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第8部 分かたれる道
3-5変わるためには過去を捨てなきゃダメなんだろうか?
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夕方、六時過ぎ。私は、湯船につかって、のんびり、くつろいでいた。仕事後のお風呂は、最高に気持ちがいい。まるで、お湯が、体に染み込んでくるような感じがする。身も心も温かくなって、だんだん、眠くなって来た。
一瞬、気を失いそうになるが、ハッとして、気持ちを引き締める。ここは、ノーラさんの部屋のお風呂なので、居眠りする訳にはいかない。
今日は、会社から帰宅途中、いきなり雨が降ってきた。しかも、かなり大粒で、ずぶ濡れになってしまった。エア・ドルフィンは、小回りもきくし、風が気持ちいのが、最大の利点だ。でも、雨の日には、弱いんだよね。
とはいえ、私は、屋根付きの、エア・カートなんて、持ってないし。未だに、借り物の、年季の入った、エア・ドルフィンに乗っている。
ちょうど、アパートに駆け込んだところで、偶然、ノーラさんと出会った。全身びしょ濡れの姿を見て、ちょっと笑われたけど。夕飯に誘ってくれたうえに、お風呂と洗濯機も、貸してくれた。
いつもは、会社のシャワーを使ってるし。洗濯も、コイン・ランドリーに行かないとならないから、物凄くありがたい。
私は、お風呂を出ると、髪と体を念入りに拭いて、置いてあった、トレーナーに着替える。これは、ノーラさんが、貸してくれたものだ。若干、大きめなので、腕をまくり、ひざは折りたたむ。でも、動きやすいので、ちょうどいい。
奥のほうからは、すでに、いい香りが漂ってきていた。キッチンに向かうと、夕飯の準備をしているノーラさんに、元気に声を掛ける。
「お風呂と洗濯機、ありがとうございました。夕飯に招いていただいたうえに、なんか、すいません」
「別に、構わないよ。それより、シルフィードをやってるなら、天気予報ぐらい、ちゃんと確認しな」
「仕事中は、マメに確認するんですけど。仕事終わりは、ノーチェックでした。『家まで、ギリギリもつかなぁー』なんて思って」
「上位階級の人間が、ずぶ濡れになって空を飛ぶなんて、あり得ないだろ。もし、他の人間に見られたら、どうするんだ? 一般階級とは、立場が違うんだぞ」
「はい……ごもっともです」
仕事中だけではなく、プライベートまで、細心の注意を払わなければならないのが、上位階級の大変なところだ。
とはいえ、仕事が終わると、完全に、気が抜けちゃうんだよねぇ。私の場合、ナギサちゃんみたいに、四六時中、シャキッとするのって難しい。プライベートの時の行動は、見習い時代と、全く変わらないもんねぇ。
ほどなくして、準備が整うと、二人でお祈りをして、食事を始める。相変わらず、ノーラさんの作る料理は、ボリューム満点だ。しかも、どれも、滅茶苦茶、美味しい。
私は、今でも、一日三食、パン生活を続けていた。お金がない訳ではなく、単に、用意するのが面倒なのと、慣れてしまったからだ。パン屋なら、町中の至る所にあるし。片手でサッと食べられて、楽だからだ。
それに、私って、お腹さえ膨れれば、何でもOKなんだよね。もちろん、美味しい物は、大好きだけど。好き嫌いがないから、何でも美味しく感じてしまう。
ちなみに、上位階級になると、シルフィード協会から『上位階級手当』が出る。『基本手当』の他に、イベントに参加するたびに『特別手当』まで貰えるのだ。なので、手当だけでも、結構な額になる。
加えて、MVや雑誌の取材も、全てお金が発生する。写真・映像・インタビューの掲載などは『ライセンス料』が必要だからだ。
会社のお給料も『スカイ・プリンセス』になってから、かなり増えた。その上、副収入も色々あって、月収も、軽く百万ベルを越えている。最初は、あまりの額に、オロオロしてたけど。これでも、上位階級の中では、かなり少ないほうだ。
ただ、収入はあっても、日々の仕事が忙しいので、使ってる暇がないし。今の生活に、充分、満足しているので、特に変えるつもりはない。
なので、見習い時代と、生活水準は、ほどんど変わっていなかった。まぁ、一番の理由は、生活環境を変えるのが、面倒なだけなんだよね。
