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# 夏

二人きり⑥

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「すいません……」

「いや、怒ってないのよ。ただ、爪やすりが合っていないんじゃないかって。ちょっと削り過ぎじゃない? 痛いでしょ?」

「確かに、言われてみればそうですね」

 私の爪やすりは、どんどん削られていくタイプのやつを使っていて、毎回深爪になっているのは感じていた。
 そこまで気にしていなかったから、細かいところまで見ている、先生の視野の広さに驚愕する。
 プロのリフレクソロジストになるには、細部までしっかりこだわらないと。

「早野さんの爪はきっと柔らかいのね。もっと優しい爪やすりを用意すると良いわ」

「わかりました! 今日買いに行きます!」

「偉いわね。そのモチベーションの高さが早野さんの良いところだわ。リフレクソロジストに大事な要素だから、忘れないでね」

 初めて先生から、真剣に褒められた気がする。
 その言葉で、胸が熱くなった。
 たぶん卒業する時に思い返す学校生活のハイライトで、一番最初に思い出す言葉となっただろう。
 密かに心の中で感動していると、何も考えていない戸部君が、私の高揚感に水を差してきた。

「じゃあ俺もついていくよ!」

「は?」

 せっかくアドレナリンが上がってきたところなのに、戸部君の悪乗りで一気に冷めた。
 ついてくるって……どこについてくるつもりだろう。

「え、ダメ? 俺も爪やすり見に行きたいし。授業終わったら買いに行こうよ」

 戸部君の目を見ると、本気で言っているのが伝わる。
 私が勢いで言った、今日爪やすりを買いに行くという発言を、ちゃっかり間に受けてしまった。
 実際に今日買いに行くかは決めていなかったけど、こんな純粋な戸部君を見ていたら……。

「わかった。買いに行こうか」

 入来ちゃん、すまない。
 ただ爪やすりを買いに行くだけだから、許してほしい。
 でも、ここで断るほど心を鬼にはできなかった。


「オッケー! じゃあ決まりね!」
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