君に呪われて生きる

有箱

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 いつもなら、夕飯を共にすれば元の距離に戻る――のだが今日は違った。なぜかルリは未だ不機嫌で、入室を頑なに拒否する。
 その件を母親に嘆いたら、スキンシップが濃すぎたんじゃない? と言われた。

 納得は行くが腑に落ちない。それに、ルリへのスキンシップは私自身の栄養補給でもあるのだ。だから、今さらやめられそうにない。
 ルリのことだ。きっと、すぐに許してくれるだろう。
 
 翌日、目を覚ますと、玄関から声が聞こえた。ルリと母親の声だ。反射的に飛び起き、階段を下りる。
 玄関では、身支度を澄ませた二人が靴を履いていた。

「出掛けるなら起こしてくれればいいのにー! 今から準備……」
「今日はお母さんと行くから」

 容赦ない遮断に声を失う。見ていた母親が、無言でごめんの仕草を取った。苦笑いで。
 母親がルリの味方に回るとは思わず唖然としてしまう。いや、そう思わせて裏で仲介してくれるとか――。
 時も二人も私を待たず、扉は無情に閉じられた。
 
 二時間ほど蟠りと戦ったが、悩むのも面倒だと思案をやめた。やはり、私に出来ることは一つしかない。
 帰ってきたら、改めて大好きだと伝えよう。今日はハグを我慢して。

 素直な言葉を前に意地を張れるほど、ルリは頑固ではないはずだ。それに愛さえあれば何とかなる――根拠はないが、本当にどうとでもなる気がした。



 二人が帰宅した。ルリが荷物を持ち階段を登ってくる。静かに部屋を出て、出現を待ち構えた。そうして、突然飛び出して驚かせてみる。

「ルリおかえり! どこに行ってたの? 寂しかったよ!」

 ルリは私を前にし、黙り込んだ。何とも言いがたい表情を変えるべく、次なる計画を実行する。

「ルリ、改めて言うけど私はルリが好きだよ。だから抱きつきたくなるし、一緒にいたいし、ずっと離れたくないの」

 想像の中で、ルリに抱き締められる。そんな期待を胸に反応を待った。

 だが、数秒して私に向けられたのは怒りだった。感情の細部までは読めない。しかし、察しろよと言わんばかりの鋭い瞳が私を真っ直ぐ突き刺していた。

「もう嫌。うんざり」

 尖った呟きに肩が跳ねる。それから、続けて聞こえた台詞に耳を疑った。

「……呪うから」
「えっ」
「私に近づいたら呪うから」

 あまりに非日常な単語に、思考がフリーズする。そこまで嫌われて――いや憎まれていただなんて衝撃的すぎる。愛していたのは私だけだなんて、受け入れがたかった。

「な、なんで……?」
「未来で……いや、やっぱり言わない。とにかくもうミクとは一緒にいたくない。だから近づかないで」

 不可解なワードだけを残し、ルリは去った。計画の頓挫も相まって、ただ立ち尽くす他なかった。



 どうやら私は、ルリに何かしてしまったらしい。いや、この場合してしまう、か。

 夢の中で相当酷い出来事があったのだろう。様子がそれを物語っている。
 しかし、自分の仕出かしそうなことが何一つ思い当たらなかった。呪われるほどのことで、更には悲劇になりうる事柄なんて――。



 あの日から五日、入室拒絶は当然、外出も母親とするようになってしまった。ちなみに、母親も夢の内容は知らないとのことだ。

 こうなれば、原因を突き止めて回避するしかない。私自身に関わることならば、きっと手立てはあるはずだ。
 そう初日に結論付き、目を付けたのはルリのスマホだった。寧ろ解決の糸口は、そこにしかないとすら思える。

 とは言え、簡単に中を見られるほどセキュリティは甘くない。ひっそりとパスコードは突き止めたが、スマホ自体がルリから離れることはなかった。



 玄関扉の閉まる音で目を覚ます。また二人で出掛けたのだろう。
 姿だけでも見ようとカーテンを開くと、いたのはルリ一人だった。近くに母親の気配はない。一人ぼっちのルリは、俯き力なく歩いていた。
 苦い過去が過る。ルリが死んでしまったら私は――。
 
 上着も羽織らず玄関を駆け下りる。見失う前に追い付こうと必死に走った。
 妙な気配が胸中を巡って静まらない。まるで何かが起きてしまうような、そんな気配が。

「ルリ待って! 行かないで!」

 歩行者信号でルリが止まり、やっと追い付いた。ルリは驚き、丸い目をして翻る。表情には焦りが乗り、今にも逃げ出しそうだった。実際、信号がルリの味方をし、ルリは走り出す。

「来ないで!」

 激しい拒絶は、寧ろ足を早めた。道路に飛び込みその手を取る。

「ちょっと、なんで来るの!」
「何が起こるか教えてよ! 私、絶対変えてみせるから!」
「そんなの……」

 状況に不釣り合いな、強い悲しみが讃えられる。疑問に捕らわれていると、少し遠くから異様な気配を感じた。胸のざわめきが蘇る。
 私たちの元、飛び込んできたのは大型のトラックだった。
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