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10.愛と幸せと、嫉妬と
裏切り
しおりを挟むリシャールは流産してから、暫く立ち直れなかった。
「…リシャール、ここ最近ずっと落ち込んでるんや。交尾も全然せぇへんし……」
フレデリックは頭を抱えていた。
リシャールを気にかけてフレデリックは毎晩訪れていたが、リシャールはどうしても気が乗らないと交尾するのも断っていたという。
「リシャール妃のお気持ちが戻るまで辛抱強く待つことが最善かと。」
側近のモーリスが言った。
「……せやなぁ。…俺も、嫁を流産させたのは初めてやったから、リシャールがどんなに落ち込んどるか……。とにかく辛いわ」
フレデリックも勿論落ち込んでいた。
「……まぁ傍に居って、そっとしとくのが一番なのかもなぁ…」
「左様でございますね」
「はぁ…!俺も仕事手につかんて!!なぁ!」
フレデリックは笑っていた。
すると、働き蜂がフレデリックの元へ。
「陛下、エルビラ王妃がお見えです。」
「おぉ、エルビラが?はよ通せ」
顔を見せたのはエルビラだった。
「陛下。」
「エルビラ、どないしたん。」
「……リシャール妃が心配で…」
「せやなぁ…、丁度俺も話してたとこや」
「…いつからか顔を見てへんのです。足運んでも、体調が優れへん言うて会うことも出来ひんかった……。」
「そうか…。でも、俺が行った時には生きてはおったから。顔色良くなさそうやったけど。」
「……」
エルビラは本気で心配している様子だった。
フレデリックもそれが嬉しくて、エルビラの頭を撫でた。
「エルビラ、ありがとうな」
「……?いえ、私は何も…」
「優しくて真面目やんなぁ、ええ嫁貰ったわ」
「……陛下。」
エルビラもフレデリックの愛してやまない妻の一人。王妃に最も相応しい子だとフレデリックは感心していた。
「……まぁ、リシャールに会うた時は優しくしたって」
「はい。」
エルビラはその後、リシャールの元をもう一度訪れた。
「あら…。」
部屋からリアが出てきた時だった。リアの手には全く手のついていないローヤルゼリー。
「…リア。」
「エルビラ王妃。」
「…それ、もしかして…」
「はい。…リシャール妃はここ数日、食も喉を通らないみたいで…」
「……はぁ、もう!入るわね!!!」
エルビラは追い出される覚悟で勢いよく部屋の扉を開けた。
「リシャール妃!!」
「……エルビラ王妃…」
窓の外を眺めていたリシャール。
「貴方……!頬が痩けてるやんか、」
「いえそんな……」
リシャールは明らかに痩せていた。
「ただでさえ細いのに、これ以上痩せてどないすんねん!!本気で陛下のお子をもう産まへんつもりか?!陛下を悲しませたらあかんやろ!!」
「ごめんなさい…」
「あんたが悲しいのは、皆分かんねん。」
「……。」
「ちゃんと食べて、まずあんたが ちゃんと元気にならんと。次の子も元気に産まれへんくなるで」
「……はい。」
エルビラは優しく微笑んだ。
それに癒されたリシャールは、自暴自棄になってしまったのを反省した。
その頃、侍医の医務室にて。
「……?」
薬の管理をしていた働き蜂が何かに気付いた。
「……マキシムさん。」
「はい?」
「……この薬がやけに減っているんです。使用記録と合わなくて。…確認を。」
「…あぁ…」
マキシムは働き蜂が見せた薬箱を覗いた。
「……本当ですね…」
「前にも、少し数がずれていたんです。誤差だと見なしていたのですが……。やっぱり数が合わないんです。」
薬の管理をする働き蜂は日常的に、薬の数などの確認をしていた。
しかし、ある1つの薬だけ毎回数が合わなかった。かなり微量の誤差だと思い、報告をするまでに至らなかった。
そして今、全体量を再確認すると明らかに量が足りていないことが判明した。
働き蜂がその旨を説明すると、マキシムはあることを考えた。
「……まさか!」
「えっ、マキシムさん?!」
マキシムは突然走り出した。
「…リシャール妃、失礼致します」
