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見聞録

魔力制限がある国 ⑥

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 リアトリスたちが、ア=ラウジ国の首都を訪問した真夜中。
 滞在先の寝室、天蓋付きのアジアンテイストなふかふかベッドの上で、リアトリスはすやすやと眠っている。
 そんな寝室の窓の外から、何やら不穏な影があった。壁中央にくりぬかれた小さめの窓の桟に手をかけ、何かがそっと中を覗いている。

 その状況下で、室内側のその窓の前に、突如何かがピョンっとジャンプする。
 窓から覗く不審な何かの目の前に映し出されたのは、シメジとアンズだった。
 シメジとアンズは相対した側を威嚇し、大分怒った形相である。

 覗いていた側は、二匹の不意打ちの登場に、心底驚いた。
 二匹の全く気配を感じさせなかった行動と、明らかなる敵意に、覗いていた方も思わずびくっと飛び跳ねる。そのまま窓から後ろへ遠ざかり、一目散に逃げ出した。

 その様子を、シメジとアンズが窓からしかと見届ける。逃げ出した影は、シメジとアンズと同じようなシルエットをしていた。


 時を同じくして、隣の部屋では、イーグルとイザベルがベッドの上で目を覚ましていた。

「一体何かしらね? 危害を加える気はないみたいだったけど」
「さあな。独断の行動か、それとも命令か・・・・・・。おそらくは前者な気はするが」
「そうですわね。それにしても、シメジとアンズは優秀ね」
「そしてリースは呆れるほど危機感がなさすぎる。この先が思いやられるな」

 イーグルの嘆息に、イザベルはくすくすと笑い体を震わせる。

「仕方ありませんわ。リースは、たくさんの者たちに甘やかされて育ったんですもの」
「全くもってその通りだ。本人はその事実のほとんどを知らずにいるわけだが」
「本当にね。リースが自分にかかっている呪いと祝福を、自分で確認できないのが残念。仮に確認できたとしても、見れないような対策がされていたかもしれませんが」

 この世界では、魔法も呪いも祝福も、誰かの強い願いが現実に反映されたものと捉えられている。
 この世界において、呪いは誰かを不幸をするためだけでなく、ア=ラウジ国の首都の「魔力制限」のように、何かを規制・制限し、その何かに孕んだ危険を防ぐ意味合いもある。
 対して祝福は、「長生きして欲しい」・「末永く夫婦円満であって欲しい」などの、多種多様の幸せを願い、その効果が現実となる呪いまじないだ。

「ああ。それこそ本当に仕方ないとしか言いようがあるまい」
「ええ。リースにかかってる数多の呪いと祝福は、彼女を守りたい者たちの愛情だというのに」
「そうだがな。必ずしもそれで危険を回避できるわけではない。その予防線があれど、絶対に避けて通れない危険がきっと訪れる。おそらくは、我々が一切手出しできなくなる状況がな。それを、一番老師たちが理解している」

 イーグルの指し示す老師とは、リアトリスの実の祖父を意味する。

「リースが、その危険な状況を切り抜けられることを願うしかないわね」
「そうだな。だからこそ、本人にももう少し危機感を覚えて欲しいが・・・・・・」

 イーグルはふうと、小さく息を吐く。

「旦那様も甘いですものね」

 イザベルは、リアトリスに強めに厳しくできないイーグルを、優しく揶揄ったのだった。


 * * *


 翌日、真夜中に不穏な出来事があったことなど露知らず、朝食後リアトリスはいそいそと外出の準備をしていた。リアトリスの服装は、使用人女性の特別な計らいで、この国特有の長い丈の上衣と黒のロングパンツの格好をしている。
 本日、リアトリスはア=ラウジ国の観光地である、ラウジ湖に行く予定なのだ。当然お供にシメジとアンズがいる。
 一方、イーグル・イザベル夫妻は、ドゥロ一族の者の案内の元、首都のあちこちを見て回る予定となっていた。
 
「無謀はことはするなよ」
「はい」

 イーグルの指摘に、リアトリスは真意を汲み取っているのかいないのか、明るく返事をする。そんなやり取りを、イザベルは傍らでほほ笑ましく見守っていた。

「行ってらっしゃい。楽しんできてね」
「はい、行ってきます」

 夫妻や使用に二人に見送られ、リアトリスたちは颯爽と出発してしまった。
 後ろ姿が見えなくなると、イザベルはそっと目を伏せる。

「子どもが生まれたら、こういう経験もたくさんするのよね」
「ああ、きっとな」

 夫妻の間にまだ子どもはいない。
 今は髪を深紅色に変えているリアトリスは、イザベルの赤い髪と、イーグルの紫色の瞳を受け継いだ娘のように思われるが、血のつながりは一切ないのだ。本来の髪色が瞳の色と同じ薄葡萄色であるリアトリスは、イーグルのいとこであるイグナシオの妻にすぎない。
 夫妻それぞれの特徴を纏っているかのようなリアトリスを見るたび、イザベルはイーグルとの子どもが欲しい思いが募っていたようである。その思いを汲むイーグルもまた、同じ思いを抱く。

