上 下
113 / 173
# 秋

ヒトの手③

しおりを挟む
「それでは、こないだの続きから始めます。テキストを開いてください」

 余裕を持って教室に帰ると、すぐに退屈な座学が始まった。
 実技は午前中で終わって、午後からは睡魔との闘いになる。
 嫌々ながらも、テキストを開いてやる気があるように見せかけた。

「早速ですが……早野さん」

「はい!」

 油断していた状態で呼ばれたため、背中がピンと伸びてしまう。
 自分から好んで前の席を選んだのに、今となっては煩わしく感じている。
 一番前の席は、先生からの指名を受けやすい。 
 気を引き締めないと、みんなの前で恥をかくことになるだろう。
 入学したての時の、意識の高さを思い出そう。

「早野さん、あなたはどういう時にリフレクソロジーを受けたいと思いますか?」

「えーと、疲れた時ですかね」

「そうですね。体が疲れた時に、特に施術を受けたいと感じるでしょう。他には?」

 一つ答えて、すっかり安心してしまった。
 まさかの連続回答制で、頭の中はプチパニックが起きている。
 質問自体は、至極簡単な内容だ。
 体が疲れた時以外で、リフレクソロジーを受けたくなる瞬間。
 きっと、それは……。

「心が、疲れた時ですかね」

 私からしたら、まさしく今がその状況だと思った。
 色々考えていたら、気持ちに余裕がなくなってくる。
 こんなときは、施術を受けながら眠りたい。
 素直な気持ちを口にしてみたら、先生が頷きながら私の目を見つめ直した。 
 
「はい、心理的に不安な時も、施術を受けてリラックスしたくなりますよね。リフレクソロジーは体だけではなく、心にも働きをかけます。早野さん、ありがとう」
しおりを挟む

処理中です...