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二人の来訪者と追憶

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 夢の中は、とても朧気で、それでもこれは確かに僕の思い出だった。声ははっきりしなくて、目の前には顔もはっきりしない少年と砂浜で話をしている。あの頃の僕は、今の僕なんかより余っ程、逞しくて堂々としていて、真っ直ぐに笑えていた。

 この子は誰だろう……?

 朧気な記憶の断片から凄く凄く良い思い出だったのかも知れない。きっと僕はこの子とまた会おうって、そう約束した。
 でも、その景色も遠ざかって、暗転して誰かが言う。

 この契約を交わせば、君の償いは──。


 息が苦しい。喉が焼けるように熱い。

 誰か、誰か……!

 今も昔ももっと誰かと上手く関われていたらもっと早く気づいていたら……もっともっと、息がしやすくなりたくて、信じたくない現実からその悪魔の囁きに一時の快楽と何も考えない決められた方にただ、ただ逃げ出しただけだ。


「──カノンさん?」


 ひんやりとした物が額に置かれて、僕は勢い良く起き上がった。肩を押さえて静止させるテオと濡れタオルが額から飛ぶのを反射的にアレンが掴み取る。


「ぶわあああ、大丈夫っすか! カノン君!?」


 心配そうな二人の顔が目に入った。シオン様はどうやらいない。きっとディー叔父さんと話をしている。大分、外は薄暗くなっていた。頭はクラクラするが、意識ははっきりとしていた。
 きっとまだ熱があるし、多分そう長くは起きていられないくらいには身体が重たい。本当にひ弱な身体だと、そう思う。

 水の中ではきっと違うのに。


「シオン様を呼んできま」

「待って、テオ。行かないで! 伝えなきゃいけない事がある。いつまでも覚えてられない。きっと……忘れちゃうだから聞いて」


 テオの手を掴んで引き止めた。今までになく鬼気迫っていた僕にテオは息を飲むと察したのか頷いた。


「僕はフックサー伯爵と奴隷契約は結んで無いんだ。もっと前に、子爵家で使用人をしていた時にお嬢様が誘拐されてその犯人を見つけてお嬢様を庇って怪我をした。その後、起きた時には何故か公爵家の者と名乗る人に『お嬢様はもういない。その意味が解らないほど馬鹿ではないだろう。償いたければ私達の話を聞くんだ』と色々と話している内に代償を払えばお嬢様に償えると頭がいっぱいになって、奴隷契約をしたんです」


 気付いたら首元を摘んでいた。喉元に違和感を感じる時に、癖のような気がする。アレンとテオは顔を見合せた。


「何度も必要じゃない記憶と反感を生むような疑問も疑念も考えられないように忘れるようにそう命じられ続けた。それでも、それは僕には当然の事に感じられた」

「なっ、それって洗脳じゃ」


 アレンは思った事をそのまま口にしたが、それを手で制するテオは冷静な面持ちで話を促す。


「カノンさん、それは魔法や呪詛の類いも使用された可能性がありますね。貴方の証言が本当ならその契約書類さえ見つかれば、貴方は完全に解放される筈です」


 何も考えないようにすれば、楽だった。向き合いたく無かった。身体を差し出せば、言う事を聞けば許されると思っていた。


「今思えばどうして、公爵家にそんな説明をされたのか、僕は初めてその貴族の方を見たし、ましてや海の近くや周辺の貴族でもなかった……筈なのに」


 この場所で、優しさに触れて、何かを思い出すにつれて息苦しさと身勝手な自分も現れた。優しい人達が勝手に調べて、やってくれる。それが行き詰まっていたとしても、話したくなくて、許される筈もないのに、こんな醜い心をもってシオン様の側にいれるはずが無い。


「とにかく、この事は今すぐに伝えに行きます。アレンはそのままカノンさんの側にいて下さい」

「任せてください!」


 ぐっと親指を立てて頷くアレンにテオはやや微妙な表情をするが、突っ込むことはせず、直ぐに部屋を出て行った。一気に思い出した事を話し終えて脱力感が襲った。凄く眠い。


「……アレン副隊長、あのシオン様に」

「えっ? カノン君ちょっ……」


 まだ言わなきゃいけない事があるのに、瞼が落ちていく。それでも何かを伝えなきゃと目を閉じたまま話した。

 シオン様達がここに戻る頃には僕は眠ってしまい、何故だかアレンの服を掴んで胸元に頭を埋めていた。
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