「お義母様は女の子が欲しがっていますけれど、私は男の子も欲しいわ」
「・・・・・・そうか」

 のほほんと未来を想像するイザベルに、イーグルは真顔で返事をする。既に母親たちが息子が生まれる準備を整えていることを、夫は妻に決して伝えることはなかった。


 * * *


 ドゥロ一族の敷地内を出入りする西側の正門を出たリアトリスたちは、少々困った事態となっていた。
 リアトリスたちが正門を出た直後、彼女たちを後ろから追いかけてきたらしい何かが、一行の前に飛び出してきたのである。
 それには、リアトリスは驚きのあまり飛び跳ねそうになった。シメジとアンズといえば、面白くなさそうな顔で、それがリアトリスに近づくのを拒んでいる。

「えっと、多分マイコニド、だよね?」

 驚きの波が引かない状態で、リアトリスは頬に手を当て独り言のように確認した。
 シメジとアンズは、一応律義に短く鳴き声を出す。

 一行の前に飛び出てきたのは、一匹のマイコニドであった。突然変異なのか全身が乳白色で、瞳だけはタマゴタケのような赤橙色をしている。子どもなのか個体差からか、シメジやアンズよりも二回りは小さいサイズだ。そして、何やら右手に封筒を握っている。
 そのマイコニドが恐る恐るといった具合にリアトリスに近づこうとすると、シメジとアンズが容赦なく威嚇する。
 二匹の牽制に恐怖したのだろう。そのマイコニドはびくびく怯えて立ち止まる。だが、後ずさることはない。直後何やら鳴き声をあげて、一生懸命涙目で訴えていた。訴えられても、当然シメジとアンズくらいしかこの場には意思疎通できるものはいない。
 ひとしきりそのマイコニドが訴え終えると、シメジとアンズは溜息をつき、夫婦で顔を見合わせごにょごにょと話し合う。二匹は再度ふうと溜息をついて、シメジの方がとことことそのマイコニドに近づいた。
 シメジが手を差し出すと、そのマイコニドは封筒を両手で持ち直し、意を決したようにシメジに渡す。シメジはそれを受け取り、踵を返してリアトリスとアンズの元へ戻った。そうして、その封筒をシメジは右手で持ち上げて、リアトリスに受け取るよう促す。
 ちょっとくしゃくしゃになったダイア貼りの封筒を受け取り、リアトリスは早速中に入っていた手紙に目を通した。

『突然のお手紙失礼いたします。私は、この封筒を持たせたマイコニドの飼い主でございます。昨日から、あなた様方のことを、どうにもうちのマイコニドが気になっておりまして。私は「魔力断ち」の外には出られない身。私のペットであるカランには、私同様狭い世界を強いてしまっております。ご迷惑は承知で、ご滞在中、カランと遊んではもらえないでしょうか? 何卒よろしくお願い申し上げます』

 読み終わり、リアトリスはなるほどと納得する。
 差出人は名こそ分からないが、ドゥロ一族の誰かということはすぐに見当がつく。また、相手方もリアトリスたちのことは多少知っていることも分かった。
 リアトリスはさして断る理由もない。滞在中世話になっている身としては、むしろ断る方が無礼となりえるだろう。
 シメジとアンズにも了承を得るべく、リアトリスはその手紙を二匹に渡し読んでもらった。

「ってことみたい。この子も一緒に連れて行っていいよね?」

 手紙を読み終えた二匹にリアトリスが問うも、二匹から色よい反応は返ってこない。むしろ、不満と不安を露にした面持ちで、二匹は彼女を見上げていた。
 リアトリスの様子に喜色を滲ませたカランであるが、二匹の態度にさっと顔色が曇る。

「シメジとアンズのそんな態度も珍しいね。何かあったの?」

 いつもならそういう態度を取らない社交的な二匹を、リアトリスが不思議そう且つ困った笑顔で見た。
 二匹はう~んと夫婦で顔を見合わせ、シメジが「道具」から紙とペンを取り出し、すらすらと文字を書く。

『こっちにはこっちの事情もあるんだよ』

 紙に書かれたシメジの文字を見て、リアトリスはふむと考え込む。

「なるほどねー。人間関係いろいろあるように、モンスターにもそりゃいろいろあるか。でもさ、一応確認だけど、シメジとアンズのことだから理由なくこの子を毛嫌いしてるとか、そういうわけじゃないんでしょ?」

 リアトリスの問いに、二匹はこくり頷く。

「相性もあるだろうし、無理にお互い仲良くしろとは言わない。だから、今日一緒にラウジ湖に行くのは良しとしてよ」

 リアトリスのそんな懇願に、二匹は渋々折れることにした。やおら首を縦に振る。
 その様子に、リアトリスは微かに笑みを浮かべた。

「よし、ということで、君もそれでいい? ちょっと居心地悪くても我慢できるなら、一緒に行こう」

 リアトリスが、カランと目を合わせて確認する。
 事の顛末を見守っていたカランは、二匹と違い自身を一番受け入れてくれているリアトリスに心を開いたのか、ほっとして少し照れくさそうな反応を返した。
 そんなカランを見て、二匹も考えを少々改めたのか、カランに近づき何やら話しかけている。
 三匹のマイコニドの様子に、ひとまずは大丈夫そうだと、リアトリスは安堵する。

「じゃあ、気を取り直して出発だね」

 そして一行は、ようやくラウジ湖に向けて歩みを進めたのだった。
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