緑の城でピーマンの夢を見る

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 予定時刻一時間前、美佳に急かされ研究所を出る。空調の聞いたガレージから車を飛ばし、目的地へと向かった。もちろん、車内にも冷房は欠かせない。
 今や、どこにいても空調管理は必須だった。太陽がナイフを振り回すようになってから、施設も全て屋内に移動したくらいだ。海ですら、屋内の人工物が一般化している。

 屋外の植物は全て日光に焼かれてしまった。遮光窓から景色を覗けば、カラフルに塗装されたビルが目を刺激する。人工的な色合いは、心地よさよりストレスを感じさせた。



「ええ、すごく順調ですよ。トマトはいつの時代も人気みたいで、生産量もあがってます」
「そうですか、それは良かった。葉も茎も健康そうですし、病気などもなさそうですね」

 畑にて、繁った植物を観察する。瑞々しい緑の体には、鮮やかな赤い実がついていた。
 本日の訪問先は、開発した種を任せている農家である。栽培する上で不都合が生じていないか、調査に来たのだ。無論、現在立っている広場も屋内にある。

「プーマンも相変わらず人気者でして。育てやすいし、うちも助かってます。あれはいい野菜ですよ」

 プーマンは、ピーマン開発中に生まれた野菜だ。見た目は完全にピーマンだが、苦味もなく果物並みの糖度を持っている。いわゆる失敗作に当たるものが、こうして世間に受け入れられることはよくあった。
 ただ、それらの野菜だって我が子のように可愛がって生まれたものだ。愛されて誇らしくないわけがない。ただ少し寂しくはあったが。

「先生は今もピーマン一筋なんですか?」

 問いかけが、いつかの会話を引っ張り出す。ピーマンなんて嫌われる食べものだし、無理して作らなくてもいいのではないですか――そう苦笑する姿が蘇った。他の訪問先でも、時々そういった意見を耳にする。その度に、全うな見解だと受け止めつつ、自分が否定されるような痛みに刺された。

「そうですね、どうしてももう一度食べてみたくて」
「確かに今ならいけるかもしれませんねー。私も大嫌いだったんで、もし完成したら試させてください」
「是非ご一緒しましょう」

 ピーマンを追いかける理由については“嫌いだったからこそ、どうしても克服したくて”と概略だけを告げてある。
 母が亡くなった当時、幼い僕は自らを責めた。母が死んだのは、約束を果たせなかったからだ、と。成長に伴い、それが錯覚だと自然に飲み込んではいった。悔いが実にならないことも、責めるべき対象がないことも理解した。
 しかし、その後でさえ、約束を思う度、トラウマのように自責の感覚が蘇るのだ。ゆえに、約束の件は敢えて閉じ込めた。
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