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63.事情聴取
しおりを挟む事件があった翌日、ゆっくりと休んで落ち着いたアラステアは、今回の事件についてのことを祖父母に話すことにした。本当はあのときのことを思い出すのさえも、アラステアにとっては辛い。しかし、ヘンリーやエリオットの罪をはっきりさせるためには、アラステアの証言が必要になるのだ。
更に、弁護士を呼んでもらい正式な記録を取れば、後に何度も同じことを聞かれて傷を深めることが少ないのではないかと祖父からも勧められた。
祖父はラトリッジ侯爵家の顧問弁護士クルーズを呼び出すとともに、王宮の騎士も招いて一度に聴取を終わらせてしまうことができるように手配した。これもアラステアの精神的な負担を少なくするためである。
王宮からやってきたのは近衛騎士のグレッグ・カニンガムだ。もともとアラステアの護衛騎士として派遣されていた彼は、事件当日は非番でその任務についていなかった。
護衛の責任者でもあったグレッグは、今回の事件が起きてしまったことについて大きな責任を感じていた。本来は近衛騎士がこのような事件の事情聴取をすることはあまりないのだが、グレッグからの申し出もあり、また、アラステアの精神的な負担を考えた騎士団が特別な配慮をしてくれたのだ。
「このたびは、お守りすることができなくて申し訳ございません」
「いえ、カニンガム卿が不在のときでありましたから。それよりも、僕の事情聴取をよろしくお願いします」
「かしこまりました……」
「カニンガム卿であれば、僕も落ち着いて話をすることができます。知らない人だと不安になるので……」
「アラステア様、誠意をもってこのお役目を務めさせていただきます」
アラステアの儚い微笑に、グレッグは胸を痛めた。
グレッグは、供述のために無理をしているのであろうアラステアに負担がかからないようにと考えながら、聴取を進めることにした。
アラステアは祖母と、なぜか仕事を休んだらしいジェラルドに挟まれた形で座り、グレッグからの聴取に応じた。強引な聴取はなかったため、クルーズもアラステアの供述を補強する程度の質問をするだけであった。しかし、アラステアには聞かれたことに答えるために事件のことを思い出すため、かなりの精神的負担があったようだ。震える手を祖母に握ってもらい、言葉に詰まった時はジェラルドに背中を撫でてもらい、ようやくアラステアは供述を終えることができたのだ。
アラステアにとって、聴取の時間はとても長く感じ、酷く辛かった。しかし、これまでの貴族らしい振る舞いをする訓練のおかげで、美しい姿勢のまま表情を崩さずに発言できたことを祖父に評価されたことが、アラステアにとっては救いだった。
「お祖父様、お祖母様、お兄様。ありがとうございます」
アラステアは家族の配慮に感謝する。そして、思わず涙を零してしまった。
「ステア、もう家族しかいないから、泣いても大丈夫よ」
祖母の優しい声を聞いて、アラステアは涙が止まらなくなってしまう。泣いた後に目が腫れないようにとジェラルドは柔らかいハンカチでアラステアの目元を押さえ、祖父は侍女に新しいお茶を用意させる。
酷い事件に巻き込まれたものの、皆が自分を守り、いたわってくれることにアラステアは深く感謝した。
「そんなに強い薬だったなんて聞いてない!」
ヘンリーは、自分がアラステアに嗅がせた薬が、軍が暴れる敵兵を大人しくさせる時に使用するような薬だということをアルフレッドから聞いて、大きな声を上げた。
ヘンリーはファクツ皇国の皇族だ。明らかに犯罪に加担するような行動を取ったのではあるが、どれほどのことを知っていたのかを確認するのに騎士に尋問をさせるわけにはいかない。アルフレッドがオネスト王国の外交官とともに事情聴取をし、ファクツの大使が同席する形でヘンリーからは話を聞いている。
「アラステア・ラトリッジ侯爵令息はエリオット・ステイシーから酷い暴力を受けた。クリスティアンが早い段階で救助することができたのは運が良かった。場合によっては、二度と人前に出ることはできなかったかもしれない」
アルフレッドは、ヘンリーにエリオットがアラステアに何をしようとしたのかを語った。話が進むにつれて、ヘンリーの顔がみるみる青褪めていく。
「え? ……え? エリオットはアラステアと仲直りしたかったんじゃないのか? そんな暴力を振るったら、完全に縁が切れてしまうじゃないか。
何で、どうして、そんなことをしたんだ……?」
アルフレッドから事件の概要を聞いたヘンリーは青褪めた顔で、使用した薬は一瞬眩暈がするだけのものだと思っていたということと、エリオットとアラステアはただ話し合いをするだけだと思っていたということを何度も繰り返した。
「ヘンリー殿下が考えていらっしゃったことがそうであったとしても、王子の婚約者である侯爵令息が受けた暴力を考えると何もなかったことにはできない。
それはおわかりいただけますね」
「あ、ああ。わかりました……」
「ここに来たのがクリスティアンでないことは、我らの恩情だと思っていただきたい」
ヘンリーは無惨に萎れ、アルフレッドの言葉に頷いた。そしてヘンリーは、あの婚約者を溺愛している第三王子がこの場にいたら、どのようなことになっていたかを考えて身を震わせた。
「あの薬はどうやって手に入れたのだい?」
「あれは……、ノエルが……」
「ノエル、ノエル・レイトン男爵令息が?」
「そうだ。いや、しかしノエルはどこであんな薬を……」
アルフレッドの質問に答えたヘンリーは、ノエルが軍で使う劇薬を持っていたことに戸惑いを隠せなかったのだ。
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