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10.愛と幸せと、嫉妬と

不吉な女王蜂

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事件が解決し、宮中も落ち着いたかと思った矢先、ある噂が流れていた。

「……リシャール妃は雄蜂なんですって」

「えっ、リシャール妃が?でも確かに妊娠していたはずよ」
「妊娠ができる雄蜂で、故郷のシャンパーニではよくあることだとか。」
「聞いた事あるけど、まさか本当だなんて。じゃあ、陛下はご存知ということ?」
「そうなるわ。それにしても、陛下って正真正銘の物好きなのね…」


広間を掃除していた働き蜂らの会話を、偶然聞いてしまったリア。

「…なんでそのことを…。」
リアは ぼそっと呟き、リシャールの元へ戻った。


「……リシャール様。」
「リア。」
「ご気分はいかがですか」
「…ええ。お陰様で大分良くなったわ。」
「それなら良かった。」

リシャールは窓際で海を眺めていた。流産の件からずっと落ち込んだままだった。

「……今日は天気がいいのね。」
「そうですね…。」

リアは偶然聞いた噂話について気になった。

「あの、リシャール様。…リシャール様が雄だということは、陛下や私たち以外の方々はご存知ないのですか」
「……そうね…、陛下は私が元々平民であったことしか話していないみたいよ。」
「そうなんですね…」

「どうしたの?急に。」
「それが…、リシャール様が雄だということを、他の働き蜂が噂話を。」
「…そう。でもきっと、いずれかは知られることだから。噂のままにしておくのも、良い気はしないけど…。」

すると、部屋を離れていたカミーユが戻ってきた。

「リシャール様、お食事をお持ちしました」
「ありがとう。」
「何をお話されていたのですか」
「…私が雄だということが、噂話になっていたみたいで」
「…あ、あぁ…」

楽しい話なのかと期待していたカミーユは、少し気まずくなった。

「…そう言えばリシャール様は、出産の経験があると…」
「あっ!私も気になっておりました」

リアとカミーユはそう言った。

「…そうよ。陛下と結婚する前、シャンパーニで夫と子供二人と暮らしてたの。夫は病でもう亡くなっていたんだけど。」
「…お子さんは今どちらに?」
「シャンパーニできっと自分の家庭を築いてる。」
「そうなのですね、知らなかった。」
「知らなくて当然よ、言ってなかったんだから」
「陛下はこの事も」
「知ってるわ。知ってて結婚したのよ。私は最初、子供もいるし、夫と死別したこんな寡婦は相応しくないと言ったのだけれど…」

リシャールはその当時を思い出して笑い、一口お茶を啜った。

「陛下のお気持ちが強かったのですね」
「そうよ。陛下がシャンパーニまで来られたから、流石に折れたわ。ふふっ」

そう言って笑った。

「…私、リシャール様の故郷のシャンパーニに行ってみたいです!」
「えっ、私も!」

リアとカミーユがシャールに近寄った。

「…行ったこと、ないの?」
「はい。お恥ずかしながら。」
「……そうよね、用がないと行かないでしょうから。」
「…どんなところですか?」

「うーんと…とっても素敵で美しい国よ。」

リシャールは故郷を思い出して、懐かしさに浸った。

「…白い建物、白い花、白蜜蜂…とにかく神秘的なのよ。花はとても甘い香りで…。レステンクールみたいな海は無いけれど、花畑がそこらじゅうに広がるの。」
「素敵ですね…」

「書斎に本とかないかな」
「ありそう!」

リアとカミーユは目を合わせて盛り上がった。

「えっ、書斎?」
「はい!大昔から現在までの沢山の本があるんです。誰でも入って見ていいと、 陛下が仰ったんですよ。」
「まぁ、素敵。でも…シャンパーニの本は…」
「きっとありますよ!シャンパーニだけでなく、色んな国の本も取り揃えているんです。」
「そうなの?行ってみたいわ」
「じゃあ行きましょう!」

リアとカミーユはリシャールを連れて書斎に行った。リシャールは久しぶりにワクワクして、今にも舞い上がりそうな気分で足を運んだ。

連れてこられたの書斎は物凄く広かった。吹き抜けの大広間のようで、天井のガラスから光が差し込んでくる。上から下までびっしりと並べられた本の数々。

「…わぁ……」
あまりの迫力にリシャールは言葉を失った。

リアとカミーユは書斎を周り、本を探した。書斎には城の働き蜂も来ており、ここで休憩がてら本を楽しんでいる様子だった。

「…素敵…。」


「リシャール様、本ありましたよ」
「まぁ、本当?」
「はい。シャンパーニについて書かれてあります。」
「見せて…」

近くにあったソファに腰掛け、リアとカミーユと共に本を開いた。

〝純白の王国 シャンパーニの全て〟

その本には、国の広さから生息数、白蜜蜂についても全て書かれてあった。

「……。」

〝…白蜜蜂は××年に絶滅の危機に陥った末、雄蜂が子供を出産するという異例の出来事がシャンパーニ内各地で起こり始め、それ以降、雄女王蜂の生息数が増加傾向にあるとされている。… 〟

