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心咲き乱れる地を、彼方に夢見ながら
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銃撃音が止んだ。人の倒れる音を最後に、ピタリと騒ぎも止む。高まった鼓動と呼吸音だけが耳に轟いた。
「……終わったみたいね」
右側から声が聞こえ、僅かに緊張が和らぐ。
同じく呼吸を乱し、アルルテが前に立った。姿が見え、更なる安堵感に胸を撫で下ろす。
僕は右目が見えない。過去の訓練が原因で失明した。
故に、僕らの戦闘形態は右をアルルテが、左を僕が担当している。この構成を汲んでから怪我や失敗も減った。
「見慣れない場所に来ちゃったものね」
声に導かれ、改めて周りを見る。
嘗ては人がいたのだろう、廃れた家が何件か立っていた。生活の跡も所々に残っている。完全に見知らぬ土地だ。
脳内で、辿ってきた道を描く。足で移動した範囲であれば、どれだけの遠距離でも帰路を割り出せた。僕の唯一の特技かもしれない。ただ、そんな能力《もの》が無くとも、無線を使えば解決する話だが。
「担当区域から離れすぎてる。早く戻ろう」
導き出した方向へ、足を踏み出す。だが、その体をアルルテが止めた。裾が引っ張られている。
「ねぇ、玄関のところ見て」
指す先は一件の家だ。注目を求められた場所へ視点を移動する。そこには、珍しい物品があった。
「本があるね。でも僕らには」
言い終える前に、アルルテが駆け出す。煤けた本を手に取り、塵を払った。掲げられた表紙には、理解不能な絵があった。
「ニイチ! これ花の本みたいよ!」
だが、彼女には一目で何か分かったらしい。ラジオを聞き込んでいるから、特徴を知っていたのだろう。
アルルテは、本を再び地に置いた。かと思えば、忙しく捲り出す。子どものように無邪気な瞳が、懸命にページを見つめた。だが。
「……読めそう?」
僕らはあまり文字が読めない。生まれにもよるが、大体は簡単な単語が幾つか分かる程度だ。
だから当然、文章なんて読めるわけがなかった。
「分からないけど、戻ったら挑んでみるわ。絵も付いてるし面白そうよ」
彼女には、躊躇う理由にもならないようだが。
「……夜更かしもほどほどにね」
*
それからと言うもの、アルルテは本ばかり眺めるようになった。暇さえあれば延々見ている。目を閉じていても、横顔が浮かぶ程だ。
読める単語を何とか繋ぎ合わせ、理解に努める姿は真剣そのものだった。
もちろん、ラジオも欠かさず聞いている。当然のように本を見つめながら。
その姿は、とても輝いていた。
「ニイチ、見て」
感動を共有にしたいのか、アルルテは時々挿し絵を見せてくる。
そのお陰で、初めて花の姿を知った。似た姿を持ちながら、少しずつ違うことも。そして、膨大な種類があることも。
「今日は何か発見あった?」
話を振ると、アルルテの瞳が輝いた。
花の話をする彼女は、戦地にいることなど忘れているかのように楽しげだ。僕も、つい微笑んでしまう程には。無論、忘れるなんてないが。
「大発見があったわ! お花ってね、皆それぞれ素敵な心を持ってるんだって!」
「そうなんだ、凄いね」
「そう、凄いのよ。例えば"ありがとう"とか。素敵でしょ」
「うん、素敵だ」
「花を渡すと、その心を渡すことも出来るんだって」
「言葉として言わなくても、花が伝えてくれるってこと?」
「多分そう。とてもロマンチックよね。いつか嬉しくなる花を誰かに渡したいな」
彼女なりに読解したのだろう。ゆえに真実かは不明だが、僕らにとって真偽の追求は無意味だ。だから、アルルテがそう言えば、それは本物になる。
それぞれに心を持つ花――未知になってゆく物体を、僕も一度見てみたくなった。
けれど、それはきっと無理だろう。僕らが幾ら強くても、本拠地に攻め入れば死からは逃げられないのだから。いや、その前に落命する確率も低くはないが。