マキシムはリシャールの元を訪れた。
「……まぁ、薬なら……」
「いえ、今回は別の要件で」
「どうしたの?」
「リシャール妃にお聞きしたいことが。」
「何かしら」
「リシャール妃、ご出産の経験は…?流産ですとか……」
「……子供を2人、産んでいます。流産は今回が初めてです。」
「「えっ」」
驚いたのはリアとカミーユ。リシャールに子供がいる、そんなこと知らなかった。
「…そうですか……。」
「マキシムさん、何かあったのですか」
「いえ…、リシャール妃。今回の出産前に、何か毎日食べていたものや飲まれていたものは…?例えば薬ですとか」
「…薬は飲んでいないわ。食事はいつも通りに。それと、毎日お茶を飲んでいたわ」
「……何か、新しく食べた物はありませんか」
「新しく?」
「はい、これまで食べていなかったものを、新しく食べ始めたものです。」
「…エルビラ王妃からお茶に入れる花弁を貰ったわ。それくらいかしら。」
「………」
「どうしたの?」
「いえ……ありがとうございました。」
「…何よ。どうしてこんなに聞くの?」
「……詳しいお話は後ほど。」
マキシムはただそれだけ聞いて去ろうとした。
「ちなみに…その花弁はこちらにございますか?」
「それなら、台所にあります。」
リアが言った。
「……少し頂いても?」
「リア、マキシムさんに渡してくれる?」
「はい。」
そうしてリアは、台所に置いてあった花弁をマキシムに渡した。
「……。」
マキシムはそれを持ち帰り、働き蜂と共に調べ始めた。
「この匂い…」
「はい。これは確実ですね。」
「…陛下にご報告を!」
マキシムと働き蜂は、フレデリックの元へ走った。
「……陛下!」
「なんや、何かあったんか」
「陛下、恐れながら申し上げます。」
「勿体ぶんなや、何?」
「……リシャール妃の流産は、偶然では無いかもしれません。」
突然の話に、フレデリックは手が止まった。
「は?」
「こちらを。」
「なんや、これ。薬か?…臭っ」
「はい。この薬が流産の原因かと。」
「…そんな薬があるんか?」
「これは本来、別の用途で少量使うものです。しかし、摂取量と期間を誤ると悪影響を及ぼします。…それが、お腹の子に影響してしまったのかと」
「……リシャールが意図的にそうしたとは考えられんけどなぁ」
「可能性は0ではないかと思われますが……。誰かが薬を盗み、これを多量に、毎日摂取させる、ということも考えられるかと…」
「…調べる価値はあるんやろな」
マキシムは働き蜂の持ってきた花弁を見せた。
「こちらです。陛下」
「これは……」
フレデリックは見て直ぐに分かった。
「はい、エルビラ王妃がリシャール妃に贈られた花弁です。」
「……これが?」
「匂いをよく嗅いでみてください。」
「……うっ、臭っ!」
良い香りの花弁が、異臭を放っていた。
フレデリックも思わず顔を顰めた。
「……かなり巧妙な手口で。」
「エルビラがやったと?」
フレデリックは愛するエルビラが疑われて、眉をひそめた。
「……リシャール妃には、流産の経験がありません。そして何より、今回の出産前にこれを摂取し始めたというのが…。」
「……エルビラやないと思うけど、誰かがやった、ってことは間違いないんやな?」
「……それは断言出来ませんが…、リシャール妃のお話を聞く限り、その線は薄いかと」
「せやなぁ、ほんまに落ち込んどったからなぁ…自分で流産するなんて、思えへんわな」
フレデリックは頷いた。
そしてフレデリックは兵を呼び、まずエルビラの周りを調べ始めた。
「何よ?!何事ですか!?」
エルビラの部屋、働き蜂を兵は突撃して調べ始めたので、エルビラ達は驚いていた。
「エルビラ、」
「陛下!これは一体……!?」
「分かっとるねんけど。エルビラの白さを証明したいんねん」
「白さ?」
「……リシャールの流産は、誰かの仕業や」
「私がそれをやったと?」
「ちゃうのは分かってる。……ごめんなぁ」
「……はぁ…一体誰がそんなこと…!?」