リアとカミーユはその文に目が止まった。

「…不思議な事もあるものね。絶滅を何としてでも避けようとした、白蜜蜂の強い意思による進化よ。」
リシャールはページを捲った。

「素晴らしい進化ですね。」
「…でも…シャンパーニの民すらも、未だ受け止めきれていない進化なの。…他国からなんて、受け止めて貰えるとは…思っていない。」

「…そんなことないですよ。私たちも、陛下もいますから」
「まぁ、ありがとう…。」

「…他にはどんな事が書かれていますか?」
「うーんと……」

リシャールは書斎で時を過ごすのも悪くないと思った。シャンパーニの本を読んでいると、故郷へ帰ってきた気分になる。

「…また、来てもいいかしら」
「もちろんですよ!」
「良かった」





別のある日、また書斎へ出向こうとしたリシャールは偶然エルビラと会った。

「エルビラ王妃、」

「あぁ…リシャール妃。すっかり体調も顔色も戻ってきたなぁ。元気そうで良かったわ」
「はい、お陰様で。」
「ちゃんと食べて、健康にいかなあかんなぁ」
「えぇ、仰る通りです」
「……ほなまた」
「はい……」

いつも気さくなエルビラが、何だかぎこちない気がした。

「…エルビラ王妃、何かあったんですかね」
リアもそう感じたようだ。

「…私、何かしてしまったかしら」
「そんなことないと思いますけど…」
「……そうかしら…」

リシャールは首を傾げた。あまり深く考えないことにした。なんだか、変に傷付く予感がして考えたくなかった。

「行きましょう、リシャール様。」
「えぇ。」

書斎へ行くと、今日はフレデリックの姿があった。

「…陛下がいらっしゃってるのね」
「きっと陛下もお喜びになりますよ」
「…邪魔したらいけないわ」
「リシャール様。」

リシャールはフレデリックの邪魔にならないように、彼とは反対の本棚へ向かった。

「…ペリシエ…?」
「そうみたいですね。ここの棚はペリシエに関する本が揃えられていますよ」
「…凄い…」
「陛下はペリシエの国王と幼馴染みですから、ペリシエについてもお詳しいんですよ。」
「そう…」

リシャールは本を一冊手に取り、ページを捲っていった。

すると、リアが耳元で言った。
「ペリシエ国王はとってもハンサムです」
「ちょっとリア!」
「だってぇ…本当ですよ、リシャール様。」

カミーユに叩かれたリアは、けらけらと笑っていた。

「…私がそうだと言ったら、陛下に怒られてしまうわ」
「やきもち焼いてしまいますね」
「リア、あなたも怒られるわよ」
「やーん」

リシャールも思わず、ふふっと笑った。
 


「なんやぁ?楽しそうやなぁ、俺も混ぜて」

「「「陛下っ」」」

3人の後ろから、フレデリックが顔をのぞかせた。

「…お、ペリシエかぁ…」

フレデリックはペリシエの歴史について書かれた本を手に取った。

「…陛下、」
「んー?」
「ペリシエの国王は、ハンサムですよね」

リアがフレデリックにこそっと話した。

「せやなぁ、ハンサムやでぇ。……俺の次にな。はっはっは」

フレデリックは一人で笑っていた。

「なんや、アンドレの方がかっこええなんて言わせへんで!?」
「まさか!」

リシャールが慌てて否定する姿を見てフレデリックはまた笑った。

「可愛いなぁ」
「…陛下、からかわないでください…。」
「からかってへんわ。嫁を可愛いがってんねん。」

「……。」
ガラス張りの天井から差し込む光が丁度フレデリックの青髪に当たる。

きらきらと一本ずつ光ってるように見えて綺麗だった。フレデリックは爽やかな笑顔を見せた。リシャールもふいに笑みがこぼれる。

「ハンサムやろ?」
「……はい。」
「なんや、何迷ったんや!即答せんか!」
「ち、違います!」

フレデリックは本を置いて、リシャールを抱きしめた。

「なんや!フレデリックの方がかっこええやろ!!」
「やめてください!陛下!」
「なんで肯定もせぇへんねん!!」
「あははっ!くすぐったい!」

光に照らされてはしゃぐ国王夫妻は、誰が見ても幸せそうだった。周りにいた働き蜂たちも微笑ましく見ていた。

「リシャール。」
「…やめて。」
「なんでやねん」

リシャールはフレデリックの頬を触れた。

「……とってもハンサムだわ。」
「せやろ?」
「リシャールは世界で一番べっぴんさんや」
「そうでしょう?」
「……せやから…」

「えっ!?ちょっと!」

フレデリックはリシャールを担いだ。リシャールは驚いて、足をじたばたと動かした。

「せやから、放っておかれへんねん。…ベッドはどこやぁ!」
「ちょっと!!陛下!!離して!!」
「嫌やぁ」


フレデリックに担がれて、国王の寝室に連れ込まれていったリシャール。


「……リシャール様、大丈夫かな」
「うん……、多分。」
「昼から大変だ」
「お盛んだね……」

リアとカミーユは本をまた見始めた。






その一方で、エルビラ王妃の部屋にルチアが訪れていた。


「……王妃、本当にリシャール妃をここに置いててええのですか?」
「…しゃあなしや。陛下のお気に入りやから」
「でも雄なんて……。王妃は知っておったんですか?」
「…いいえ。初耳や。…元平民の、雄か…。」