どれだけ生を願っても、結局この地で死ぬのだ。九十九、九%は確実に。
だから、せめてその前に、本物を見せてあげたいな。
*
「平和の心を持っている花もあるそうよ。この花なんだけど。あと、これってニイチ読める?」
白黒絵の真横を指差す。そこには、見慣れない文字があった。
前後の文脈から――読める文字から導いた解釈に過ぎないが――心の内容を指していると取れる。どうやら、二つの心を持つ花もあるようだ。
「……ごめん、僕にも読めないや。それよりアルルテ、今日は真面目な話をするよ」
「ニイチはいつも真面目でしょう」
前置きは無用だったらしい。内容を悟ったのか、アルルテは真剣な眼差しを向けてきた。本も閉じ、完全な聞き体制に入っている。
内容を頭で再確認し、一呼吸置いて口を切った。
「あと四日もすれば敵地に辿り着く。そうなれば死ぬと思う」
「でしょうね」
アルルテは躊躇いもなく頷く。しかし、本を抱き締める仕草が恐怖の存在を教えた。いや、そんなもの無くても分かることだが。
「だからさ、逃げよう」
「えっ」
実は最近、ずっと考えていた。アルルテに花を見せる為、何が出来るかを。そこで辿り着いたのが逃亡だ。もちろん、リスクはかなり高い。
「僕らなら、きっと出来るよ」
だが、一目でも見るには、それしかないと結論付いたのだ。
「仲間だって構わない。全員殺して遠くへ逃げよう。そうして花を見に行くんだ。それから誰も僕らを知らない所に言って……」
あわよくば逃げ切って、外国へ行けるかもしれない。そしたら、文字だって学べるかもしれない。
考えれば考えるほど、実行するべきだと思えてくる。だが、
「それは駄目よ。出来ない」
「でも、もし生き残れなかったら君の夢は」
「分かってるわ。それより聞いて、この花ね、ずっと一緒にいたいって心があるみたい。ちゃんと読めないから多分だけど」
アルルテは完全な拒否をした。話すらしたくないのか話題まで変えてしまった。浮かべられた笑顔が胸を締め付ける。
この手に力があれば良かったのに。そうすれば、純粋な笑顔が見られたかもしれないのに。
提案はあっさり消え失せた。この段階で、夢の終わりは確定した。
「……終わったみたいね」
右側から声が聞こえ、僅かに緊張が和らぐ。
同じく呼吸を乱し、アルルテが前に立った。姿が見え、更なる安堵感に胸を撫で下ろす。
僕は右目が見えない。過去の訓練が原因で失明した。
故に、僕らの戦闘形態は右をアルルテが、左を僕が担当している。この構成を汲んでから怪我や失敗も減った。
「見慣れない場所に来ちゃったものね」
声に導かれ、改めて周りを見る。
嘗ては人がいたのだろう、廃れた家が何件か立っていた。生活の跡も所々に残っている。完全に見知らぬ土地だ。
脳内で、辿ってきた道を描く。足で移動した範囲であれば、どれだけの遠距離でも帰路を割り出せた。僕の唯一の特技かもしれない。ただ、そんな能力《もの》が無くとも、無線を使えば解決する話だが。
「担当区域から離れすぎてる。早く戻ろう」
導き出した方向へ、足を踏み出す。だが、その体をアルルテが止めた。裾が引っ張られている。
「ねぇ、玄関のところ見て」
指す先は一件の家だ。注目を求められた場所へ視点を移動する。そこには、珍しい物品があった。
「本があるね。でも僕らには」
言い終える前に、アルルテが駆け出す。煤けた本を手に取り、塵を払った。掲げられた表紙には、理解不能な絵があった。
「ニイチ! これ花の本みたいよ!」
だが、彼女には一目で何か分かったらしい。ラジオを聞き込んでいるから、特徴を知っていたのだろう。
アルルテは、本を再び地に置いた。かと思えば、忙しく捲り出す。子どものように無邪気な瞳が、懸命にページを見つめた。だが。
「……読めそう?」
僕らはあまり文字が読めない。生まれにもよるが、大体は簡単な単語が幾つか分かる程度だ。
だから当然、文章なんて読めるわけがなかった。