「最近、仕事は、どうなんだい?」
「お蔭さまで、とても順調です。まだ、リリーシャさんほどでは、ないですけど。予約も、埋まってますし。固定のお客様も、少しずつ、増えてきました」
最初は、色々話題になっていたので、物珍しさで来る人も、多かったけど。最近は、リピーターが、徐々に増えて来ている。
本当に重要なのは、お客様の数ではない。何度も指名してくれる、固定のファンを増やすことだ。とはいえ、実際には、かなり難しい。なぜなら、うちの会社には、大看板の、リリーシャさんがいるからだ。
階級も上だし、知名度も、圧倒的な差がある。加えて、能力も、気品も、見た目も、全てにおいて、リリーシャさんのほうが上。当然、より優れた人を指名するのは、誰だって同じことだ。
「昇進して、半年以上たってるんだから、当然だ。だが、私生活のほうは、全く進歩がないみたいだな。相変わらず、パンばかり食べてるのか?」
「んー、そうですね。たまに、友達と外食に行く以外は、三食パンです。まぁ、サッと食べられて、楽なのもありますし。あー、でも、たまにスーパーに行って、半額のお弁当も、買ってきたりしますよ」
数量限定のタイムセールや、閉店間際の半額セールは、掘り出し物が多く、なかなか熱い。今の時期だと、翌朝までもつので、夜買ったのを、朝ご飯にもできるし。
私は、意気揚々と話すが、ノーラさんは、大きなため息をついた。
「はぁー……。お前、上位階級の自覚が、全くないな。それじゃ、見習い時代と、何も変わってないじゃないか?」
「いえ、ちゃんと、変わってますよ。接客や仕事のクオリティは、格段に上がってますし。プライベートは――あまり、変わってませんけど。一応、初心を保つためもあるので」
質素な食生活をするのも。部屋に何も置かずに、シンプルな生活をしているのも。最初ころの、強い意思や、ハングリー精神を、忘れないためだ。
本当は、保存庫やクッキング・プレートも、欲しいんだけど。それは、我慢している。不便な生活のほうが、気持ちが、引き締まるからだ。パンとベッドさえあれば、どうにでもなるからね。
「初心とは、心の持ちようの問題で、生活スタイルとは、何も関係ないものだ。前にも言っただろ。自分の立場にあった、生活をしろと」
「今の生活が『スカイ・プリンセス』に、本当に、相応しいものなのか? お前のファンが、喜ぶものなのか? 正々堂々、見せられるのか?」
ノーラさんは、険しい表情で、尋ねてくる。
「うっ……それは。でも、気を緩めたくないんです。贅沢なんかしたら、ダメになっちゃいそうで。それに、外で正しく振る舞っていれば、家の中のことは、さほど、問題ないように思うんですけど――」
私は、公私は、しっかりと、けじめを付けていた。特に、上位階級になってからは、物凄く気を付けている。
「誰も、贅沢しろとは、言ってないだろ。そもそも、ちょっとの贅沢ぐらいで、ダメになるなら、自分自身がダメなんだ。どんな生活、どんな環境にあろうとも、気を引き締める。それが、初心ってもんだ。違うか?」
「それは……確かに」
ノーラさんの、言う通りかもしれない。リリーシャさんも、結構、大きな家に住んでいるし、収入も、凄いと思うんだけど。特に贅沢している感じじゃないし、物凄く謙虚だよね。仕事も、丁寧で完璧だし。単に、私が甘いんだろうか――?。
「それに、贅沢ってのは、自分の身の丈に、合わない行動をすることだ。見習いが、収入を越える生活をすれば、そりゃ、贅沢だろうよ」
「逆に、自分の立場に合わない生活をするのは、単に貧相で、ケチなだけだろ。そんな人間に、誰が憧れるんだ? 他の上位階級のシルフィードが、そんなことやってるか?」
「……」
私は、返す言葉がなかった。まったくもって、その通りだ。
かつて、私が憧れていた、上位階級の人たちは、みんなキラキラと輝いていた。個性・能力・気品・雰囲気、全てが優れている。能力だけじゃなくて、皆、とても大らかな感じがした。
それに、雑誌には、住んでいる豪邸、高級機、素敵な服や、宝飾品。時には、豪華なバカンスなど。とても、きらびやかな生活が、映し出されていた。いかにも、セレブ感が漂っており、それもまた、憧れの要素の一つだった。
屋根裏部屋で、パンと水だけで生活している上位階級は、私ぐらいしかいないと思う。そう考えると、あまりにも貧相で、みみっちすぎる。