「それがよう分からへんのよ。…せやから調べなあかんねん」
フレデリックは嫌だと思いつつもエルビラを疑った。
一方でマキシムは自身と共に医務室で働く、働き蜂達を調べた。
「この薬、誰が使った?もしくは、誰か使ったのを見たか?…今なら、陛下も罰を軽くしてくださるだろう。」
「…記録した時以外、ありません。」
「………。」
働き蜂達は全く知らないようだ。
「あの」
一人の働き蜂が手を挙げた。
「なんだ?」
「……ジュディットがいつからか、体調を崩したとか言っていないんです。」
「ジュディットが?」
ジュディットは働き蜂の一人。同じく薬の管理をしていた。
「ジュディットとリシャール妃に関係は?」
「それは…、無いかと。」
「うん……」
確かにジュディットとリシャールの接点は全く無かった。きっと名前すら知らないだろう。
ジュディットに何かがあると誰しもが考えた。
しかし、ジュディットの行方が分からない。
「……ジュディットは一体何処へ…?」
「マキシム。」
「陛下。」
「…エルビラは何も無かったで。」
「そうでしたか…」
「そっちは?」
「…働き蜂のジュディットの行方が分からなくなっているのです。」
「……なんでや?」
「体調が悪いと言っていたそうですが…怪しいですね」
「そいつが何か知ってるっちゅーことか」
「はい。」
「…っ、腹立つなぁほんま!お前ら!城中、全員調べろ!」
フレデリックの一声で城中で調査が行われた。
しかし、何も手がかりが出なかった。
エルビラが何らかの方法で薬を混ぜたか、ジュディットは何か知っている、ということしか分からなかった。
「……はぁ…ジュディットを探さんと何も進展せぇへんやろ。」
「そうですね…」
フレデリックはマキシムと共に調べていたが、頭を抱えるばかりだった。
そんな時だった。
「……リア!リア!!!」
「…えっ!ジュディット?!」
リシャールの元に、ジュディットが突然やって来た。何かから逃げてきたかのようで、呼吸が荒かった。
「り、リシャール妃、お許しください!」
「まあ、どうしたの?!」
「ヴァレンティナ妃に口封じされて、捕らえられておりました、」
「……ヴァレンティナ妃?」
「ロールが、薬、薬を…盗んだのを、見たのです。」
「え?」
「それを、リシャール妃の……花弁に…!」
ある日、医務室に一人で夜番をしていたジュディット。
医務室から出た少しの間、ヴァレンティナのロールが忍び込んだ。しかし、ジュディットは医務室から物音がして戻った時、
ロールが薬を盗んだのを、ジュディットは隠れて見ていた。
そのままロールは台所へ向かったので、ジュディットは尾行した。そして、エルビラから貰った花弁に粉薬を付けていたのも、ジュディットは見てしまっていた。
結局、ジュディットは見つかってしまい、ヴァレンティナ妃の兵に捕らえられたという。
ヴァレンティナ妃を怪しんだ働き蜂も皆。
「ヴァレンティナ妃はこれを知ってる働き蜂を片っ端から牢屋に入れてる!リシャール妃、リア、カミーユ、陛下に伝えて!」
「リア、カミーユ。危険だわ、私が行く」
「リシャール様、心配ありません。」
「きっと、まだヴァレンティナ妃が目を光らせてる。」
「……大丈夫。私たちがなんとかする。」
リアとカミーユは立ち上がった。
「……リア、カミーユ、気を付けて。」
「「はい。」」
リシャールはジュディットを守った。
「……リア、私はこのまま真っ直ぐ行く」
「分かった。私はあっちから回るわ」
「陛下はマキシムさんと一緒いるはずよ」
「うん、行こう」
2人はそれぞれ別の道を走り出した。
「……あら、カミーユ。何を急いでいるの?」
早速カミーユの前にヴァレンティナ妃の姿が。
「いえ。」
「陛下はご公務の最中よ。邪魔をしない方が良いわ。」
「……そうですね。陛下に用がある訳ではありません。リシャール妃からお使いを頼まれたので。」
「……ふぅん…」
「ヴァレンティナ妃も何を焦っているのですか」
「何よ、何が言いたいのよ」
「…全部、貴方の仕業の癖に。」
