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1月8日【1】
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[1月8日、日曜日]
洗濯機の稼動の音で、月裏は目を覚ました。深夜まで話し込んだ上で思案に暮れており、睡眠についた時間に比例して起床も遅れたようだ。
あたりはまだ暗いが、時刻は予定を過ぎていた。風呂場で水の落ちる音が聞こえる。
一日の行動を軽く脳内で計画し、月裏は背筋を伸ばしてからリビングへと向かった。
今日こそ譲葉の意見を聞こう。迷っている理由を聞こう。
その上で、結論を見出そう。
料理本を眺めていると、髪を濡らした譲葉が顔を出した。居ると思わなかったのか若干驚いた様子だ。
「あ、おはよう譲葉くん」
「……おはよう、風呂先に入らせてもらった。洗濯終わるまでにもう少しかかりそうだから買い物待っててくれ」
座り込んだ譲葉を前に早速話題に触れようかとも思ったが、気まずくなった場合を考え躊躇う。
買い物中にまで持ち越す事になったら、さすがに苦しい。
「……うーん、じゃあ僕も先入ってこようかな」
迷った挙句、月裏は対面から逃げていた。
「干したらここで待っている、だからゆっくり浸かってくれ」
「…………うん、ありがとう」
自分とは対照的な態度を目にし、情けなさを感じた。
使用形跡を残しながら綺麗に片付けられた脱衣所と風呂場は、譲葉の几帳面な性格を滲ませている。
行き届いた丁寧さがあれば、好感度については問題ないだろう。
なんてまた、譲葉が行ってしまう前提で物を考えてしまっている。
認めたくないが、認めざるを得ない。
多分自分は、譲葉にちゃんとした家族を作ってほしいのだ。夢に見るような、柔らかで温かな空間を味わってほしいのだ。
みっともない姿しか見せられない自分より、心から大事にしてくれて、いざと言う時は助けてくれる人の方が良いに決まっている。
こんな事で悩むなどと、誰が思っていただろう。
脱衣所にてシャツを羽織った時、別部屋から音がした。隔てていてもはっきり聞こえた物音に、恐怖が煽られる。
傷を気にし、慌ててシャツのボタンを留めると、一目散に譲葉の居るであろう部屋へと突入した。
服の部屋にて揺れるカーテン、人一人入れる程度に空いた窓。物音の正体を確認すべく、窓近くに駆け寄る。
窓に手をかけた時点で、音の正体を察した。
「……譲葉、くん……!」
冷たいコンクリートのベランダに、譲葉は横たわっていた。呼吸を乱し、胸を強く抑えている。
月裏は咄嗟に譲葉を抱き起こし、その場に座らせた。過呼吸に陥っているのか、苦しげに体を蹲らせている。
なんと声をかければ苦しみを緩和できるのか。探したが、該当する単語は出てこなかった。
「……く、薬、持ってくるね……!」
久々に目の当たりにした症状に戸惑いつつ、判断に基づき寝室へ駆け込んだ。
数分後、二人は寝室にいた。体力を擦り減らし眠る譲葉を見守りながらも、数分前に意識が巻き戻る。
苦しむ譲葉の顔と様子が鮮明に浮かび上がり、共感が胸を締め付けた。
じわりと瞳に涙が滲む。哀れみや安堵が混ざった、灰色の蟠りが心いっぱいに広がっている。
「……譲葉くん……なんて言ったらいいか分からなくてごめんね……僕がもっと大人だったら良かったのに……そうしたらもっとちゃんと譲葉くんを助けてあげられたかもしれないのに……」
すっかり落ち着きを取り戻し、穏やかに眠る譲葉を前に、歯止めの効かない謝罪が漏れ出した。
洗浄したペットボトルに新たな水を入れ、薬袋と共に譲葉の枕元に置く。共に書き置きも残した。
何度も振り返りながら部屋を出て、鞄を手に玄関を跨ぐ。
そうして不安感を抱いたまま、スーパーへと歩を重ねた。
消えたと思っていた観念が浮き上がり、月裏の気持ちを縛り付ける。
死にたい。いや、消えてしまいたい。現実から逃げてしまいたい。惨めな自分を壊してしまいたい。
憂鬱感を宥める為の決まり文句を幾つも重ね、最後に行き着いた場所に人影を見つけた。その人影が、月裏に向かって微笑みかけた。
あの日見た、美しい花のような笑顔が蘇る。
譲葉が自分に告げた、言葉の数々を思い出した。それらの言葉が、自分に齎した効果を振り返る。
――――譲葉にとって、最善の道はきっと。
帰宅して料理をしていると、控え目な音と共に譲葉が入室してきた。なんだか気まずそうだ。
「起きたんだね、調子はどう?」
「…………大丈夫だ、すまない……」
「ううん、大丈夫だよ。ご飯もう少しだから待ってて」