「まぁ、いい。今はとにかく、食事をしろ。あとで、大事な話がある」
「えっ――?」
ノーラさんは、それきり、黙り込んでしまった。私は、色々考えながら、黙々と食事を続けるのだった……。
******
食事のあと。私は、ハーブティーを飲んで、くつろいでいた。やっぱり、ノーラさんの料理は、最高においしい。量も多いから、物凄く満足感があるし。定期的に呼んでもらえるのは、滅茶苦茶ありがたい。
思えば、見習い時代から、月に何度か、お呼ばれしてたんだよね。あのころは、ノーラさんの料理が、生命線だった気がする。でも、一人前になったあとも、こうして、料理を振る舞ってくれていた。
その際に、ちょっとした、お説教みたいのもあるけど。元クイーンの大先輩から、直接アドバイスがもらえる、非常に貴重な時間だった。
相変わらず、リリーシャさんは、全然、怒らないし。最低限のルールさえ守れば、自主性を尊重してくれて、何も言わない。なので、自分の間違いを指摘してくれるのは、いつもノーラさんだ。
言い方は厳しいけど、物凄く正論だし。核心をついた、非常に的確なアドバイスだ。一切のお世辞を抜きに、常に、現実的なことを言ってくれる。そのお蔭で、話すたびに、色々な学びがあった。
ノーラさんは、リリーシャさんとは、別の意味で尊敬している。どこまでも優しいリリーシャさんは、理想のシルフィード像。常に厳しいノーラさんは、理想の先輩像だ。
そういえば、さっきの『大事な話』って、いったい何だろう? いつもなら、サラッと言ってくるのに、わざわざ改まるなんて。よほど、重要な話なんだろうか?
私は、ノーラさんが、話を切り出して来るのを、じっと待った。しばらくすると、ノーラさんは、ティーカップを置いて、口を開いた。
「さて、本題に入るぞ」
「は――はい」
ノーラさんが、急に真剣な表情になったので、私は少し緊張する。
「回りくどい言い方は、苦手だから、端的に言うぞ。いいな?」
「はい、お願いします」
私も、ハッキリ言ってくれたほうが、分かりやすくていい。
「風歌。今すぐ荷物をまとめて、このアパートを出て行け」
「……ん? えっ? えぇーと――? 」
「聴こえなかったのか?『このアパートを出て行け』と言ったんだ」
「えっ……ええぇぇぇ?!」
あまりの唐突な言葉に、私の頭は、理解がついて行かなかった。
「分かったら、さっさと、住む家を探して、出て行け」
ノーラさんは、あっさりと言い放つ。
「ちょっ――待ってください?! どういうことですか? 言っている意味が、よく分からないんですけど……。私、何か、悪いことでもしましたか――?」
「お前、私のさっきの話、何も聴いてなかったのか?」
「話は、全て真剣に聴いていました。でも、それと、ここを出ていくことと、何の関係があるんですか?」
「なぜ、私が、お前に屋根裏部屋を貸したか、忘れたのか?」
ノーラさんは、厳しい視線で、私を睨みつけてくる。
「そ……それは」
家出直後で、どこも行き場がなかった私を、特別に、保証人も何もなしで、格安で置いてくれたのだ。
「家出娘に、一時的に、貸してやっただけだ。自活してやって行ける、今のお前には、もう必要ないだろ? そもそも、あの部屋に住み始めて、何年、経ったと思ってるんだ?」
「それは、そうですけど――。でも、私、このアパートが好きなんです。あの屋根裏部屋も。せめて、普通の部屋に移るんじゃ、ダメですか? 前に言ってたじゃないですか。普通の部屋が、空いてるって」
私は、このアパートが大好きだ。古びているけど、温かみがあるし。何より、この世界に来てから、ずっと私の城だった。あと、屋根裏部屋の小さな窓から見る、町の風景が大好きだ。ここ以外の住処なんて、私には、考えられない。
「それは、昔の話だ。いつまでも、甘えてないで、さっさと自活しろ。二週間以内に、ここから出て行け。いいな?」
「そんな、待ってください! ノーラさん、私は……」
だが、ノーラさんは、話し終えると席を立ち、ダイニングを出て行ってしまった。
あまりにも、急すぎる話で、私は、頭が真っ白になっていた。まるで、実家を、叩き出されるような気分だった。
どうして、こんなに急に? ノーラさんは、とても厳しいけど、いつだって、力になってくれた。言葉とは裏腹に、根は優しい人だ。なのに、何で――?
