造花の開く頃に

有箱

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1月8日【2】

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 違和感の無い話題が見つからない。楽しい話をしようにも、逆に気を逸らしていると思われてしまうかもしれない。とは言え、今真剣な話をしたら暗い顔を見せてしまいそうだ。

「…………月裏さん、俺は大丈夫だから聞いて」

 態々された前置きに、月裏は反射的に身構えた。体の反応を打ち消そうと、声だけは明るく振舞う。

「……う、うん、何?」
「やっと全部思い出したんだ、記憶」
「……えっ……?」

 思わず目を見張った月裏の顔を一瞥して、譲葉は直ぐに真前を向いた。

「…………大丈夫……きっと大丈夫だから話させて……」

 己に言い聞かせるような口調が酷く健気だ。故意に自分を追い詰めているようで不安にもなる。

「…………ちゃんと話さなきゃ終われない気がするから……」

 コンロの弱火を直視したまま、再度視線を横へ遣ろうとはしない。決意を固めているのか、段々と表情が曇ってゆくのが分かる。

「………………俺……昔……学校の……」

 後半にかけて震えてゆく声は、隠し切れない恐怖を物語る。箸を持つ手も震え、心なしか呼吸も早まっているように見えて、迅速な対応が必要だと思われた。
 恐怖し心を削ってまで話そうとしている相手に、こんな自分が出来る事は?
 自分だったら、どうしてもらえたら落ち着く?

 安直に見出した答えが正解か不正解か見極める行為を短縮し、月裏は譲葉と更に距離を詰めた。向かいの肩に、指をかける形で背を抱いた。
 想定外の行動だったのか、譲葉は戸惑い気味に月裏を仰ぎ見る。
 視線を合わせてから、ひたすら安堵を与えたい一心で柔らかい微笑みを湛えた。

「……大丈夫だよ譲葉くん、大丈夫……怖くない、きっと大丈夫……」

 触れた部分から温もりが伝わるように、温もりから愛情が伝わるように。寄り添いたい気持ちが伝わるように。

「……月裏さん、俺……」

 譲葉は右手の箸を置き、両手を月裏の腰に回した。空間の問題でやや斜めになりながらも、首を傾げ目元を胸元に委ねてくる。
 近距離になった為、月裏からは表情が伺えなかった。しかし、密着した部分から伝わる振動だけで、気持ちは十二分に伝わる。

「……大丈夫だよ、きっと大丈夫……」

 月裏はもう一方の手で、頭を包み込んだ。頬も頭上に軽く付け、全身で寄り添う。熱を感知したコンロが、自動で火を消した。
 譲葉は少し黙ってから、静かに静かに囁く。

「…………俺……、学校の3階から……突き落とされた事があるんだ…………」

 衝撃の内容に返す言葉が見つけられず、代わりに指先に力を込めた。譲葉の指先にも、痛いくらいに強い力が込められている。

「……ま、窓に、強く突き飛ばされ……て……」

 嗚咽に似た息遣いを混じらせながら、一生懸命告白を続けてゆく。
 譲葉から消えていた記憶の正体や、背中の酷い傷の正体でもあり、足に後遺症を残した行為でもある、とても凄惨な過去。
 声になっていない言葉の先をイメージし、直面した出来事を想像して痛々しさに顔を顰めた。

「…………それ、で…………その、ま……ま……落ち…………」
「もう良いよ……」

 最後まで言い切ろうと努める譲葉を、止めずにはいられなかった。感情移入してしまい苦しくなってしまったのだ。

「…………頑張ったよ、もう良い……。……辛かったね……痛かったね……怖かったね…………」

 本音が次々と落ちてゆく。
 両親を事故で失い、学校でも苛めに遭い、怪我まで負わされた上で、それでも生きてきた。自分の置いていた環境よりも、悲惨な人生を生き抜いてきた。

「…………大丈夫、大丈夫だよ……もう大丈夫だからね……」

 譲葉の指先から力が抜けた。と思ったら、再度込められる。ぎゅっと、縋るように。

「………………記憶、無い間も……時々……断片的に思い出したり……して……ずっと怖かった…………自分に……何があったか、分からなくて……思い出そうと、しても……頭が痛くなって……怖かった……ずっと怖かった……」
「……もうそんな事する人はいないから……だから大丈夫だからね……大丈夫だから……」

 他の単語を見つけられず、大丈夫の音を何度も何度も重ねた。生活音の消えた部屋は、たった一つの言葉だけで満たされる。

「…………ありがとう月裏さん……」

 安らいだ声は、痛がっていた月裏の心も温かくした。
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