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見聞録

キュウテオ国編 ~特別な猫の尻尾⑩~

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 途中、タイミングを見計らって、リアトリスは退出した方がいいのであればすぐにその場から去ると申し出た。元々二人で食事を予約していたようであるし、誤解も無事解けて、リアトリスとオスカーはお邪魔虫だろうと思ったのだ。
 しかし、コンラッドとミネットが先ほどのお詫びにご馳走すると、それを跳ね除けた。
 だから、リアトリスは本当にいいのだろうかと疑問を抱きながら、二人同様にオスカーと注文を取った次第である。

 リアトリスはハンバーグを、他はみなチキンを選択する。サラダとスープはセットで、パンは食べ放題らしい。
 サラダとスープは、すぐに提供される。
 夏野菜がふんだんに盛られたサラダは、シーザードレッシング寄りの風味でさっぱりとしていた。
 スープは温かいコーンスープか冷たい枝豆のポタージュで、リアトリスとオスカーは枝豆のポタージュを、対面の二人はコーンスープをいただくことにする。どちらも、牛乳のコクと使われた素材のぎゅっとした甘みが相まって、濃厚なスープであった。
 サラダとスープを食べ終える頃、注文した残りの品が運ばれてくる。
 木枠に鉄板が置かれ、熱々のその鉄板部分にメインの品が乗っていた。湯気がたち、ジュージューと未だに音をたてている。
 リアトリスのハンバーグには、薄くスライスされたアボカドと目玉焼きがトッピングされていた。それらの周囲に、フレンチフライや火が通った人参・ブロッコリーなどの野菜がある。
 オスカーたちのチキンは、匂いや見た目からタンドリーチキンのようだ。そちらの付け合わせも、リアトリスのハンバーグプレートと同じようであった。

「鶏肉も牛肉も、この国で飼育されているものなんですよ」
「そうなんですね。飼育されている場所は見かけませんが、首都や港町以外のどこかにあるのですか?」
「ええ。この国の北側に農村がいくつかありまして、そちらで育てられています」
「そうでしたか」

 コンラッドとリアトリスが食べる前にそんな会話をしつつ、メイン料理を各自食べて行く。
 タンドリーチキンは、この島国特有の地鶏が使われているそうだ。肉厚で赤みが強いそちらは、弾力があって歯ごたえもいい。それが店オリジナルのピリ辛のタンドリーソースによく合い、食欲も増進されていく。
 オスカーは操作魔法を駆使して食べやすい大きさにしたタンドリーチキンを口に運び、大変満足げに頬張っていた。

「地鶏自体も美味ですが、卵も栄養豊富なんです」
「それはいいですね。料理に重宝しそうです」
「ええ。素朴なお菓子のおいしさも引き立ちますのよ」

 すっかり機嫌が良くなったミネットも、リアトリスに語りかける。
 ミネットは甘党らしく、同じく甘党のリアトリスとしばし菓子の話で盛り上がった。
 会話を弾ませながら、リアトリスのハンバーグプレートも少しずつ消費されていく。
 デミグラスソースがかかった、肉汁溢れるハンバーグに目玉焼きのとろりとした黄身と、熟したアボカドの組み合わせは素晴らしい。舌の上では喜ばしいおいしさが踊り、その余韻に浸りながら付け合わせの野菜たちを食べれば、おいしさがプラスされていく。
 数種類の小さな丸パンも、焼き立てほわほわだ。そのまま食べてもいいし、バターやジャムを塗ってもおいしい。
 だから、リアトリスはハンバーグを完食する前にお腹が満ち足りてしまう。それを目敏く察したオスカーが、小さく鳴いて食べたいとねだった。
 リアトリスはマナー的な観点で目の前に座る二人に謝るも、二人は全く気に障った様子はない。
 それをさして気にせず、オスカーはあっという間にハンバーグを食べてしまった。まだ食べたりないのか、すぐにもきゅもきゅとパンを口にする。オスカーの食欲は実に旺盛であった。

「あんまり食べ過ぎると太るよ」

 リアトリスの忠告に、オスカーはつんと顔を逸らす。まるで太っても構わないと言わんばかりの態度だ。三人が残したパンを、まだ食べ続ける。

「・・・・・・ティリーやお義母様に怒られても擁護できないからね」

 リアトリスに実の母や本来住む邸の女主人のことをぼそり呟かれ、オスカーはほんの少しだけ固まった。そして口の中のパンをごくり飲み干し、下半身をほんの少しだけ前足でぷにぷにと確認したのであった。


 * * *


 レストランを出る頃には、雨は止んでいた。それでも、生憎の曇り空が未だに広がっている。
 彼らはレストラン前で別れることとなった。

「また明日お会いしましょう」
「はい」

 ミネットも明日の「継承試練の儀」に参加するらしく、そんな別れの挨拶を交わす。
 そうして、リアトリスとオスカーは再び図書館へと足を向け、残った二人はミネットの家へと向かった。