私は、混乱する頭で、ヨロヨロしながら立ち上がると、静かに部屋をあとにするのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『地位や立場にあった生活も必要なのかもしれない』
高い地位にあって人が尊敬するのは、外見の立派さからだ
一瞬、気を失いそうになるが、ハッとして、気持ちを引き締める。ここは、ノーラさんの部屋のお風呂なので、居眠りする訳にはいかない。
今日は、会社から帰宅途中、いきなり雨が降ってきた。しかも、かなり大粒で、ずぶ濡れになってしまった。エア・ドルフィンは、小回りもきくし、風が気持ちいのが、最大の利点だ。でも、雨の日には、弱いんだよね。
とはいえ、私は、屋根付きの、エア・カートなんて、持ってないし。未だに、借り物の、年季の入った、エア・ドルフィンに乗っている。
ちょうど、アパートに駆け込んだところで、偶然、ノーラさんと出会った。全身びしょ濡れの姿を見て、ちょっと笑われたけど。夕飯に誘ってくれたうえに、お風呂と洗濯機も、貸してくれた。
いつもは、会社のシャワーを使ってるし。洗濯も、コイン・ランドリーに行かないとならないから、物凄くありがたい。
私は、お風呂を出ると、髪と体を念入りに拭いて、置いてあった、トレーナーに着替える。これは、ノーラさんが、貸してくれたものだ。若干、大きめなので、腕をまくり、ひざは折りたたむ。でも、動きやすいので、ちょうどいい。
奥のほうからは、すでに、いい香りが漂ってきていた。キッチンに向かうと、夕飯の準備をしているノーラさんに、元気に声を掛ける。
「お風呂と洗濯機、ありがとうございました。夕飯に招いていただいたうえに、なんか、すいません」
「別に、構わないよ。それより、シルフィードをやってるなら、天気予報ぐらい、ちゃんと確認しな」
「仕事中は、マメに確認するんですけど。仕事終わりは、ノーチェックでした。『家まで、ギリギリもつかなぁー』なんて思って」
「上位階級の人間が、ずぶ濡れになって空を飛ぶなんて、あり得ないだろ。もし、他の人間に見られたら、どうするんだ? 一般階級とは、立場が違うんだぞ」
「はい……ごもっともです」
仕事中だけではなく、プライベートまで、細心の注意を払わなければならないのが、上位階級の大変なところだ。
とはいえ、仕事が終わると、完全に、気が抜けちゃうんだよねぇ。私の場合、ナギサちゃんみたいに、四六時中、シャキッとするのって難しい。プライベートの時の行動は、見習い時代と、全く変わらないもんねぇ。
ほどなくして、準備が整うと、二人でお祈りをして、食事を始める。相変わらず、ノーラさんの作る料理は、ボリューム満点だ。しかも、どれも、滅茶苦茶、美味しい。
私は、今でも、一日三食、パン生活を続けていた。お金がない訳ではなく、単に、用意するのが面倒なのと、慣れてしまったからだ。パン屋なら、町中の至る所にあるし。片手でサッと食べられて、楽だからだ。
それに、私って、お腹さえ膨れれば、何でもOKなんだよね。もちろん、美味しい物は、大好きだけど。好き嫌いがないから、何でも美味しく感じてしまう。
ちなみに、上位階級になると、シルフィード協会から『上位階級手当』が出る。『基本手当』の他に、イベントに参加するたびに『特別手当』まで貰えるのだ。なので、手当だけでも、結構な額になる。
加えて、MVや雑誌の取材も、全てお金が発生する。写真・映像・インタビューの掲載などは『ライセンス料』が必要だからだ。
会社のお給料も『スカイ・プリンセス』になってから、かなり増えた。その上、副収入も色々あって、月収も、軽く百万ベルを越えている。最初は、あまりの額に、オロオロしてたけど。これでも、上位階級の中では、かなり少ないほうだ。
ただ、収入はあっても、日々の仕事が忙しいので、使ってる暇がないし。今の生活に、充分、満足しているので、特に変えるつもりはない。