「…リシャール妃を流産させたと?そんな訳ないわ。あんな華奢で虚弱な白蜜蜂が陛下の子を産もうなんて100年早いわ!!きっと奇形が産まれるわ」
「おおぉ、犯人ほどよく喋るねぇ」
カミーユが煽るとヴァレンティナは血相を変えていた。
「はぁっ……!」
その頃、必死に城を走っていたリア。
遠回りして、フレデリックの元へ向かっていたのでかなりきつかった。
やっと、フレデリックのいる部屋までたどり着いたと思った。
「……ロール?」
「…あら、リア。偶然ね」
「絶対…待ち伏せ…してた…でしょ…!!」
「待ち伏せ?何故私が?」
「とぼけないで…!」
部屋の前に兵と共に立っていたロール。明らかに待ち伏せされていた。
ヴァレンティナの対応は早かった。
「…入れてくれないなら…叫んでやる!」
リアは大きく息を吸って叫んだ。
「陛下ぁぁぁぁああああ!!!!」
「何してるの!無礼者!」
兵とロールは、リアを取り抑えようとした。
「陛下ぁぁぁぁああああ!!助けてぇぇぇええええ!!」
口を抑えられたリア。藻掻くしか出来なくなった。
「何や、誰が呼んだん?」
フレデリックが顔を覗かせた。
「陛下、何でもございません。無礼者が大変失礼致しました…」
「陛下!陛下!助けて!!!」
リアが兵を取っ払い、走って戻ってきた。
「なんや、リア。」
「陛下、何でもありません!」
「何でもあるから言うとるんやろ。ロール、離せ」
「……っ」
遂にこの時が。
「…リア、どないしたん」
「ジュディットが戻って来ました。」
「何やて、ジュディットが!?何処に」
「今はリシャール妃と共に。」
「はよ、行かな。マキシム!行くで」
「はい、陛下。」
「…ロール、あんたも皆終わりよ。首洗っときな。」
「……っ…」
ジュディットの命懸けの脱出によって明らかになった、ヴァレンティナの犯行。
フレデリックはいくら愛する妻だからといって許す気は無かった。
「陛下!陛下!どうか話を…!きゃっ!」
フレデリックはヴァレンティナを一発殴った。
「…お前がここまで、アホやとは思わへんかったわ。」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「…謝るのは俺だけやないやろ、リシャールと死んだ子供にもやろ、ボケ!!」
フレデリックはもう一発殴った。手加減など一切無かった。
「うぅ……!」
「…お前なぁ、自分したこと分かっとるんか。国王である俺の子供殺して…、夫である俺の顔に泥塗って、従兄のアンドレにも泥塗ってんやぞ!?分かっとるんか!?」
「は…はい…ごめんなさい……!」
ヴァレンティナは泣きながら細々と謝り続けていた。口の端は切れて出血し、鼻血も出ている。
「それに、エルビラに罪擦り付けやがって…」
フレデリックはそれでも怒りが収まらない。
「……陛下、もうやめて。」
「…リシャール。」
「ヴァレンティナ妃、この事は一生許しません。…どうか罪を償ってください。」
リシャールは涙を流しながら訴えた。
「おい、こいつ連れてけ。」
フレデリックは兵を呼び、ヴァレンティナを追放した。
「う……うぅ…っ……」
リシャールは堪えられずに泣き始めた。
「リシャール!」
暫く物を食べていないリシャールは、倒れ込んだ。フレデリックが咄嗟に抱き抱えた。
「……陛下ぁ…!」
「…リシャール。ほんまに……すまんかった…」
「返して…!…返してよぉ……!!」
リシャールはフレデリックの胸に頬を寄せて思い切り泣いた。悲しくて、辛くて、とにかく悔しかった。
怒りをも通り越したフレデリックも泣いていた。
愛する妻が自分の子を殺し、愛する妻を傷付けた。裏切られた気がして、凄く悔しかった。愛する子供に会いたかった。
「…リシャール…」
「うぅ…ぅ…っ……!」
それからヴァレンティナやこれに加担した働き蜂らは追放された。
ヴァレンティナは自分の罪を後悔し、嘆き悲しんでいたという。
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