「雨がまた降って来そうだね」

 リアトリスはぐずりだしそうな空を仰ぐ。

「明日は晴れるといいけど」

 続けた言葉に、オスカーが同意の鳴き声を出す。そうしてリアトリスとオスカーは、足早に図書館へと向かった。

 図書館に着くと、リアトリスはまたもや調べ物を熱心にする。試験勉強並みに頭を酷使し、彼女は時々首を左右に傾けたり、回したりして気分転換した。
 その近く、オスカーは邪魔にならない所で寝そべり、丸くなってうとうとしている。

 十五時前に、リアトリスは自身が検討したことは間違いなかったことを知った。
 「継承試練の儀」に参加した者たちは、審査員に「特別な猫の尻尾」として、この島に生息する猫を捕まえてその猫の尻尾を見せることがほとんどであった。或いは、他国から連れて来た猫の尾を見せるか、猫科の獣人族の尻尾を提示している。
 極稀に、他国から持ち込んだ猫の尾の形をした品を見せる者もいたらしい。
 けれどそのどれも「特別な猫の尻尾」に当てはまらなかった。
 そして、リアトリスが「特別な猫の尻尾」として検討する植物は、過去に誰も提示しておらず、その線は消えていない。

 「継承試練の儀」はキュウテオ国で行われる。元々この島国に「特別な猫の尻尾」があると考えるのが妥当だ。リアトリスとてそう考える。
 だからこそ、リアトリスが想定する「特別な猫の尻尾」はあの植物でいいのではないかと、彼女は思いたい。
 しかし、リアトリスはあながち間違いではないが、正解でもない予感がした。何か大切なことを見落としている気がしてならない。
 だが、いくら考えてもリアトリスにはそれがなんだかはっきりしなかった。

 リアトリスがもやもやしてすっきりしない気分を抱えていれば、外がピカッと一瞬光った。その様は図書館の中にいても気づき、彼女は外を見渡せる窓をちらり見る。防音対策のため音は聞こえないが、外では轟音が轟いていることだろう。
 外を眺めていれば、水圧の強いシャワーが、けたたましく地面を打ちつけていた。いきなり激しい雨も降るものである。
 気まぐれな天候に、リアトリスはふっと笑みを浮かべる。変化する天気を見習うべく、彼女も気持ちを切り替えることにした。
 リアトリスはくよくよといつまでも考えることを諦め、「継承試練の儀」や「特別な猫の尻尾」に関する本や資料を全て返却。次に訪問する他国に関しての本や資料を集めていく。
 後はもう、明日を待つのみだ。


 * * *


 リアトリスが明日の「継承試練の儀」に関して調べるのを終える頃、ミネットの家の一室で、ミネットとコンラッドはお茶を嗜んでいた。

「急にひどい荒れ模様ね」
「そうだな」
 
 窓の外を眺めれば、外の雷雨の有様が見てとれる。

「彼女から何かヒントは得たの?」
「少しだけね」
「それが正解だと思って?」
「さあ? それはなんとも言えないよ」

 ミネットは顔を窓の方に向いたまま、コンラッドに問う。コンラッドもまた同様にして、返事をした。

「もし、正解だとしてあなたはそれを横取りしてもいいと思ってるの?」
「勿論」
「後悔しない?」
「しないね」
「そう・・・・・・。ならいいわ」

 ふうと小さく息を吐き、ミネットはぬるくなったお茶を口に含む。

「それよりも、私は未だ彼女が本当に国を横取りする気がないのか甚だ疑問だよ。いとこが祖国を継ぎ、自分はこの国を乗っ取ろうという魂胆ではないのか、実に怪しい」

 コンラッドは眉根をぎゅっと寄せて、不満を吐き出すかのように語った。
 そんな彼に、ミネットはふふときれいな声で笑ってしまう。

「あら、それは間違いないわよ。彼女はあなたと違ってこの国を狙ってなんかいないわ」
「やけに断言するな。何か根拠でも? 彼女が今日熱心に明日のことに関して調べていたのを見ただろ」
「それはそうよ。だって彼女、『特別な猫の尻尾』の謎だけは解きたいと、昨日あなたに言ったのでしょう? それが結局全てよ。私には分かる、だって私もそうだもの。国長になりたいとは思っていないけど、問われた疑問の答えを知りたいだけなの」
「・・・・・・なるほどな」

 大きく深呼吸して、コンラッドはがっくりと肩の力を抜いた。

「それにしても、初めから彼女の正体を明かしてくれれば、みっともない嫉妬などせずに済んだのに」

 後悔を滲ませながら、ミネットはコンラッドに非難の視線を送る。

「本当にそれで君は納得したかい?」
「納得したわ。フィジオースの血筋の伴侶なら、他の異性に脇見などしたところで無駄でしょうからね」
「それを言うなら、獣人族の俺が君以外を選ばないってことも理解できただろう」
「そんなことは嫌と言うほど理解してるわ。それでもね、自分の婚約者が自分以外の女性に言い寄られるのは、もっと嫌なのよ」

 少し怖い眼差しでミネットが言い終わると、ふんとそっぽを向いてしまう。そんな婚約者に、コンラッドは肩を震わせながら幸せそうに破顔一笑した。
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