なので、見習い時代と、生活水準は、ほどんど変わっていなかった。まぁ、一番の理由は、生活環境を変えるのが、面倒なだけなんだよね。
「最近、仕事は、どうなんだい?」
「お蔭さまで、とても順調です。まだ、リリーシャさんほどでは、ないですけど。予約も、埋まってますし。固定のお客様も、少しずつ、増えてきました」
最初は、色々話題になっていたので、物珍しさで来る人も、多かったけど。最近は、リピーターが、徐々に増えて来ている。
本当に重要なのは、お客様の数ではない。何度も指名してくれる、固定のファンを増やすことだ。とはいえ、実際には、かなり難しい。なぜなら、うちの会社には、大看板の、リリーシャさんがいるからだ。
階級も上だし、知名度も、圧倒的な差がある。加えて、能力も、気品も、見た目も、全てにおいて、リリーシャさんのほうが上。当然、より優れた人を指名するのは、誰だって同じことだ。
「昇進して、半年以上たってるんだから、当然だ。だが、私生活のほうは、全く進歩がないみたいだな。相変わらず、パンばかり食べてるのか?」
「んー、そうですね。たまに、友達と外食に行く以外は、三食パンです。まぁ、サッと食べられて、楽なのもありますし。あー、でも、たまにスーパーに行って、半額のお弁当も、買ってきたりしますよ」
数量限定のタイムセールや、閉店間際の半額セールは、掘り出し物が多く、なかなか熱い。今の時期だと、翌朝までもつので、夜買ったのを、朝ご飯にもできるし。
私は、意気揚々と話すが、ノーラさんは、大きなため息をついた。
「はぁー……。お前、上位階級の自覚が、全くないな。それじゃ、見習い時代と、何も変わってないじゃないか?」
「いえ、ちゃんと、変わってますよ。接客や仕事のクオリティは、格段に上がってますし。プライベートは――あまり、変わってませんけど。一応、初心を保つためもあるので」
質素な食生活をするのも。部屋に何も置かずに、シンプルな生活をしているのも。最初ころの、強い意思や、ハングリー精神を、忘れないためだ。
本当は、保存庫やクッキング・プレートも、欲しいんだけど。それは、我慢している。不便な生活のほうが、気持ちが、引き締まるからだ。パンとベッドさえあれば、どうにでもなるからね。
「初心とは、心の持ちようの問題で、生活スタイルとは、何も関係ないものだ。前にも言っただろ。自分の立場にあった、生活をしろと」
「今の生活が『スカイ・プリンセス』に、本当に、相応しいものなのか? お前のファンが、喜ぶものなのか? 正々堂々、見せられるのか?」
ノーラさんは、険しい表情で、尋ねてくる。
「うっ……それは。でも、気を緩めたくないんです。贅沢なんかしたら、ダメになっちゃいそうで。それに、外で正しく振る舞っていれば、家の中のことは、さほど、問題ないように思うんですけど――」
私は、公私は、しっかりと、けじめを付けていた。特に、上位階級になってからは、物凄く気を付けている。
「誰も、贅沢しろとは、言ってないだろ。そもそも、ちょっとの贅沢ぐらいで、ダメになるなら、自分自身がダメなんだ。どんな生活、どんな環境にあろうとも、気を引き締める。それが、初心ってもんだ。違うか?」
「それは……確かに」
ノーラさんの、言う通りかもしれない。リリーシャさんも、結構、大きな家に住んでいるし、収入も、凄いと思うんだけど。特に贅沢している感じじゃないし、物凄く謙虚だよね。仕事も、丁寧で完璧だし。単に、私が甘いんだろうか――?。
「それに、贅沢ってのは、自分の身の丈に、合わない行動をすることだ。見習いが、収入を越える生活をすれば、そりゃ、贅沢だろうよ」
「逆に、自分の立場に合わない生活をするのは、単に貧相で、ケチなだけだろ。そんな人間に、誰が憧れるんだ? 他の上位階級のシルフィードが、そんなことやってるか?」
「……」
私は、返す言葉がなかった。まったくもって、その通りだ。
かつて、私が憧れていた、上位階級の人たちは、みんなキラキラと輝いていた。個性・能力・気品・雰囲気、全てが優れている。能力だけじゃなくて、皆、とても大らかな感じがした。