「てことは、ただの雄が女装しとるだけやないですか。気持ち悪い。不吉や、不吉。」
「ルチア、言い過ぎや」
「事実ですやん。はぁ、一緒にいるこっちが恥ずかしいわ。」
「………。」

「せやかて…子供を産める雄蜂やからなぁ。」
「子供が可愛そうやわ。」
「ルチア。」

二人はリシャールが雄であることに納得がいっていない様子だった。

「……リシャール妃が、陛下の寵愛を受けてんのも事実や。それに、私もリシャール妃が雄だと気付かへんかった。」
「…それは……」
「あんたも同じやろ?」
「…でも…」
「でもでもでもでも、うっさいなぁ。……気持ちは分かるけど。」
「……。」

ヴァレンティナが宮中を追放されてからも、何だか嫌な雰囲気が少し残っていた。

「リシャール妃が来てから、宮中はめちゃくちゃや。」
「そんなことない。」
「そんなことあります。…リシャール妃が来て、今まで黙ってたヴァレンティナ妃が爆発して、追放されて…。リシャール妃の流産した子供の霊がうろついてるんとちゃいますか??不吉やわ。」

「………。」
ルチアは きつい言い方をしていたが、エルビラも共感出来ない訳ではなかった。リシャールが雄であることは、あまりよく思えなかった。


「雄から生まれた子供なんて…。それが私やったら、恥ずかしくてしゃあないです。陛下も何をお考えなのか」
「…せやけど…。」

二人はリシャールが雄だと信じられなかった。そして、もしリシャールとフレデリックの間に子供が出来たとして、その子は自分の母親が雄だと知ったら、どう思うのか想像も付かなかった。

「ところで……リシャール妃が雄ってのは、どこから出た噂なんや?」
「…リシャール妃が流産した時に立ち会った産婆が、そう言っていたのを働き蜂が聞いたそうです」
「ふぅん……」

エルビラは頷いて、椅子にもたれかかった。


「陛下は、リシャール妃との子供が欲しいと仰っていたのですか」
「えぇ。リシャール妃には、王子を産んで欲しいと仰ってたで。」
「…そうですか。……陛下がリシャール妃をご寵愛されてる以上、私たちはどうしようも出来ないってことやんなぁ…。」
「そうなるわな……」
「気持ち悪い…」


宮中では、リシャールが雄蜂であることを白蜜蜂の進化だからと気にしない者もリアやカミーユの他にも勿論、大勢いた。

その一方でエルビラやルチアのように、理解できない者たちはリシャールを〝不吉な女王蜂〟と呼ぶようになっていた。






その一方で、数日後にリシャールがフレデリックとの子供を妊娠したことが判明した。

エルビラとルチアの二人は、妊娠したリシャールの元を訪れなかった。雄が妊娠した姿なんて気色悪くて見たくもない と陰で言っていたそうだ。



「リシャール。この子は絶対守ったるからな」
「…陛下。」
「…護衛もぎょうさんつけたからな!」
「そこまでせずとも…」
「ええねん!俺がしたいんや!」
「…分かりました。ありがとうございます」

「…リシャールには、王子を産んで欲しいなぁ。アルバンのこともそうやけど……、ぁ」
「……?」

フレデリックが何かを言いかけてやめた。

「…雄蜂やと、活気溢れるからなぁ!」
「………そうですね」

フレデリックが何を言いかけたのか気になったが 聞き返すのも悪いと思い、頷いておいた。

またリシャールとその子供が狙われることが無いようにと、フレデリックはリシャールの食事や身の回りを特に注意していた。

「せや、まだやる事あったんや。ほな、リシャール。また来るわ。リア、カミーユ。リシャール頼んだで。」
「「はい。」」

フレデリックはリシャールの部屋を出ていった。その後ろ姿を見届けたリアはリシャールにこう言った。

「…陛下が言いかけたのは…後継ぎの事ですかね」
「後継ぎ?」
「はい。…今のところ、雄蜂はアルバン王子しかいらっしゃいませんが、もしリシャール様が王子を出産したら…」

「…王位の取り合いになると言いたいの?」
「そ!そういう訳では…!」
「決めるのは…陛下よ。今は、この子が無事に産まれてくれれば…それでいいわ。」


リシャールは〝後継ぎ〟なんて考えていなかった。自分の息子を国王にさせたいなども全く考えたことも無かった。


「…長子はアルバン王子よ。それでほぼ決まったも同然じゃない。それに…青と白のハーフなんて、レステンクールの国王になれる訳も無いわ。」

「リシャール様がお産みになった雄なら尚更じゃないですか?」
「どういうこと?」
「今、陛下が一番寵愛されているのは、リシャール様と言われていますから…」
「それで決めるなんて、陛下がそんなお考えする訳無いと思うけど。」
「…そうでしょうか……」

リシャールは少しだけ膨らんだ腹を撫でた。

「……この子が、国王だなんて…。」



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