【完結】魔法使いも夢を見る

月城砂雪

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第一章

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 余程鈍く、そんなことをぼんやり考えるリオの隣で。リオよりも余程状況把握に長けていると思しき美貌の青年が、改めてリオに向き直る。そのまま深々と頭を下げられ、リオはますます困惑した。

「己が身の分際も弁えず、嗜み深き姫君に非礼を働きました。どうぞ一夜の無礼講として、お忘れいただければ幸いです」

 思わず、え? と。声が零れた。明らかな困惑のその声に、顔を上げた青年に身体を向けながら、リオは首を傾げた。

「忘れないと、駄目……?」
「……今宵の私の言行は、お嬢様には忌まわしきご記憶となりますことでしょう」
「そんなことないよ!」

 慌てたリオは、食い気味に、また大きな声を出してしまった。
 滅多に大きな声など出さないリオのその叫びに、青年ばかりかエルドラまでも、ひどく驚いた顔をしている。どうにも淑女の振る舞いとしては失格続きである自分に心底がっかりしながら、それでも不思議と彼との縁を断ち難く。リオは恥ずかしくなりつつも、懸命に言葉を続けた。

「僕、ずっと、身体が弱くて。あまり外にも、出たことがなくて。だから……同年代の友達が、いなくて。だからね? 君のことを忘れたくないし、またお喋りもしたい……」

 そんなリオの言葉を耳にした青年が、お嬢様、と。何度も呼ばれるには恥ずかしい呼び名を口にする。ええと、と。照れ笑いながら、リオは前屈みに身を乗り出して、跪いた青年と目線を合わせた。

「リオ、っていうんだよ。名前、覚えて欲しいな」
「……リオ様」

 ふ、と。表情を緩めた青年が、優しい声でリオの名を囁く。そのことがくすぐったくも嬉しくて、きゅう、と。音を立てた胸を上からそっと押さえつける。
 指に触れた花飾りの感触に、そうだ、と。思い付いたリオは、エルドラに顔を向けて首を傾げた。

「エルドラ。この花飾り、彼にあげてもいい?」

 彼に、何か、友達の約束になるようなものを手渡したくて。軽い気持ちでリオはそう口にしたのだが、その問いを向けた途端、エルドラはさっと青褪めた。

「リオネラ様……!?」
「えっ?」

 思わぬ過剰反応に、だめ? と。リオは首を傾げる。いつも冷静な瞳を丸く見開いてリオを見つめ、物言いたげに何度か口を開け閉めしたエルドラは。結局何も言葉を紡がないまま、しばしの沈黙の末に、すっと顔を俯けた。

「……いえ。どうぞ、お続けください」

 ようやく紡がれた、そんな力ないコメントに困惑しながら青年に目を移せば、耐え切れないとばかりに笑いを堪える彼はすぐにリオの視線に気付き、瞳を柔らかく綻ばせた。

「私には過ぎたるものですが、喜んで。……そうですね、では。代わりにこちらをお持ちください」

 そう囁いた彼が、美しい髪に飾られた銀細工の花をリオに差し出した。小さいながらにずしりと重いその花は純銀で作られているようで、何かの魔法の一種なのか、散りばめられた水晶と輝石がほんのりと淡く発光している。
 彼が全身に身に着けた、きらきらしいイミテーションとは一線を画すものであることが一目で解る。何か、とても重要な宝物の気配に。これは受け取れないと顔を上げたが、どうぞお持ちください、と。逆に掌を握り込まされてしまった。

「こちらをお見せいただけば、いつでもお嬢様をお通しするよう、座の者には伝えておきましょう」

 この先我々が興行を行います時は、いつでもお好きな時にお越しください、と。そう伝えながら柔らかく微笑んだ彼は、リオが手渡した花飾りを、何より貴い宝のように押し頂いて。生まれながらの貴公子のように、美しく一礼をした。

「リオ様のお心が定まるまでは、こちらはお預かりさせていただきます。……もし、あなたが後悔なさるようなことがあれば、その髪飾りと引き換えにすぐにお返しいたしますので」
「そんな。受け取ってくれたなら、もうずっと君のものなのに」

 エルドラが床に崩れ落ちた。
 あれ? と。エルドラの反応に首を傾げつつ、様子を気に掛けるリオの言葉を受けた美青年は、小さく震えて笑っている。

「……僕、また何かやっちゃってる?」
「いえ、いいえ。……それでは、大切にお預かりさせていただきます、リオ様」

 リオの問いかけに、青年は微笑んだまま緩慢に首を横に振った。そうして、恭しくリオの手を取ると、その指先に口付けを落とす。
 あまりに美しい騎士の作法に、わわ、と。指先を緊張に引きつらせたリオは、それでも今は、嬉しさの方が勝っていた。照れ笑いをしながら指を引いて、そうだ、と。思い至って首を傾げる。

「君の名前は?」
「そうですね。――では、アルト、と」

 そうお呼びください、と。囁き、笑ったその顔はあまりに美しく、立ち居振る舞いはどこまでも凛々しい。彼の姿は、まるで物語の中の王子様そのもので、リオは至らない自分が少し恥ずかしくなる。
 それでも、その笑顔に込められた好意があまりに嬉しかったリオは頬を染めて、柔らかく微笑んだ。

「アルト……くん?」
「はい、リオ様」

 名前を呼べば、甘く蕩けるような美しい声で返事がある。
 それだけで幸せな気持ちになったリオが改めて彼に笑い掛ければ、美しくも優しい笑顔が惜しげもなく返された。
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