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見聞録

魔力制限がある国 ⑦

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 ア=ラウジ国の首都からラウジ湖へは、かなり距離がある。首都から徒歩で向かうとなると、片道三時間は費やすらしい。
 その時間と労力をなくすべく、首都からラウジ湖へ瞬間移動できる「転移陣」のある場所に、リアトリスたちは向かっていた。
 転移陣は、藍色の幾何学模様の円陣が描かれている場所から、その全く同じ陣を描き繋いである場所に瞬間移動できるという、異世界ならではの魔法のような代物である。
 ア=ラウジ国の首都からラウジ湖を繋ぐ転移陣は、有料となっていた。使用すれば、「道具」の中に所持している金額から使用料が勝手に引かれる仕組みとなっている。
 料金は国民とそれ以外で、金額の差があった。国民の使用料の方が、かなり安い。ア=ラウジ国の数少ない観光地とあって、他国からの観光客にはそれなりに金を落としてもらう意図が見え透いている。
 リアトリスはその方針に特段反発はなかった。視点を少し変えれば、それでもそれなりの利用者がある、見所あるところで場所に違いないと、リアトリスは捉える。
 ちなみに、モンスターは無料だ。
 三匹のマイコニドが転移陣の中に入り姿を消した後、リアトリスもすぐにその後を追ったのだった。


 * * *


 ラウジ湖は、八ヘクタールほどの面積だ。上空から見ると、左側に首を傾げたエリンギの形をしている。
 湖周辺はどこを向いても、必ず緑色が視界に入る。そのような、山や自然に囲まれた観光地だ。
 ひっそりとした静謐な空気が流れており、見る人によっては心落ち着かせることだろう。観光地だが、その閑静さから生み出された清楚や優美さが、ラウジ湖の魅力の一つとなっているらしい。
 その湖面は、鏡の如く周囲の景色を映し出している。山や空まではっきり映すその様は、どこか幻想的だ。
 天候や四季折々で様相を変化させ、その変化も楽しめる点となろう。今は秋はじめとあり、葉の色の移ろいがその季節感を漂わせていた。
 哀愁と郷愁を刺激するかのような、そんなラウジ湖は、その良さが分かる雅人にはとても好かれる場所に違いない。
 逆にこの風流が分からない者には、きっとつまらなく面白ない場所とも言える。

「きれいだね」

 リアトリスはほうと息を吐きながら、感想を述べた。
 マイコニド三匹も、リアトリスに応じるように、小さく鳴く。
 どうやら一行は、ラウジ湖を気に入ったようである。

「折角来たんだし、ぐるりと周囲を散策しないとね」

 そうして一行は、ラウジ湖をくまなく観光することにした。

 絵を描く者、写真を撮る者、湖の周囲や湖の上に設置された遊歩道を散歩する者、ボートに乗る者など皆思い思いにラウジ湖を満喫している。
 湖からやや離れた場所には、子ども向けのアスレチックや遊具のある場所もあり、保護者に見守られて子どもたちが遊んでいた。ここはア=ラウジ国の首都と違い「魔力制限」はなく、アスレチックや遊具には魔法や魔力が大いに利用され、リアトリスにはその場所が公園というよりもどことなく遊園地感が否めない。

 湖面を覗くと、つうっと魚が泳ぐ光景が見られる。魚釣りをしていいらしく、ボートに乗って釣りを楽しむ者もいた。
 魚を狙うのは鳥も一緒だ。湖上や畔には水鳥、湖近くの木の上にはカワセミのようなカラフルな鳥もいる。

 そんな中、野生のモンスターもちらほら見受けられた。湖の上では、*ビッター(*ビーバーとラッコ両方に似たモンスター)や、*サラモンド(*サンショウウオのような大型モンスター)などが、ゆらゆらと浮かんでいる。その他にも、水辺を好むモンスターが視界に入った。
 野生と言えど、観光地や集落に居つくモンスターたちは、人懐っこく温厚な傾向がある。そもそも、こちらから下手なことをしなければ、野生のモンスターたちは滅多に攻撃をしてくることはないのが普通だ。この世界のモンスターは、昔から本来そういう性質を兼ね備えていた。

 リアトリスは、ラウジ湖で目に入るそういった光景を、ゆったりとした心持ちで思う存分堪能する。三匹も、リアトリスに付かず離れず、たまにくるくるとステップを踏んではしゃいでいた。


 * * *

 
 一行がひとしきり散策して満足したのは、十一時を過ぎた頃だった。
 ラウジ湖から少し歩いた南側に宿泊施設や飲食店、土産屋などが点在している。そのエリアの飲食店で、早めのお昼を取ることにした。

「カランもきのこ料理なら食べられるよね?」

 どの飲食店にどんな料理を提供しているのか、しげしげとリアトリスは確かめながら、カランに訊ねた。
 カランはちょっとおっかなびっくりといったていで、首を縦に振り肯定する。
 カランの挙動不審の意味が分かったリアトリスは、カランを安心させるべくほほ笑んだ。
 
「カランの昼食くらい奢るよ。遠慮しないで」

 リアトリスはそういうものの、カランは身を縮こまらせていいのかなと申し訳なさそうにする。それには、シメジとアンズが気にするなという感じに声をかけていた。それでカランも安心し、少し肩の荷も下りたようにリアトリスは見てとれる。

