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# 冬

最後の難関⑨

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「だから、ナオさん。ナオさんが、ユウキの側に居るべきだと思うの。ユウキのことを一番理解しているのは、ナオさんだから」

「私が……?」

 急激な緊張感で、全身に寒気が走る。
 そんな選択、今更できるわけがない。
 私には今、大切な恋人がいて、ユウキへの想いなんて胸の奥に閉じ込めたはずなのに。
 その想いを再び引っ張り出すなんて、どう考えても不可能だ。
 頭の中では、悲しそうな表情をしている、戸部君が思い浮かんでいた。

「ナオさん、ユウキのためにセラピスト目指しているんでしょ? 実際に資格を取ったら、ユウキに施してあげなきゃね」

 私がリフレクソロジストを志した本来の目的が、実現できるかもしれない。
 ユウキの足に、温もりを伝えること。
 だけど、そうすることで、戸部君を不安にさせてしまう可能性もある。
 戸部君を悲しませる選択だけは、取ってはいけない。

「岸井さん、ありがとうございます。まずは資格を取らないと始まらないので、まずは試験に集中します」

 そう告げると、岸井さんはコップに入っている最後の一口を飲み終え、おもむろに立ち上がり始めた。

「こちらこそありがとう。話を聞いてくれて。ナオさんの成功を願ってるわ」

 岸井さんは先に店を出ると、窓越しに手を振ってくれる。
 それに合わせて手を振り返すと、少し微笑んで住宅街の方に消えていった。
 店内にいる私は、まだカフェオレを飲み切ることができないでいる。
 資格試験が近いというのに、また気持ちが揺らぎ始めた。
 ユウキ、今一人で居るのかな……。

 複雑な感情が私の腰を重くさせて、体を動かせないでいた。
 脳内では、戸部君とユウキの姿が、同じ明るさを浴びて輝いている。
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