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第一章

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 月光のライトアップも、澄んだ歌声も伴わずとも。狂いなく舞う青年は、何かの奇跡のように美しい。目を輝かせたリオが、今度は誰に気兼ねもなく拍手を贈れば、光栄ですと彼は笑った。
 優美な動きを眼裏に再現しながら、夢見心地のリオが微笑む。

「すごいね。まるで、綺麗な炎が燃えているみたい」
「……ふふ、当たりです。お嬢様は聡くていらっしゃいますね」

 そう苦笑した彼の反応に、リオはきょとんと首を傾げる。そんな幼い仕草を映して、宝石のような瞳を眩しそうに瞬いた青年は、どこか複雑な色を乗せた眼差しを伏せながら口を開いた。

「この身を焼き滅ぼしてでも、憎い仇を焼き殺す。……これは本来、そのような舞なので」

 決して喜んでいただけるようなものではないのです、と。呟く彼が、本当にそう思っているように見えて、リオは戸惑った。
 何か言葉をかけなくてはいけない気がするのに、胸の内が定まらない。躊躇いながら、ええと、と。前置きをしてから口を開く。

「踊るの、本当は、嫌だった……?」
「いいえ。ただ、お嬢様のような方に、純粋に美しいと讃えられることを。……どこか、申し訳なく思うのです」
「そんなことないよ!」

 リオの大声に、彼は驚いたように目を見開いた。はしたなかったことに思い至り、あ、と。口を押さえたリオは多少怯んだが、心からの本音を伝えたくて、迷いのない瞳で真っ直ぐに彼を見上げる。
 赤い瞳は、炎の色。眩しく目映く純粋で、あらゆる雑念を焼き払うかのように清らかな。

「僕、こんなに綺麗な踊りも、綺麗な人も。初めて見たもの……!」

 魔法使いたちはみな、リオの目には美しい。ファランディーヌも、エルドラも。挨拶をしたばかりの女侯爵も、エレノアも。
 けれど、こんなにも――こんなにも美しい人は、他に見たことがない。容姿も、声も。そして、少し言葉を交わしただけで解る、その魂の目映いほどの潔白も。
 握りこぶしを作り、瞳を煌かせての、リオの本心からの感嘆に。呆気に取られたような顔で瞬いた青年が、思わずといった風に笑い声を漏らした。そのまま、ふふふ、と。さざめく魅力的な笑い声が、二人のために閉ざされた小部屋に響く。

「……え、あれ。ごめんなさい。僕、何か、おかしかった……?」
「いえ、実際の所、容姿は割と誉められる方なのですが……その、ここまでストレートに誉められたのは、久し振りで」

 申し訳ありません、と。笑いを漏らす彼の顏が殊のほか楽しそうだったので、リオは少しほっとした。初めこそ冷たく見えたその面立ちは、笑みを僅かに浮かべるだけで、全く印象の違うものになる。
 大人びた美貌は、微笑みに蕩ければ予想外に、少年じみた柔らかさを滲ませる。多少の誤解は挟んだものの、今度こそ、これから仲良くなれるだろうか。リオはささやかな期待を胸に、にこりと笑いながら首を傾げた。

「ね、もっと君の話が聞きたいな。いつもこういうところで踊ってるの?」
「いいえ、基本は街で……」

 和やかな会話に花が咲こうとしたその瞬間、突如として――爆音と共に、鍵のかけられたドアが蹴破られた。
 あまりに常軌を逸したその現象に、驚いたリオが上げた悲鳴に反応して、美貌の青年が咄嗟にリオを庇うように抱き寄せる。
 場違いにも、色々な意味でドキドキしてしまったリオは、しかし弾け飛んだドアから現れた人影を視界に入れて、丸い目を大きく見開いた。
 一見して、未知の怪物のように。毛を逆立てて赤黒いオーラを漂わせた――小さな、その姿は。

「……エルドラ?」

 一瞬本気で怯えかけたリオは、庇ってくれた青年にほとんど縋り付いていたが。その殺気立った塊が、いつも優しい侍従の変わり果てた姿であることに気付くと。どうしたの? と。いつもと変わらぬ素振りで首を傾げた。
 リオが会場にいなかったので、心配させてしまったのだろうか。咄嗟にはそれくらいしか思い至れないリオとは異なり、エルドラの様子にしっかりと心当たりのある青年は。リオから身を離して慎ましく立ち上がり、そっと床に膝を突いた。

「――失礼、侍従殿。お嬢様は潔白です」

 居住まいを正した彼は、驚くほどに凛々しく美しい。潔く頭を垂れた青年を一度厳しい眼差しで見据えたエルドラは、鋭い眼光で部屋を見渡し、寝台に座って話し込んでいただけの二人を舐めるように見つめて。そしてふと、悪鬼の形相を解いてへたり込んだ。はああ、と。長いため息からは、色濃い疲労と心労が滲んでいる。

「……ご無事ですね?」
「無事? うん? 無事……?」

 意味が解らずに、無事は無事だがどうしたのだろうか、と。首を傾げる。敢えて言うなら、ただ今飛んできたドアの一片が最も危うくリオの頬をかすめたが、それは口に出さない方がいいだろうか。
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