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62.そういう運命

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 アラステアはラトリッジ侯爵邸に帰ると、すぐにベッドに入れられた。祖母は顔色の悪いアラステアにつききりで、アラステアを送って来たクリスティアンへの対応は祖父が行っている。
 クリスティアンは祖父にアラステアの状況の説明をして、すぐに王宮へ帰って行った。車の中で聞き取ったアラステアの証言も、クリスティアンから祖父に伝えられていた。


 祖父はクリスティアンを見送った後、爪で掌を傷つけるほど強く手を握りしめた。

「ステイシーの小僧が……!」
 
 ラトリッジ侯爵としての祖父は、入学時にエリオットがアラステアに暴言を投げつけるまでは、ステイシー伯爵家からの婚約の打診をはっきりと断ってはいなかった。
 エリオットがベータであることから、アラステアとの間に子どもが望めないことはわかっている。それでもどうしてもアラステアがエリオットと添いたいというのであれば、二人を結婚させて、ジェラルドの子どもか遠縁の優秀な子どもを養子にすれば良いと考えていた。そして、ステイシー伯爵にもその意図は伝わっていると思っていた。
 祖父から見れば、先にアラステアを拒んだのはエリオットだ。

 それなのに、エリオットはアラステアをこのような形で傷つけた。

 そう、ラトリッジ侯爵家はエリオット・ステイシーを許すことはできないのだ。



 アラステアは、学院の医務官からの手当てを受けてはいたが、訪れた主治医の診察を受けて異常がないとわかると、祖父も祖母も安心したような笑顔を浮かべた。
 アラステアのネックガードは、つけている者の負担にならないような薄さであるにもかかわらず、強靭な素材でできていて、更に簡単に外すことはできないようになっている。そう、それは王家や高位貴族が用いる特製のもので、例えば、ローランドがつけているものも同等のネックガードだ。エリオットは安物の薄いネックガードだと考えていたようだが、彼が持ち出したナイフでも切ることはできなかっただろう。

「事件のことを一度に何回も聞かれては、精神的に負担がありすぎます。クリスティアン殿下にお話しされているのでしたら、今日はゆっくりされてはいかがでしょうか。落ち着いてからまた侯爵閣下や侯爵夫人にお話しされれば良いでしょう」

 主治医は精神的な負担を考慮した助言とともに、数日は学院を休んだ方が良いだろうという診断結果を置いて、ラトリッジ侯爵邸を辞した。

「ステア、少しゆっくりしましょうね。何か食べたいものはないかしら」
「食べたいもの……」

 もう起きていても良いと言われたアラステアは、ソファに移動して祖母とともにお茶を供されている。お茶に口をつける様子もないアラステアは、祖母の言葉を反芻するように返事を返してから無表情で祖母の顔を見つめた。それきり何も言わないアラステアを、祖母は笑顔で見つめ返した。

「ステア……? 何も思いつかないかしらね」
「お祖母様……、僕っ……!」

 祖母を見つめていたアラステアの紫色の瞳から涙が溢れた。祖母は、ソファから立ち上がると、アラステアに駆け寄りその体を抱きしめた。

「ステア……!」
「僕、怖かった……ものすごく怖かった……!」
「ステア、もう大丈夫よ。わたしたちが必ず守ってあげますからね。
 貴方を傷つけた者を、ラトリッジ侯爵家も、そしてきっと……、王家も許さないわ……!」

 祖母はそう言うと、泣きじゃくるアラステアを抱きしめて背中を優しく撫でるのだった。


◇◇◇◇◇


「エリオット・ステイシー。君は、アラステア・ラトリッジ侯爵令息に酷い暴力を振るおうとしたという自覚はありますか」

 エリオットは、どうして王宮内騎士団からの取り調べをされているのかわからなかった。

 可愛いアリーと自分は結婚の約束をしていた。ベータだった頃は、近づくことができなかったけれど、ノエルはエリオットをアルファにしてくれた。レボリューションを起こす力によって。

『これでエリオットは、アリーと番になれるよ。僕の願いをかなえてくれたから、エリオットの願いもこれで叶うよ。そういう運命なんだ』

 ノエルはそう言ってエリオットに発情促進剤の湿布を手渡してくれた。それを使って番になれば、アリーと結婚できると。
 だからヘンリーが、アリーとエリオットが二人きりになれるようにしてくれた。
 エリオットはアリーに湿布を貼って、番になろうとしたのに、ネックガードが外せなかった。
 ナイフを出したのは、ネックガードが外れなかったからだ。可愛いアリーをエリオットが傷つけるなんて考えられない。
 だから、エリオットがアリーに酷い暴力を振るおうとしたというのは間違っている。

 どうして、アリーが泣きながら自分から逃げようとしたのか、エリオットにはわからない。

 アリー、可愛いアリー。エリオットの可愛いアリー。

 どうして、他の男の名前を呼んで助けを求めたのか、エリオットにはわからない。

 アリー、どうして、愛しいアリー。エリオットのアリー。


「アラステア・ラトリッジ侯爵令息は、クリスティアン第三王子殿下の婚約者であるという認識はあったのでしょう?」

 この騎士は何を言っているのかと、エリオットは思う。
 エリオットは幼い頃からアリーと結婚する約束をしていたのだ。少しばかり疎遠になっていたときに割り込んで来たクリスティアンとの婚約など関係ない。
 アリーはエリオットと結婚するのだ。ベータだったから疎遠になっていただけで、エリオットがアルファになってしまえば、クリスティアンなんて関係ない。関係ないんだ。
 エリオットはノエルに協力して、レボリューションを起こしてもらったんだ。
 ベータからアルファになったのだから、アリーはエリオットと番になって結婚するんだ。そういう運命なんだとノエルが教えてくれた。

「検査結果が出ました。エリオット・ステイシー、君はベータです」
「そんなはずはない! 俺は、俺はレボリューションによってアルファになったんだ! だから、アリーのオメガフェロモンの匂いもわかった!」
「しかし、王宮医局の検査技師による検査結果ですから、絶対ですよ」
「そんな、そんなはずは……」

 エリオットは、見せられた検査結果を信用できずに何度も見直す。
 何度見ても、検査結果はベータだ。
 エリオットは目を見開いたまま、はくはくと苦し気に呼吸をする。

 そしてエリオットは、崩れ落ちるように意識を失った。





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