53 / 60
53. あれから
しおりを挟む宿に着いてから、いつ話を切り出そうかと思案していた俺に、「話は飯を食ってからでいい。」と彼は言った。
正直、有り難かった。
俺が話す事が多過ぎるのと、どうしても彼に聞きたい事があったからだ。
お館様の考えまでは分からないが、ローランドの温い考え方というか、中途半端さだけは、俺には我慢出来ない物だった。
お嬢様の身に何事もなかったから良かったものの、偶々運が良かっただけの事で、次に同じ事があった時に無事だとは限らない。
現に5年前、お嬢様を護りきれずに、その命を危険に晒した。
にも拘わらず、今回の件では姉妹の命が失われた。
俺は、こんな奴認めない。
専属護衛である事も、正式には戻されてはいないが、未だにお嬢様の婚約者だという事も…認める事など出来ない。いや、認めたくない。
そして、それは相棒のマーカスも同じ気持ちだ。
マーカスも俺も、お嬢様には返しきれない恩がある。
だから尚更許せない。
他にも、5年前の件では赦す事など出来ない奴がいた。
だがそいつらの事は、もう疾っくに方が付いている。
あれから…色々な事があった。
それでも…相棒に会えた事は、俺にとって最も幸運な出来事だった。
~~~~~
俺がお嬢様の傍に居なかった5年間に、何があったというのか?
何故、ハリー・クリムトの身内がこんな所に居るのか分からない。
それ以前に、ハリーも居るのだろうか?
“雑草”のメンバーと、一緒に行動しているという事は、お館様もそれを知っているという事になる。
だとすれば当然、兄も知っているのだろう。
しかも、暗部という重要な場所に…。
万が一、裏切られでもしたら、飼い犬に手を噛まれるどころの騒ぎでは済まない。
と、そこまで考えていたところで、タークスがバスルームから出てきた。
「じゃあ、俺もシャワー浴びてくる。」
「ああ、出てきたら飯を食いに行こう。」
「分かった。」
シャワーを浴び終わると、宿の一階にある食堂に行き、夕飯を食べた。
宿場町にある一般的な宿屋の一階には、食堂がある事が多い。
外で買って来て部屋で食べるのもOKだったりする。
勿論、ルームサービスもある。
夕飯を食べ終わった俺達は、葡萄酒とグラス、つまみには木の実とチーズを注文して部屋に戻った。
明日の準備をしていたら、ルームサービスで注文していた物を持って来た。
品物を受け取り、チップを渡す。
ベッド脇にあるサイドテーブルの上に置くと、葡萄酒の瓶のコルク栓を開け、2つのグラスに注いだ。
栓を閉めてテーブルに置き、グラスを軽く掲げた。
「お疲れ。」
「ああ、お疲れ。」
グラスの中身を一気に呷る。そして、葡萄酒を注いだ。
「なぁ、何でお前がここに…この辺境伯領にいるんだ?お前の従兄のハリーがやった事、忘れたのか?」
「… いきなりだな…。」
「当たり前だ。」
グラスの中身を飲み干し、大きく息を吐き出すと、話し出した。
ハリー・クリムトは鞭打ちの刑の後、王都から追放され、タークスと一緒に彼を引き取りに行っていた実兄達も、王都を出るなり、用は済んだとばかりに、ハリーをタークスに押し付けてクリムト家が身を寄せている親戚の家に帰って行った。
実の親兄弟や、他の親類縁者からも拒絶され、タークスの母方の実家に身を寄せていたアンネーメン一家が彼を受け入れた。
そして、その時に初めて知った。ハリーの命が長くない事を…。その原因の事も…。
タークスとその家族のアンネーメン一家は、クリムト家と親戚と言っても、父の前妻がハリーの父親の従妹だったというだけで、それ以上の繋がりは無かった。
前妻は父親と結婚して2年で亡くなっていたが、親戚付き合いだけは続いていた。
ハリーが起こした事件で罪には問われなかったが、王都に居辛くなり、後妻である母の実家に身を寄せていた。
今回、ハリーを引き取りに行くのも、クリムト家から頼まれてタークスが行く事になった。
今にして思えば、クリムト家とその一族は、ハリーの状態を分かっていて、端からアンネーメン家に押し付けるつもりだったのだろう。
タークスは王都を離れるまでは、王国騎士団の騎士をしていた。
そして、元王国騎士団団長アクシオン・フォラス侯爵令息(次男)のジョシュア・フォラスとは同期で、交流があった。
そして、ハリー・クリムトもフォラス侯爵令息(長男)のリチャード・フォラスと同期で親友だったという。
そのジョシュア・フォラスが、アンネーメン家がハリーを引き取ったと聞いて訪ねて来た。
そしてタークスは、彼の口から事件の恐ろしい真実を聞く事になったのだ。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
初めての相手が陛下で良かった
ウサギテイマーTK
恋愛
第二王子から婚約破棄された侯爵令嬢アリミアは、王子の新しい婚約者付の女官として出仕することを命令される。新しい婚約者はアリミアの義妹。それどころか、第二王子と義妹の初夜を見届けるお役をも仰せつかる。それはアリミアをはめる罠でもあった。媚薬を盛られたアリミアは、熱くなった体を持て余す。そんなアリミアを助けたのは、彼女の初恋の相手、現国王であった。アリミアは陛下に懇願する。自分を抱いて欲しいと。
※ダラダラエッチシーンが続きます。苦手な方は無理なさらずに。
【R18】私は婚約者のことが大嫌い
みっきー・るー
恋愛
侯爵令嬢エティカ=ロクスは、王太子オブリヴィオ=ハイデの婚約者である。
彼には意中の相手が別にいて、不貞を続ける傍ら、性欲を晴らすために婚約者であるエティカを抱き続ける。
次第に心が悲鳴を上げはじめ、エティカは執事アネシス=ベルに、私の汚れた身体を、手と口を使い清めてくれるよう頼む。
そんな日々を続けていたある日、オブリヴィオの不貞を目の当たりにしたエティカだったが、その後も彼はエティカを変わらず抱いた。
※R18回は※マーク付けます。
※二人の男と致している描写があります。
※ほんのり血の描写があります。
※思い付きで書いたので、設定がゆるいです。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる