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第9部 夢の先にあるもの
5-4そのまばゆい光が全ての闇を切り裂くのだろうか?
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早朝の五時。今日は、目覚ましが鳴る前に、自然に目が覚めた。いつもなら、しばらくボーッとしているが、今朝はすぐに跳ね起き、バルコニーに向かった。海からは、暖かい風が吹いて来ている。
意識を集中すると、たくさんの風の精霊たちが、元気に飛び回る姿が見えた。今日は、やや動きが速いので、風が強くなるかもしれない。
私は、大きく深呼吸したあと『よし、行くぞ!』と、気合を入れ、軽く頬を叩いた。一階に行き洗顔したあと、買い置きのパンで、さっと朝食を済ませる。食事を終えると、制服に着替え、鏡の前に立ち、入念に身支度を整えた。
いつもなら、このまま出社するところだが、今日は、本業はお休みだ。その代わり〈シルフィード協会〉に、出向かなければならない。いよいよ『グランド・エンプレス』の、昇進面接が行われるからだ。
ただ、プリンセスの昇進の時とは違い、今回は、何一つ対策をしていない。質問の内容は、全く予想していないし。回答についても、一切、準備していなかった。つまり、完全に、ぶっつけ本番だ。
いくら本番に強い性格とはいえ、何の準備もないので、不安はある。でも、エンプレスの昇進は、通常の上位階級とは、全く意味合いが違う。飾ってよく見せることよりも、自分自身の、決意や覚悟を示すことが、最も大事だと思うからだ。
面接の当日は、滅茶苦茶、緊張すると思ったけど、不思議と心が穏やかだった。自分の気持ちは、完全に固まり、気持ちもスッキリしている。あとは、自分の想いを、素直に伝えるだけだ。
仮に、それで落ちてしまったとしても、何の悔いもない。より適任者が、エンプレスをやればいいだけだ。それに、どんな立場であろうとも『世界中の人を幸せにする』という想いは、全く変わらない。自分がやれることを、やるだけだ。
しばらく、スピでニュースなどを見て、いつも通りに、穏やかに過ごす。ほどよい時間になると、静かに、家をあとにするのだった……。
*******
私は、エア・カートに乗り〈シルフィード協会〉に、向かっていた。面接は、十時から行われる。以前は、一時間以上、前に行っていたけど。今日は、割とのんびりで、三十分前ぐらいに、入室の予定だ。
いまさら、焦ってもしょうがないし。今日は、心が物凄く落ち着いている。五感も、いつもより、研ぎ澄まされている気がした。しっかり、決意を固めたからだろうか? とても晴れ晴れした気分で、すこぶる調子がいい。
だが、順調に飛行していると、ふと、違和感を覚えた。何となく、いやな感じがするのだ。私は、西のほうに視線を向けた。
「向こうって〈南地区〉だよね? 何だろう、この感じ? 確か、地震後にも、こんな感覚が――」
地震のあと、私は、がれきの中から、生き埋めになっていた人を、何度も見つけ出した。その時の感覚に、似ている気がするのだ。
「どうしよう……? まだ、一応、時間はあるけど。とても大事な面接だし――」
時計を見ると、時間は、九時十五分。このままいけば、ニ十分ごろには〈シルフィード協会〉に、到着する予定だ。
速度を落とし、少し考える。今日は、私の人生にとって、最も大切な日だ。何があっても、遅れる訳には行かなかった。ただの直感で、動いている場合じゃない。でも、もし、私の勘が当たっていたら――。
ここ最近の、私の勘は、異常なほどよく当たる。しかも、当たるのは、ことごとく、悪い出来事ばかりだ。
「えぇーい、ままよ。急げば、まだ、間に合うし」
私は、すぐにハンドルを切って、進路を変え、スピードを上げた。
しばらく進んで行くと〈南地区〉に入った。私は、勘だけを頼りに、町の上空を飛んでいた。下に見えるのは、閑静な高級住宅街だ。
こんな静かなところで、何があるというのだろうか? 特に、変わった様子は見えない。しかも、午前中なので、人通りも全くない。
眼下を慎重に見ながら、ゆっくり飛んでいると、ある場所で視線がとまった。動いていないので、危うく見落とすところだったが、よく見ると、人が道でうずくまっていた。
「大変! 具合が悪いのかも?」
私は、急いでエア・カートを下降させる。着陸すると、すぐに機体を降り、うずくまっていた女性のもとに、駆け寄った。
「大丈夫ですか? しっかりして下さい!」
よく見ると、女性のお腹は、とても大きかった。どうやら、妊婦さんのようだ。
「う……急に、陣痛が――始まって……」
「分かりました。少しだけ待っていてください」
私は、マギコンを取り出すと、レスキュー要請をしようとした。だが、思いとどまり、一瞬、考える。
確か、このすぐそばに〈南地区市民病院〉が、あったはずだ。レスキューの到着には、数分から、場合によっては、十分以上かかる。私が直接、連れて行ってあげれば、五分も掛からずに行けるはず――。
「私が、病院にお連れします。立てますか?」
「えぇ……何とか」
私は、彼女に肩を貸すと、ゆっくりと立ち上がらせる。カートの助手席に乗せると、すぐに、空に舞い上がった。私は、機体を揺らさないように、細心の注意を払いながらも、大急ぎで、病院に向かうのだった――。
******
私は、全速力で、エア・カートを飛ばしていた。スピード超過のアラームが、けたたましく鳴るが、そんなことを、気にしている場合ではない。今は、一刻も早く、孫の元に、向かわなければならないからだ。
今日は〈シルフィード協会〉で、理事会が行われる。『グランド・エンプレス』の昇進面接だ。今回やって来るのは、例のいけ好かない、異世界人の小娘だった。それを考えると、朝から気分が悪くなる。
先日の会議では、結局、時流に乗って、あの小娘が、候補として選出されたのだ。『白金の薔薇』も、なぜか、彼女を推していた。自分の優秀な娘を差し置いてまで、何を考えているのか、さっぱり分からない。
ちょうど、協会へ向かおうと家を出た時、連絡が入った。孫のイザベラが、急に陣痛が始まり、病院に運ばれたらしい。
幸いにも、通りかかった人に、病院まで、連れて行ってもらったそうだ。しかし、元々体の弱い子なので、何があるか分からないし。私にとっては、大事な初孫だった。なにより、彼女は、私に物凄くなついている。
小さいころから、おじいちゃんっ子で、目に入れても痛くないぐらいの、とても可愛い孫なのだ。私も、彼女をかわいがり、望むことは、何でもしてあげた。
この際、異世界人の昇進なんか、どうでもいい。それよりも、まずは、大事な孫の安否の確認が先だ。ほどなくして〈南地区市民病院〉が見えて来る。
「まったく、こんな古いところではなく、もっと、いい病院があるだろうに。あとで、転院の手続きをせねばな」
私は、急いで着陸させると、病院に駆け込んで行くのだった……。
******
私は、少し息を切らせながら、病棟の三階に来ていた。受付で聴いたところ、すでに、出産は終わり、このフロアの『303号室』にいるらしい。
早足で廊下を進み、部屋の前に着くと、空中モニターで孫の名前を確認し、すぐに、扉を開けた。中は、割と広々した個室だった。そこのベッドの上には、上半身を起こした、孫の姿が見えた。顔色もよく、特に問題はなさそうだ。
「イザベラ――。体は……大丈夫なのか?」
私は、息を荒げながら、彼女に尋ねる。
「あら、おじいちゃん、早かったのね。というか、凄く息が上がってない?」
「それは――そうだ。最速で……飛んできたのだからな――」
「そんな、大げさな。ただの出産よ。子供も無事で、今は保育器の中で寝てるわ」
イザベラは、笑みを浮かていべる。思ったよりも、元気そうだ。どうやら、出産は、無事に終わったらしい。私は、フーッと、息を吐きだした。
「だが……道で倒れていたと聞いたが――?」
「倒れていたのではなく、ただ、うずくまっていただけよ。でも、通りがかりの親切な人が、病院まで、エア・カートで連れてきてくれたの」
「その人は、どうしたんだ……?」
「今、飲み物を、買いに行ってくれているわ。すぐに、戻ってくると思うけど」
彼女がそう言った直後、扉が開いて、一人の若い女性が入って来た。腕には、数本の、ペットボトルを抱えている。彼女は、シルフィードの制服を着ていた。しかも、見覚えのある顔だった。
「――なぜ、貴様がここにいる!?」
「えっ!? あなたこそ、何でここに……?」
向こうも予想外だったらしく、とても驚いた表情を浮かべていた。
「彼女が、私を病院に連れてきてくれたのよ」
「なん――だと……?」
よりによって、この異世界人が、私の大事な孫を――?
「もしかして、二人は、お知り合いなんですか?」
「あぁ、この人はね、私のおじいちゃん。風歌さんたちも、顔見知りなの?」
「えぇ、同業者ですから」
「それも、そうよね。おじいちゃん、協会の理事だし。シルフィードの知り合いも、多いですものね」
イザベラは、笑顔で頷いている。
「えーっと、どの飲み物がいいか、分からなかったから、色々買ってきました。どれがいいですか?」
「じゃあ、そのエナジードリンク、お願いします。ちょっと、パワーをつけたくて」
二人は笑顔で、ずいぶんと、親し気に話していた。今日、会ったばかりだというのに、いつの間に、こんなに仲良く……?
「それよりも、貴様、ここで何をしているのだ? 今日は、大事な昇進面接だろう? なぜ、さっさと、協会に向かわなかった? 放っておいても、自分でレスキューを呼んだだろうし。誰か、通りかかった別の者が、見つけただろう」
相変わらず、非常識な小娘だ。エンプレスが、いかに重要な立場か、分かっていないのだろうか? こんな小事に、構っている場合では、ないだろうに。
「人の命以上に、大事なものなんて有りませんよ。人を見捨てるぐらいなら、私は、昇進しないでいいです」
「はっ?! 何を言っているのだ、貴様は! エンプレスが、どれほどの地位か、分かっていないのか? 望んでなれるものでは、ないのだぞ」
エンプレスとは、シルフィードなら誰もが憧れ、切望する立場。その地位に就けば、絶大な権力・名声・富が手に入る。そのチャンスを、みすみす手放す馬鹿などいない。
「私は、世界中の人を幸せにするために、シルフィードをやっています。だから、誰かを犠牲にしてまで、地位を手に入れたいとは、思いません。それに、いくらエンプレスとはいえ、しょせんは、ただの肩書きですから」
「そんな肩書きのために、自分の信念を曲げてしまったら、シルフィードをやっている意味がありません。それに、もし、これで昇進がダメになるなら、そういう運命だったのだと思います」
彼女は、何の迷いなく、あっさり答えた。相変わらず、生意気な小娘だ。だが、私は、返す言葉に詰まってしまった。
私が、気圧されている? こんな、小娘に――?
以前、会った時とは、別人のようだった。妙に落ち着き払い、威厳と自信に満ちあふれている。まるで、ベテランのシルフィードを、相手にしているような感覚だった。
「風歌さん、もしかして、今日、エンプレスの昇進面接だったの?」
「えぇ、まぁ。十時からなんで、ちょっと、時間すぎちゃいましたけど」
「そんな、私のせいで……」
「別に、イザベラさんのせいじゃ、ありませんよ。無事に子供が生まれたんだから、良かったじゃないですか」
如月風歌は、特に動じた様子もなく、笑顔で答えている。
「ちょっと、おじいちゃん。何とかしてよ!」
「えっ――何とかって?」
「おじいちゃんも、理事なんでしょ。ほら、早く、協会に連絡して!」
「いや……しかしだな。うむ――」
イザベラに睨まれて、私は、渋々マギコンを取り出すと、議長に連絡を入れた。
『あぁ、議長、おはようございます。実は、孫の急な出産で、今、病院におりまして。えぇ、それなら知っています。ちょうど今、私の隣にいますので』
『どうやら、彼女が、孫を病院に運んでくれたようで。えぇ、大変、申し訳ないが、面接は、少し時間を延期して貰えないでしょうか? 今から、彼女と協会に向かいますので。他の理事たちにも、事情の説明を……』
『あと、人命を救うための、緊急事態の行為なので。遅刻の件は、どうか、面接の評価には入れないよう、お願いしたい――。えぇ、では、後ほど……』
私は、通信を切ると、大きく息を吐きだした。
まったく、何で私が、こんな尻ぬぐいを、せねばならないのだ。しかも、あの議長に、頭まで下げて――。
とはいえ、イザベラを救ってくれたのも事実だ。それに、借りは作りたくはない。だが、何なのだ、この不思議な感情は……?
一瞬、彼女が、光り輝いて見えてしまった。もし、彼女が、皆の頂点に立ったら、どんな世界になるのだろうか? もしや『白金の薔薇』も、彼女に、光を見たのだろうか――?
「連絡は入れておいた。面接は、時間を延期してくれるそうだ。今すぐ、協会に向かえ。私は、あとから行く」
私は、少し不機嫌に、如月風歌に声を掛けた。
「お気遣い、ありがとうございます。ゴドウィン理事」
彼女は立ち上がると、静かに頭を下げる。
「おじいちゃんも、行って。大事な会議なんでしょ?」
「だが……付き添いが必要だろう」
「大丈夫。私は、見ての通り元気だし。すぐに、お母さんが来るから」
イザベラは、元気な笑顔を浮かべた。本当は、ずっと、そばに居たいのだが。今日は、私にとっても、大事な会議だ。
「おい、ぼさっとしてないで、さっさと行くぞ」
「あぁ、はい」
私は、後ろ髪を引かれる思いだったが、踵を返し、部屋を出る。
まったく、手の掛かる小娘だ。個人的には、いけ好かないが。彼女は、今のこの世界には、必要な人材なのだろうか?
だが、慎重に決めねばならない。この業界が、いや、世界の行く末が、大きく変わるかもしれないのだから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『この世界のためなら私の全人生を懸けてもいいと思う』
人生とは人のために生きるから人生なのだ
意識を集中すると、たくさんの風の精霊たちが、元気に飛び回る姿が見えた。今日は、やや動きが速いので、風が強くなるかもしれない。
私は、大きく深呼吸したあと『よし、行くぞ!』と、気合を入れ、軽く頬を叩いた。一階に行き洗顔したあと、買い置きのパンで、さっと朝食を済ませる。食事を終えると、制服に着替え、鏡の前に立ち、入念に身支度を整えた。
いつもなら、このまま出社するところだが、今日は、本業はお休みだ。その代わり〈シルフィード協会〉に、出向かなければならない。いよいよ『グランド・エンプレス』の、昇進面接が行われるからだ。
ただ、プリンセスの昇進の時とは違い、今回は、何一つ対策をしていない。質問の内容は、全く予想していないし。回答についても、一切、準備していなかった。つまり、完全に、ぶっつけ本番だ。
いくら本番に強い性格とはいえ、何の準備もないので、不安はある。でも、エンプレスの昇進は、通常の上位階級とは、全く意味合いが違う。飾ってよく見せることよりも、自分自身の、決意や覚悟を示すことが、最も大事だと思うからだ。
面接の当日は、滅茶苦茶、緊張すると思ったけど、不思議と心が穏やかだった。自分の気持ちは、完全に固まり、気持ちもスッキリしている。あとは、自分の想いを、素直に伝えるだけだ。
仮に、それで落ちてしまったとしても、何の悔いもない。より適任者が、エンプレスをやればいいだけだ。それに、どんな立場であろうとも『世界中の人を幸せにする』という想いは、全く変わらない。自分がやれることを、やるだけだ。
しばらく、スピでニュースなどを見て、いつも通りに、穏やかに過ごす。ほどよい時間になると、静かに、家をあとにするのだった……。
*******
私は、エア・カートに乗り〈シルフィード協会〉に、向かっていた。面接は、十時から行われる。以前は、一時間以上、前に行っていたけど。今日は、割とのんびりで、三十分前ぐらいに、入室の予定だ。
いまさら、焦ってもしょうがないし。今日は、心が物凄く落ち着いている。五感も、いつもより、研ぎ澄まされている気がした。しっかり、決意を固めたからだろうか? とても晴れ晴れした気分で、すこぶる調子がいい。
だが、順調に飛行していると、ふと、違和感を覚えた。何となく、いやな感じがするのだ。私は、西のほうに視線を向けた。
「向こうって〈南地区〉だよね? 何だろう、この感じ? 確か、地震後にも、こんな感覚が――」
地震のあと、私は、がれきの中から、生き埋めになっていた人を、何度も見つけ出した。その時の感覚に、似ている気がするのだ。
「どうしよう……? まだ、一応、時間はあるけど。とても大事な面接だし――」
時計を見ると、時間は、九時十五分。このままいけば、ニ十分ごろには〈シルフィード協会〉に、到着する予定だ。
速度を落とし、少し考える。今日は、私の人生にとって、最も大切な日だ。何があっても、遅れる訳には行かなかった。ただの直感で、動いている場合じゃない。でも、もし、私の勘が当たっていたら――。
ここ最近の、私の勘は、異常なほどよく当たる。しかも、当たるのは、ことごとく、悪い出来事ばかりだ。
「えぇーい、ままよ。急げば、まだ、間に合うし」
私は、すぐにハンドルを切って、進路を変え、スピードを上げた。
しばらく進んで行くと〈南地区〉に入った。私は、勘だけを頼りに、町の上空を飛んでいた。下に見えるのは、閑静な高級住宅街だ。
こんな静かなところで、何があるというのだろうか? 特に、変わった様子は見えない。しかも、午前中なので、人通りも全くない。
眼下を慎重に見ながら、ゆっくり飛んでいると、ある場所で視線がとまった。動いていないので、危うく見落とすところだったが、よく見ると、人が道でうずくまっていた。
「大変! 具合が悪いのかも?」
私は、急いでエア・カートを下降させる。着陸すると、すぐに機体を降り、うずくまっていた女性のもとに、駆け寄った。
「大丈夫ですか? しっかりして下さい!」
よく見ると、女性のお腹は、とても大きかった。どうやら、妊婦さんのようだ。
「う……急に、陣痛が――始まって……」
「分かりました。少しだけ待っていてください」
私は、マギコンを取り出すと、レスキュー要請をしようとした。だが、思いとどまり、一瞬、考える。
確か、このすぐそばに〈南地区市民病院〉が、あったはずだ。レスキューの到着には、数分から、場合によっては、十分以上かかる。私が直接、連れて行ってあげれば、五分も掛からずに行けるはず――。
「私が、病院にお連れします。立てますか?」
「えぇ……何とか」
私は、彼女に肩を貸すと、ゆっくりと立ち上がらせる。カートの助手席に乗せると、すぐに、空に舞い上がった。私は、機体を揺らさないように、細心の注意を払いながらも、大急ぎで、病院に向かうのだった――。
******
私は、全速力で、エア・カートを飛ばしていた。スピード超過のアラームが、けたたましく鳴るが、そんなことを、気にしている場合ではない。今は、一刻も早く、孫の元に、向かわなければならないからだ。
今日は〈シルフィード協会〉で、理事会が行われる。『グランド・エンプレス』の昇進面接だ。今回やって来るのは、例のいけ好かない、異世界人の小娘だった。それを考えると、朝から気分が悪くなる。
先日の会議では、結局、時流に乗って、あの小娘が、候補として選出されたのだ。『白金の薔薇』も、なぜか、彼女を推していた。自分の優秀な娘を差し置いてまで、何を考えているのか、さっぱり分からない。
ちょうど、協会へ向かおうと家を出た時、連絡が入った。孫のイザベラが、急に陣痛が始まり、病院に運ばれたらしい。
幸いにも、通りかかった人に、病院まで、連れて行ってもらったそうだ。しかし、元々体の弱い子なので、何があるか分からないし。私にとっては、大事な初孫だった。なにより、彼女は、私に物凄くなついている。
小さいころから、おじいちゃんっ子で、目に入れても痛くないぐらいの、とても可愛い孫なのだ。私も、彼女をかわいがり、望むことは、何でもしてあげた。
この際、異世界人の昇進なんか、どうでもいい。それよりも、まずは、大事な孫の安否の確認が先だ。ほどなくして〈南地区市民病院〉が見えて来る。
「まったく、こんな古いところではなく、もっと、いい病院があるだろうに。あとで、転院の手続きをせねばな」
私は、急いで着陸させると、病院に駆け込んで行くのだった……。
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私は、少し息を切らせながら、病棟の三階に来ていた。受付で聴いたところ、すでに、出産は終わり、このフロアの『303号室』にいるらしい。
早足で廊下を進み、部屋の前に着くと、空中モニターで孫の名前を確認し、すぐに、扉を開けた。中は、割と広々した個室だった。そこのベッドの上には、上半身を起こした、孫の姿が見えた。顔色もよく、特に問題はなさそうだ。
「イザベラ――。体は……大丈夫なのか?」
私は、息を荒げながら、彼女に尋ねる。
「あら、おじいちゃん、早かったのね。というか、凄く息が上がってない?」
「それは――そうだ。最速で……飛んできたのだからな――」
「そんな、大げさな。ただの出産よ。子供も無事で、今は保育器の中で寝てるわ」
イザベラは、笑みを浮かていべる。思ったよりも、元気そうだ。どうやら、出産は、無事に終わったらしい。私は、フーッと、息を吐きだした。
「だが……道で倒れていたと聞いたが――?」
「倒れていたのではなく、ただ、うずくまっていただけよ。でも、通りがかりの親切な人が、病院まで、エア・カートで連れてきてくれたの」
「その人は、どうしたんだ……?」
「今、飲み物を、買いに行ってくれているわ。すぐに、戻ってくると思うけど」
彼女がそう言った直後、扉が開いて、一人の若い女性が入って来た。腕には、数本の、ペットボトルを抱えている。彼女は、シルフィードの制服を着ていた。しかも、見覚えのある顔だった。
「――なぜ、貴様がここにいる!?」
「えっ!? あなたこそ、何でここに……?」
向こうも予想外だったらしく、とても驚いた表情を浮かべていた。
「彼女が、私を病院に連れてきてくれたのよ」
「なん――だと……?」
よりによって、この異世界人が、私の大事な孫を――?
「もしかして、二人は、お知り合いなんですか?」
「あぁ、この人はね、私のおじいちゃん。風歌さんたちも、顔見知りなの?」
「えぇ、同業者ですから」
「それも、そうよね。おじいちゃん、協会の理事だし。シルフィードの知り合いも、多いですものね」
イザベラは、笑顔で頷いている。
「えーっと、どの飲み物がいいか、分からなかったから、色々買ってきました。どれがいいですか?」
「じゃあ、そのエナジードリンク、お願いします。ちょっと、パワーをつけたくて」
二人は笑顔で、ずいぶんと、親し気に話していた。今日、会ったばかりだというのに、いつの間に、こんなに仲良く……?
「それよりも、貴様、ここで何をしているのだ? 今日は、大事な昇進面接だろう? なぜ、さっさと、協会に向かわなかった? 放っておいても、自分でレスキューを呼んだだろうし。誰か、通りかかった別の者が、見つけただろう」
相変わらず、非常識な小娘だ。エンプレスが、いかに重要な立場か、分かっていないのだろうか? こんな小事に、構っている場合では、ないだろうに。
「人の命以上に、大事なものなんて有りませんよ。人を見捨てるぐらいなら、私は、昇進しないでいいです」
「はっ?! 何を言っているのだ、貴様は! エンプレスが、どれほどの地位か、分かっていないのか? 望んでなれるものでは、ないのだぞ」
エンプレスとは、シルフィードなら誰もが憧れ、切望する立場。その地位に就けば、絶大な権力・名声・富が手に入る。そのチャンスを、みすみす手放す馬鹿などいない。
「私は、世界中の人を幸せにするために、シルフィードをやっています。だから、誰かを犠牲にしてまで、地位を手に入れたいとは、思いません。それに、いくらエンプレスとはいえ、しょせんは、ただの肩書きですから」
「そんな肩書きのために、自分の信念を曲げてしまったら、シルフィードをやっている意味がありません。それに、もし、これで昇進がダメになるなら、そういう運命だったのだと思います」
彼女は、何の迷いなく、あっさり答えた。相変わらず、生意気な小娘だ。だが、私は、返す言葉に詰まってしまった。
私が、気圧されている? こんな、小娘に――?
