくれないか?」と促すとステファンはしゃくりあげながら語り始めた。
「僕が身代わりにならなくちゃいけなかったんです。」
ステファンは辺境伯の孫であるアレックス様と同じ年齢で、何かに付けてケルブセント辺境伯の家に呼ばれ、アレックスと寝食をともにして、同じ教育を受け、まるで双子のように育った。
そして、6歳の時、そのように育った理由を聞かされた。
ステファンは、有事の際にはアレックスの身代わりをさせるために育てられていた。つまりは『影武者』だ。
ステファンはアレックス身代わりになることをを受け入れた。変身魔法を覚え、アレックスと入れ替わり、家族や使用人を化かす遊びもした。
あの反逆罪で連行された時も身代わりは成功し、ステファンはアレックスとして、アレックスはステファンとなって拘束、監禁された。
ステファンが自身の処刑を宣告されたのは連行されてから1ヶ月後だった。自分が辺境伯の一家と共に処刑されると聞いてもアレックスを演じ続けた。
しかし、2ヶ月もの間、奴らをダマせていたのに、処刑が始まる直前に、何故か身代わりがバレてしまったのだという。
「きっと、僕がミスをしたんです。だから、バレてしまって、アレックス様が・・・ッ!」
俺は慰めようとステファンの肩を抱き寄せたが、その腕は振り払われて、距離まで取られてしまった。
ステファンは背を丸め、肩をすぼめて、握った拳を歯にあてて噛み締めて、怯えているような顔をする。
(こんな時、なんて言葉をかければいいんだ・・・)
ここで掛ける言葉を間違えれば、取り返しのつかないことになる。そんな予感があった。
ステファンがこんな重いものを背負っていたなんて思いもしなかった。俺はただ『良い子』という外面だけを見て、何だったら聞き分けの良い便利な子くらいに思っていた。
でも、ディランは外に連れ出したあの一日だけでステファンの異常さに気が付いた。ディランは、何故、気づけたのだろう?
俺は、ふと、「ディランも俺をこんな風に見ていたのかな?」と思った。差し伸べられる手を拒絶して、自分の中だけで完結させようと意固地になっている。
ステファンが自分の手を噛み千切りそうなくらいに噛む姿を見れば、俺がディランにしてもらったように、今度は俺がステファンをすくい上げるのだと気合を入れ直す。
「ステファン、お前、本当は処刑が怖かったんだろう?」
ステファンが驚愕の目でこっちをみた。
「死ぬのが怖くなって、それで、バレるような事をしたんじゃないのか?」
俺は責めるような言葉を畳み掛け、ステファンの顔色はどんどん蒼白に青ざめていく。あまりにショックなのだろう。言葉がでない、音も出ない口がパクパクと動いた。
「アレックス様の代わりに死ぬなんてまっぴらだ、と。心の何処かで思ってたんじゃないか? 自分が生きるために、アレックス様が死ねばいいと思ったんだろう? ──いいじゃないか、お前を罰する辺境伯様はいないんだから、正直に言えよ。」
俺の侮辱の言葉にステファンは声を荒げて反論する。
「そんなっ、そんなこと、アレックス様に死んでほしいなんて思った事なんかないッ!! アレックス様の身代わりになることは僕にしか出来ない名誉だ! 僕はアレックス様の一番の側近で、一番の友達だっ、僕は、アレックスのためならっ・・・アレクの、ためなら・・・なんだってした。だから・・・僕が死ななくちゃいけなかったのに・・・」
ステファンの忠誠心は高い。8歳の子どもが主君と友のために死を覚悟するなんて普通できることじゃない。
だからこそ、ステファンの罪の意識はそこだと思った。死を覚悟することと、死に怯えることは別だ。覚悟してたって怖いものは怖い。ステファンはアレックス様に忠誠を誓っているのに、死を名誉と思えなかった自分を、死を怖がった自分を責めている気がした。死なずに助かった事に安堵した自分を罰している気がした。
「ステファン、死ぬのが怖いと思う気持ちは罪なんかじゃない。」
俺はステファンにゆっくりと近づき、片膝をついて、まだまだ小さい手を、一回り大きい俺の手で包む。
「処刑されると聞けば、大人だって怯える。なのに、処刑されるとわかっても変身魔法を解かなかったステファンは立派だ。まさに忠臣だよ。」
「でも・・・僕・・・」
「ステファン、変身魔法を解かなかったのは何故だ? 辺境伯様に命令されてたからか? 変身魔法を解く方法を知らなかったわけじゃないだろ? ──アレックス様を、守りたかったからだろう?」
「・・・・・・うん・・・でも、アレク・・・し、処刑され・・・っ」
「アレックス様が処刑されたのはステファンのせいじゃない。相手は絶対権力の王家だぞ? きっと、変身魔法を見抜く魔法とかがあったんだよ。・・・だから・・・守れなかったのは、ステファンのせいじゃない。」
包んでいた小さな手から力が抜けて、俺の手をすり抜けた両手が目を覆い、ステファンはひんひんと声にならない声を上げて泣いた。
処刑を宣告され、明日は処刑されるかもしれないという恐怖に耐えた2ヶ月。きっと、その支えは主であり友であるアレックスを守るという忠誠心だったのだろう。しかし、その覚悟は達成されず、守るべき人はすでに死んでいた。
ステファンはある意味、俺と同じだ。目標を奪われ生きる気力を失い、心の奥で死を求めている。
俺は唐突に、ステファンを助けて良かったと思った。死ななければならなかった、と自分を罰するこの子が奴隷にでもされていたら、それこそが自分が受けるべき罰なのだと死を与えられるまでどんな非道も受け入れつづけていたことだろう。
一つの悲惨な末路を避けられた事に、自分の些細な同情心と仲間意識には意味があったと思えば、俺の中にあった迷いが消え、そして、手を出したからには、ステファンが次の目標を見つけるまで責任を持って支えなければ、と決意を新たにした。
ステファンの罪の意識から開放され許された涙は、次第に友の喪失と二度と会えぬ悲しみの涙に代わり、俺が差し出した布を受け取ったステファンはローランを失った父と同じ目をしていた。
***
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