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「リリアナは可哀相な子なんだ」
婚約者であるラムリー伯爵パトリックの話が徐々に妙な方向へと変わっていくにつれ、私の心は酷く冷めていった。
忙しいのはお互い様で久しぶりにこうして会えたというのに、パトリックの口から出てくるのは可哀相なリリアナのことばかり。
「あまりに可愛すぎるせいで気の強い妹ビビアンに嫉妬され、自分が婚約するはずだった宮廷騎士のメイウェザー伯爵令息を奪われてしまった」
「あの……」
母が宮廷に仕えている為、私もその話は知っている。
しかし私が聞いた話では、可憐ながら男勝りのヒューソン伯爵令嬢ビビアンが女騎士を目指し宮廷に押し掛けた際、宮廷騎士師団長ダルネル卿が門前払いにしようと手合わせに付き合ったのがきっかけで二人が恋に落ちたとのことだった。
気性の激しい者同士の愛の始まりがあまりに劇的で見物人も多かった為、早速、宮廷お抱えの劇団がダルネル卿とビビアンをモデルに戯曲を製作中と……
それに横槍を入れたのはダルネル卿に一目惚れしたリリアナという噂だ。
「ダルネル卿を奪われ泣き暮らすリリアナに、両親はなんて言ったと思う?」
「え……」
奪われていないはずだけれども……
何しろダルネル卿とリリアナにはビビアンという接点があるだけで、両親が関与させないよう努めたと聞いている。
「〝お前に結婚は無理だ。お前はヒューソン伯爵家の恥だ〟……ああっ、なんて惨い!信じられない!」
ヒューソン伯爵夫妻が手のかかる長女リリアナに翻弄されているというのはたまに聞くけれど、これは確かに強い言葉で責め立てすぎではないかとは思う。
併しそれが真実ならという前提を忘れてはいけない。
私が親でもリリアナを止めた。
妹からの横恋慕で家名に泥を塗るという愚行は誰しもが控えたいはずだ。特に今回の相手は宮廷騎士であり、師団長まで担う英雄候補である。
リリアナの一方的な片思いが実らなかっただけの話のはず。
「あなたは騙されているのではなくて?」
冷静に問いかけた私にパトリックは驚愕の表情で仰け反ると、テーブルを激しく叩いた。
芳しい湯気を上げる美しい薔薇色のお茶がカップから零れ、純白のテーブルクロスをじっとりと汚す。
「君、なんて無慈悲なんだ……はぁ!?」
は!?
とは私が言いたいくらいなのだが、この瞬間に私はパトリックによって悪者認定されてしまったらしい。
「パトリック、よく聞いて欲しいのだけれど……」
私は母からの伝聞ではあると前置きした上でダルネル卿とビビアンの婚約話を説明した。
パトリックはやけに冷静な表情で私の目を見つめた。
「シンシア、君という人間がよくわかった」
「……」
嫌な予感がする。
「リリアナの言った通りだ。寄ってたかってリリアナを悪者に仕立て上げ、更には高みの見物で見下している」
私は開いた口が塞がらず、人の変わってしまったような婚約者を凝視している。誰のことも見下してはいない。
「リリアナには助けが必要だ。気づかせてくれてありがとうシンシア。リリアナこそ私の運命の相手のようだ。私は君との婚約を今日この場を以て白紙とし、リリアナと結婚して彼女を幸せにする」
私は初めて人を見下す気持ちを理解した。
婚約者であるパトリックが浅慮で愚かということも、愛していたはずの人に幻滅し呆れてしまった己の脆弱さも、どちらも酷く悲しかった。
婚約者であるラムリー伯爵パトリックの話が徐々に妙な方向へと変わっていくにつれ、私の心は酷く冷めていった。
忙しいのはお互い様で久しぶりにこうして会えたというのに、パトリックの口から出てくるのは可哀相なリリアナのことばかり。
「あまりに可愛すぎるせいで気の強い妹ビビアンに嫉妬され、自分が婚約するはずだった宮廷騎士のメイウェザー伯爵令息を奪われてしまった」
「あの……」
母が宮廷に仕えている為、私もその話は知っている。
しかし私が聞いた話では、可憐ながら男勝りのヒューソン伯爵令嬢ビビアンが女騎士を目指し宮廷に押し掛けた際、宮廷騎士師団長ダルネル卿が門前払いにしようと手合わせに付き合ったのがきっかけで二人が恋に落ちたとのことだった。
気性の激しい者同士の愛の始まりがあまりに劇的で見物人も多かった為、早速、宮廷お抱えの劇団がダルネル卿とビビアンをモデルに戯曲を製作中と……
それに横槍を入れたのはダルネル卿に一目惚れしたリリアナという噂だ。
「ダルネル卿を奪われ泣き暮らすリリアナに、両親はなんて言ったと思う?」
「え……」
奪われていないはずだけれども……
何しろダルネル卿とリリアナにはビビアンという接点があるだけで、両親が関与させないよう努めたと聞いている。
「〝お前に結婚は無理だ。お前はヒューソン伯爵家の恥だ〟……ああっ、なんて惨い!信じられない!」
ヒューソン伯爵夫妻が手のかかる長女リリアナに翻弄されているというのはたまに聞くけれど、これは確かに強い言葉で責め立てすぎではないかとは思う。
併しそれが真実ならという前提を忘れてはいけない。
私が親でもリリアナを止めた。
妹からの横恋慕で家名に泥を塗るという愚行は誰しもが控えたいはずだ。特に今回の相手は宮廷騎士であり、師団長まで担う英雄候補である。
リリアナの一方的な片思いが実らなかっただけの話のはず。
「あなたは騙されているのではなくて?」
冷静に問いかけた私にパトリックは驚愕の表情で仰け反ると、テーブルを激しく叩いた。
芳しい湯気を上げる美しい薔薇色のお茶がカップから零れ、純白のテーブルクロスをじっとりと汚す。
「君、なんて無慈悲なんだ……はぁ!?」
は!?
とは私が言いたいくらいなのだが、この瞬間に私はパトリックによって悪者認定されてしまったらしい。
「パトリック、よく聞いて欲しいのだけれど……」
私は母からの伝聞ではあると前置きした上でダルネル卿とビビアンの婚約話を説明した。
パトリックはやけに冷静な表情で私の目を見つめた。
「シンシア、君という人間がよくわかった」
「……」
嫌な予感がする。
「リリアナの言った通りだ。寄ってたかってリリアナを悪者に仕立て上げ、更には高みの見物で見下している」
私は開いた口が塞がらず、人の変わってしまったような婚約者を凝視している。誰のことも見下してはいない。
「リリアナには助けが必要だ。気づかせてくれてありがとうシンシア。リリアナこそ私の運命の相手のようだ。私は君との婚約を今日この場を以て白紙とし、リリアナと結婚して彼女を幸せにする」
私は初めて人を見下す気持ちを理解した。
婚約者であるパトリックが浅慮で愚かということも、愛していたはずの人に幻滅し呆れてしまった己の脆弱さも、どちらも酷く悲しかった。
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