「分からないけど、戻ったら挑んでみるわ。絵も付いてるし面白そうよ」
彼女には、躊躇う理由にもならないようだが。
「……夜更かしもほどほどにね」
*
それからと言うもの、アルルテは本ばかり眺めるようになった。暇さえあれば延々見ている。目を閉じていても、横顔が浮かぶ程だ。
読める単語を何とか繋ぎ合わせ、理解に努める姿は真剣そのものだった。
もちろん、ラジオも欠かさず聞いている。当然のように本を見つめながら。
その姿は、とても輝いていた。
「ニイチ、見て」
感動を共有にしたいのか、アルルテは時々挿し絵を見せてくる。
そのお陰で、初めて花の姿を知った。似た姿を持ちながら、少しずつ違うことも。そして、膨大な種類があることも。
「今日は何か発見あった?」
話を振ると、アルルテの瞳が輝いた。
花の話をする彼女は、戦地にいることなど忘れているかのように楽しげだ。僕も、つい微笑んでしまう程には。無論、忘れるなんてないが。
「大発見があったわ! お花ってね、皆それぞれ素敵な心を持ってるんだって!」
「そうなんだ、凄いね」
「そう、凄いのよ。例えば"ありがとう"とか。素敵でしょ」
「うん、素敵だ」
「花を渡すと、その心を渡すことも出来るんだって」
「言葉として言わなくても、花が伝えてくれるってこと?」
「多分そう。とてもロマンチックよね。いつか嬉しくなる花を誰かに渡したいな」
彼女なりに読解したのだろう。ゆえに真実かは不明だが、僕らにとって真偽の追求は無意味だ。だから、アルルテがそう言えば、それは本物になる。
それぞれに心を持つ花――未知になってゆく物体を、僕も一度見てみたくなった。
けれど、それはきっと無理だろう。僕らが幾ら強くても、本拠地に攻め入れば死からは逃げられないのだから。いや、その前に落命する確率も低くはないが。
どれだけ生を願っても、結局この地で死ぬのだ。九十九、九%は確実に。
だから、せめてその前に、本物を見せてあげたいな。
*
「平和の心を持っている花もあるそうよ。この花なんだけど。あと、これってニイチ読める?」
白黒絵の真横を指差す。そこには、見慣れない文字があった。
前後の文脈から――読める文字から導いた解釈に過ぎないが――心の内容を指していると取れる。どうやら、二つの心を持つ花もあるようだ。
「……ごめん、僕にも読めないや。それよりアルルテ、今日は真面目な話をするよ」
「ニイチはいつも真面目でしょう」
前置きは無用だったらしい。内容を悟ったのか、アルルテは真剣な眼差しを向けてきた。本も閉じ、完全な聞き体制に入っている。
内容を頭で再確認し、一呼吸置いて口を切った。
「あと四日もすれば敵地に辿り着く。そうなれば死ぬと思う」
「でしょうね」
アルルテは躊躇いもなく頷く。しかし、本を抱き締める仕草が恐怖の存在を教えた。いや、そんなもの無くても分かることだが。
「だからさ、逃げよう」
「えっ」
実は最近、ずっと考えていた。アルルテに花を見せる為、何が出来るかを。そこで辿り着いたのが逃亡だ。もちろん、リスクはかなり高い。
「僕らなら、きっと出来るよ」
だが、一目でも見るには、それしかないと結論付いたのだ。
「仲間だって構わない。全員殺して遠くへ逃げよう。そうして花を見に行くんだ。それから誰も僕らを知らない所に言って……」
あわよくば逃げ切って、外国へ行けるかもしれない。そしたら、文字だって学べるかもしれない。
考えれば考えるほど、実行するべきだと思えてくる。だが、
「それは駄目よ。出来ない」
「でも、もし生き残れなかったら君の夢は」
「分かってるわ。それより聞いて、この花ね、ずっと一緒にいたいって心があるみたい。ちゃんと読めないから多分だけど」
アルルテは完全な拒否をした。話すらしたくないのか話題まで変えてしまった。浮かべられた笑顔が胸を締め付ける。
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