以前、会った時とは、別人のようだった。妙に落ち着き払い、威厳と自信に満ちあふれている。まるで、ベテランのシルフィードを、相手にしているような感覚だった。
「風歌さん、もしかして、今日、エンプレスの昇進面接だったの?」
「えぇ、まぁ。十時からなんで、ちょっと、時間すぎちゃいましたけど」
「そんな、私のせいで……」
「別に、イザベラさんのせいじゃ、ありませんよ。無事に子供が生まれたんだから、良かったじゃないですか」
如月風歌は、特に動じた様子もなく、笑顔で答えている。
「ちょっと、おじいちゃん。何とかしてよ!」
「えっ――何とかって?」
「おじいちゃんも、理事なんでしょ。ほら、早く、協会に連絡して!」
「いや……しかしだな。うむ――」
イザベラに睨まれて、私は、渋々マギコンを取り出すと、議長に連絡を入れた。
『あぁ、議長、おはようございます。実は、孫の急な出産で、今、病院におりまして。えぇ、それなら知っています。ちょうど今、私の隣にいますので』
『どうやら、彼女が、孫を病院に運んでくれたようで。えぇ、大変、申し訳ないが、面接は、少し時間を延期して貰えないでしょうか? 今から、彼女と協会に向かいますので。他の理事たちにも、事情の説明を……』
『あと、人命を救うための、緊急事態の行為なので。遅刻の件は、どうか、面接の評価には入れないよう、お願いしたい――。えぇ、では、後ほど……』
私は、通信を切ると、大きく息を吐きだした。
まったく、何で私が、こんな尻ぬぐいを、せねばならないのだ。しかも、あの議長に、頭まで下げて――。
とはいえ、イザベラを救ってくれたのも事実だ。それに、借りは作りたくはない。だが、何なのだ、この不思議な感情は……?
一瞬、彼女が、光り輝いて見えてしまった。もし、彼女が、皆の頂点に立ったら、どんな世界になるのだろうか? もしや『白金の薔薇』も、彼女に、光を見たのだろうか――?
「連絡は入れておいた。面接は、時間を延期してくれるそうだ。今すぐ、協会に向かえ。私は、あとから行く」
私は、少し不機嫌に、如月風歌に声を掛けた。
「お気遣い、ありがとうございます。ゴドウィン理事」
彼女は立ち上がると、静かに頭を下げる。
「おじいちゃんも、行って。大事な会議なんでしょ?」
「だが……付き添いが必要だろう」
「大丈夫。私は、見ての通り元気だし。すぐに、お母さんが来るから」
イザベラは、元気な笑顔を浮かべた。本当は、ずっと、そばに居たいのだが。今日は、私にとっても、大事な会議だ。
「おい、ぼさっとしてないで、さっさと行くぞ」
「あぁ、はい」
私は、後ろ髪を引かれる思いだったが、踵を返し、部屋を出る。
まったく、手の掛かる小娘だ。個人的には、いけ好かないが。彼女は、今のこの世界には、必要な人材なのだろうか?
だが、慎重に決めねばならない。この業界が、いや、世界の行く末が、大きく変わるかもしれないのだから……。
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次回――
『この世界のためなら私の全人生を懸けてもいいと思う』
人生とは人のために生きるから人生なのだ
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第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
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凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
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