不自然なくらいの笑顔を作り、譲葉を包み込む。譲葉はほんの少しだけ間を置いて、
「………………俺も作る」
と、月裏の横に並んだ。
洗濯機の稼動の音で、月裏は目を覚ました。深夜まで話し込んだ上で思案に暮れており、睡眠についた時間に比例して起床も遅れたようだ。
あたりはまだ暗いが、時刻は予定を過ぎていた。風呂場で水の落ちる音が聞こえる。
一日の行動を軽く脳内で計画し、月裏は背筋を伸ばしてからリビングへと向かった。
今日こそ譲葉の意見を聞こう。迷っている理由を聞こう。
その上で、結論を見出そう。
料理本を眺めていると、髪を濡らした譲葉が顔を出した。居ると思わなかったのか若干驚いた様子だ。
「あ、おはよう譲葉くん」
「……おはよう、風呂先に入らせてもらった。洗濯終わるまでにもう少しかかりそうだから買い物待っててくれ」
座り込んだ譲葉を前に早速話題に触れようかとも思ったが、気まずくなった場合を考え躊躇う。
買い物中にまで持ち越す事になったら、さすがに苦しい。
「……うーん、じゃあ僕も先入ってこようかな」
迷った挙句、月裏は対面から逃げていた。
「干したらここで待っている、だからゆっくり浸かってくれ」
「…………うん、ありがとう」
自分とは対照的な態度を目にし、情けなさを感じた。
使用形跡を残しながら綺麗に片付けられた脱衣所と風呂場は、譲葉の几帳面な性格を滲ませている。
行き届いた丁寧さがあれば、好感度については問題ないだろう。
なんてまた、譲葉が行ってしまう前提で物を考えてしまっている。
認めたくないが、認めざるを得ない。
多分自分は、譲葉にちゃんとした家族を作ってほしいのだ。夢に見るような、柔らかで温かな空間を味わってほしいのだ。
みっともない姿しか見せられない自分より、心から大事にしてくれて、いざと言う時は助けてくれる人の方が良いに決まっている。
こんな事で悩むなどと、誰が思っていただろう。
脱衣所にてシャツを羽織った時、別部屋から音がした。隔てていてもはっきり聞こえた物音に、恐怖が煽られる。
傷を気にし、慌ててシャツのボタンを留めると、一目散に譲葉の居るであろう部屋へと突入した。
服の部屋にて揺れるカーテン、人一人入れる程度に空いた窓。物音の正体を確認すべく、窓近くに駆け寄る。
窓に手をかけた時点で、音の正体を察した。
「……譲葉、くん……!」
冷たいコンクリートのベランダに、譲葉は横たわっていた。呼吸を乱し、胸を強く抑えている。
月裏は咄嗟に譲葉を抱き起こし、その場に座らせた。過呼吸に陥っているのか、苦しげに体を蹲らせている。
なんと声をかければ苦しみを緩和できるのか。探したが、該当する単語は出てこなかった。
「……く、薬、持ってくるね……!」
久々に目の当たりにした症状に戸惑いつつ、判断に基づき寝室へ駆け込んだ。
数分後、二人は寝室にいた。体力を擦り減らし眠る譲葉を見守りながらも、数分前に意識が巻き戻る。
苦しむ譲葉の顔と様子が鮮明に浮かび上がり、共感が胸を締め付けた。
じわりと瞳に涙が滲む。哀れみや安堵が混ざった、灰色の蟠りが心いっぱいに広がっている。
「……譲葉くん……なんて言ったらいいか分からなくてごめんね……僕がもっと大人だったら良かったのに……そうしたらもっとちゃんと譲葉くんを助けてあげられたかもしれないのに……」
すっかり落ち着きを取り戻し、穏やかに眠る譲葉を前に、歯止めの効かない謝罪が漏れ出した。
洗浄したペットボトルに新たな水を入れ、薬袋と共に譲葉の枕元に置く。共に書き置きも残した。
何度も振り返りながら部屋を出て、鞄を手に玄関を跨ぐ。
そうして不安感を抱いたまま、スーパーへと歩を重ねた。
消えたと思っていた観念が浮き上がり、月裏の気持ちを縛り付ける。
死にたい。いや、消えてしまいたい。現実から逃げてしまいたい。惨めな自分を壊してしまいたい。
憂鬱感を宥める為の決まり文句を幾つも重ね、最後に行き着いた場所に人影を見つけた。その人影が、月裏に向かって微笑みかけた。
あの日見た、美しい花のような笑顔が蘇る。
譲葉が自分に告げた、言葉の数々を思い出した。それらの言葉が、自分に齎した効果を振り返る。
――――譲葉にとって、最善の道はきっと。
帰宅して料理をしていると、控え目な音と共に譲葉が入室してきた。なんだか気まずそうだ。
「起きたんだね、調子はどう?」
「…………大丈夫だ、すまない……」
「ううん、大丈夫だよ。ご飯もう少しだから待ってて」
不自然なくらいの笑顔を作り、譲葉を包み込む。譲葉はほんの少しだけ間を置いて、
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