造花の開く頃に

有箱

文字の大きさ
109 / 122

1月8日【2】

しおりを挟む
 違和感の無い話題が見つからない。楽しい話をしようにも、逆に気を逸らしていると思われてしまうかもしれない。とは言え、今真剣な話をしたら暗い顔を見せてしまいそうだ。

「…………月裏さん、俺は大丈夫だから聞いて」

 態々された前置きに、月裏は反射的に身構えた。体の反応を打ち消そうと、声だけは明るく振舞う。

「……う、うん、何?」
「やっと全部思い出したんだ、記憶」
「……えっ……?」

 思わず目を見張った月裏の顔を一瞥して、譲葉は直ぐに真前を向いた。

「…………大丈夫……きっと大丈夫だから話させて……」

 己に言い聞かせるような口調が酷く健気だ。故意に自分を追い詰めているようで不安にもなる。

「…………ちゃんと話さなきゃ終われない気がするから……」

 コンロの弱火を直視したまま、再度視線を横へ遣ろうとはしない。決意を固めているのか、段々と表情が曇ってゆくのが分かる。

「………………俺……昔……学校の……」

 後半にかけて震えてゆく声は、隠し切れない恐怖を物語る。箸を持つ手も震え、心なしか呼吸も早まっているように見えて、迅速な対応が必要だと思われた。
 恐怖し心を削ってまで話そうとしている相手に、こんな自分が出来る事は?
 自分だったら、どうしてもらえたら落ち着く?

 安直に見出した答えが正解か不正解か見極める行為を短縮し、月裏は譲葉と更に距離を詰めた。向かいの肩に、指をかける形で背を抱いた。
 想定外の行動だったのか、譲葉は戸惑い気味に月裏を仰ぎ見る。
 視線を合わせてから、ひたすら安堵を与えたい一心で柔らかい微笑みを湛えた。

「……大丈夫だよ譲葉くん、大丈夫……怖くない、きっと大丈夫……」

 触れた部分から温もりが伝わるように、温もりから愛情が伝わるように。寄り添いたい気持ちが伝わるように。

「……月裏さん、俺……」

 譲葉は右手の箸を置き、両手を月裏の腰に回した。空間の問題でやや斜めになりながらも、首を傾げ目元を胸元に委ねてくる。
 近距離になった為、月裏からは表情が伺えなかった。しかし、密着した部分から伝わる振動だけで、気持ちは十二分に伝わる。

「……大丈夫だよ、きっと大丈夫……」

 月裏はもう一方の手で、頭を包み込んだ。頬も頭上に軽く付け、全身で寄り添う。熱を感知したコンロが、自動で火を消した。
 譲葉は少し黙ってから、静かに静かに囁く。

「…………俺……、学校の3階から……突き落とされた事があるんだ…………」

 衝撃の内容に返す言葉が見つけられず、代わりに指先に力を込めた。譲葉の指先にも、痛いくらいに強い力が込められている。

「……ま、窓に、強く突き飛ばされ……て……」

 嗚咽に似た息遣いを混じらせながら、一生懸命告白を続けてゆく。
 譲葉から消えていた記憶の正体や、背中の酷い傷の正体でもあり、足に後遺症を残した行為でもある、とても凄惨な過去。
 声になっていない言葉の先をイメージし、直面した出来事を想像して痛々しさに顔を顰めた。

「…………それ、で…………その、ま……ま……落ち…………」
「もう良いよ……」

 最後まで言い切ろうと努める譲葉を、止めずにはいられなかった。感情移入してしまい苦しくなってしまったのだ。

「…………頑張ったよ、もう良い……。……辛かったね……痛かったね……怖かったね…………」

 本音が次々と落ちてゆく。
 両親を事故で失い、学校でも苛めに遭い、怪我まで負わされた上で、それでも生きてきた。自分の置いていた環境よりも、悲惨な人生を生き抜いてきた。

「…………大丈夫、大丈夫だよ……もう大丈夫だからね……」

 譲葉の指先から力が抜けた。と思ったら、再度込められる。ぎゅっと、縋るように。

「………………記憶、無い間も……時々……断片的に思い出したり……して……ずっと怖かった…………自分に……何があったか、分からなくて……思い出そうと、しても……頭が痛くなって……怖かった……ずっと怖かった……」
「……もうそんな事する人はいないから……だから大丈夫だからね……大丈夫だから……」

 他の単語を見つけられず、大丈夫の音を何度も何度も重ねた。生活音の消えた部屋は、たった一つの言葉だけで満たされる。

「…………ありがとう月裏さん……」

 安らいだ声は、痛がっていた月裏の心も温かくした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...