 見て回った中から、リアトリスたちはようやくお昼を食べる店を決めた。
 その店は、具材とソースを客が自由に選んで、店員がクレープに似た生地でソースをかけた具材をくるくると巻いてくれるものを売っている店だ。
 丸太作りのそんな店にいざ入って見ると、お昼前だからか、客はまばらだった。一行はすぐに注文が取れる。
 シメジとアンズとカランの注文は早かった。彼らはきのこなど好きな具材だけ選べばいいので、迷いはない。
 一方、リアトリスは迷ってしまい、う~んと頭を悩ませている。そんな様子に、グレーの髭を生やした中年の店員が、気さくに声をかけた。

「お客さん、他国の方だろ?」
「はい」

 ア=ラウジ国の服装をしていても、国民にはやはりリアトリスが他国の者だと分かるらしい。

「迷うなら、いっそたくさん買ってくれていいんだよ。残ったらお土産にすればいい」

 リアトリスたち以外に、他に待っている客もいなかったからだろう。店員は冗談めかした口調で、リアトリスに催促する。

「いいですね、それ」

 その手があったかと、リアトリスはぱっと顔を明るくした。
 一方、そんな反応を予想していなかった店員は、逆に驚く。

「え~と、じゃあ、私のお昼は、この三番人気のお勧めと・・・・・・」

 先ほどまでの優柔不断さはどこへやら、それからのリアトリスの行動は早かった。店員にまず自分のお昼用の注文を頼む。
 店員はそれを耳でしっかり聞きながら、忘れぬうちに頭に叩き込み、目の前でどんどん料理を完成させていった。

「あとは、お勧めの組み合わせのものを、どんどん作ってもらっていいですか?」

 リアトリスの発言に、対応していた店員だけでなく、近くにいた店員もぎょっとなる。
 特に、近くにいた中年の女性店員の目の奥が、ぎらりと光った。彼女はすぐさまリアトリスに確認する。

「お客様、個数や金額の制限はございませんか?」
「そう、ですね。えっと、他のお客さんやお店側に迷惑にならない程度で、お願いできればと・・・・・・」

 つまり、他のお客や店側に迷惑にならなければ、いくらでも買うということに相違ない。

「かしこまりました。ご注文ありがとうございます」

 姿勢正しく一礼した後の中年女性は、さっと他の店員全員に目配せする。店員たちは、店主の意向をすぐさま読み取った。

「お帰りになられる前に、商品をお渡しいたします。その際にお会計いたしますので、それまで店内でゆっくりお召し上がりください」
「分かりました」

 ぎらぎらと商魂魂に火がついた店主の胸の内など露知らず、リアトリスたちは湖が見える奥の席に移動して、昼食を取ることにした。

 シメジとアンズとカランは、ラウジ湖の周辺の山でとれたきのこをふんだんに使った品を、あ~んと口に運ぶ。三匹の口にも合ったらしく、頬をピンク色に染め、彼らはおいしそうにラップサンドを食べ続ける。
 それを見ながら、リアトリスも自分の注文した品を食べることにした。リアトリスが選んだ具材はきのこ・レタス・ニンジンのすりおろし、そしてラウジ湖で釣られた魚の切り身だ。それが、三番人気のお勧めだった。
 リアトリスは、はむっとラップサンドに齧り付く。
 具材を巻いている生地は、クレープよりは気持ち厚みがありふっくらしていることを、リアトリスは知った。また、見た目で予想した通り、小麦粉で生地は作られていることも、味的にリアトリスは理解する。
 火が通った魚の切り身はサバの味に近く、脂がのりほんのり塩気も感じる。それと、やや酸味の強いマヨネーズソースやしゃきっとした新鮮なレタス、甘み感じるニンジンのすりおろしと、小ぶりのぷりぷりしたきのこ、素朴な小麦粉で作られた生地が混然一体となり、おいしさがリアトリスの口の中に溢れてくる。

「いやぁ、今回の初挑戦の魚はおいしくて良かった」

 リアトリスは日本語でぼそり呟いた。

 リアトリスたちが幸せそうに昼食を取っている中、店員たちは活発に動き回り、どんどんとラップサンドを仕上げていく。具材を補充し、生地を焼き、ソースで味付けした具材を巻いていく。それぞれの担当を振り分け、効率よく手際よくラップサンドが生み出されていた。
 そんな中でも、見た目も味も妥協しないプロ意識が働いているらしく、仕上がりもいい。
 
『ねえ、どうしてたくさん注文したの?』

 食事を終えたアンズが、手記でリアトリスに問う。

「ん~、一番の理由は、おじいちゃんが仕事の合間に食べるのにもいいかなって思ってさ。それに実際いいお土産になるだろうしね」

 リアトリスの回答に、シメジとアンズはなるほどと、納得の鳴き声を出す。
 出来上がった注文の品は、「道具」の中に入れておけば、新鮮なまま保存できる。帰国して誰かにあげるお土産にすることは可能だ。

「あと、イオに食事作るのがめんどくさいときとかにも重宝すると思って」

 その本音は、ちょっぴりドスが効いていた。

 
 * * * 


 食事を終え、店員たちが見事なチームワークと執念で作り上げた大量のラップサンドたちを受け取り、リアトリスは会計を済ました。
 店を出て、リアトリスが大きく伸びをする中、シメジは何やら紙に文字を書いている。シメジは書き終わると、すぐさまリアトリスに見せた。

『幼少時のリースなら、こんな贅沢できなかったよね』
「本当にね」

 シメジの皮肉とも思われる指摘に、リアトリスは声を立てて笑ったのだった。
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