それに、雑誌には、住んでいる豪邸、高級機、素敵な服や、宝飾品。時には、豪華なバカンスなど。とても、きらびやかな生活が、映し出されていた。いかにも、セレブ感が漂っており、それもまた、憧れの要素の一つだった。
屋根裏部屋で、パンと水だけで生活している上位階級は、私ぐらいしかいないと思う。そう考えると、あまりにも貧相で、みみっちすぎる。
「まぁ、いい。今はとにかく、食事をしろ。あとで、大事な話がある」
「えっ――?」
ノーラさんは、それきり、黙り込んでしまった。私は、色々考えながら、黙々と食事を続けるのだった……。
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食事のあと。私は、ハーブティーを飲んで、くつろいでいた。やっぱり、ノーラさんの料理は、最高においしい。量も多いから、物凄く満足感があるし。定期的に呼んでもらえるのは、滅茶苦茶ありがたい。
思えば、見習い時代から、月に何度か、お呼ばれしてたんだよね。あのころは、ノーラさんの料理が、生命線だった気がする。でも、一人前になったあとも、こうして、料理を振る舞ってくれていた。
その際に、ちょっとした、お説教みたいのもあるけど。元クイーンの大先輩から、直接アドバイスがもらえる、非常に貴重な時間だった。
相変わらず、リリーシャさんは、全然、怒らないし。最低限のルールさえ守れば、自主性を尊重してくれて、何も言わない。なので、自分の間違いを指摘してくれるのは、いつもノーラさんだ。
言い方は厳しいけど、物凄く正論だし。核心をついた、非常に的確なアドバイスだ。一切のお世辞を抜きに、常に、現実的なことを言ってくれる。そのお蔭で、話すたびに、色々な学びがあった。
ノーラさんは、リリーシャさんとは、別の意味で尊敬している。どこまでも優しいリリーシャさんは、理想のシルフィード像。常に厳しいノーラさんは、理想の先輩像だ。
そういえば、さっきの『大事な話』って、いったい何だろう? いつもなら、サラッと言ってくるのに、わざわざ改まるなんて。よほど、重要な話なんだろうか?
私は、ノーラさんが、話を切り出して来るのを、じっと待った。しばらくすると、ノーラさんは、ティーカップを置いて、口を開いた。
「さて、本題に入るぞ」
「は――はい」
ノーラさんが、急に真剣な表情になったので、私は少し緊張する。
「回りくどい言い方は、苦手だから、端的に言うぞ。いいな?」
「はい、お願いします」
私も、ハッキリ言ってくれたほうが、分かりやすくていい。
「風歌。今すぐ荷物をまとめて、このアパートを出て行け」
「……ん? えっ? えぇーと――? 」
「聴こえなかったのか?『このアパートを出て行け』と言ったんだ」
「えっ……ええぇぇぇ?!」
あまりの唐突な言葉に、私の頭は、理解がついて行かなかった。
「分かったら、さっさと、住む家を探して、出て行け」
ノーラさんは、あっさりと言い放つ。
「ちょっ――待ってください?! どういうことですか? 言っている意味が、よく分からないんですけど……。私、何か、悪いことでもしましたか――?」
「お前、私のさっきの話、何も聴いてなかったのか?」
「話は、全て真剣に聴いていました。でも、それと、ここを出ていくことと、何の関係があるんですか?」
「なぜ、私が、お前に屋根裏部屋を貸したか、忘れたのか?」
ノーラさんは、厳しい視線で、私を睨みつけてくる。
「そ……それは」
家出直後で、どこも行き場がなかった私を、特別に、保証人も何もなしで、格安で置いてくれたのだ。
「家出娘に、一時的に、貸してやっただけだ。自活してやって行ける、今のお前には、もう必要ないだろ? そもそも、あの部屋に住み始めて、何年、経ったと思ってるんだ?」
「それは、そうですけど――。でも、私、このアパートが好きなんです。あの屋根裏部屋も。せめて、普通の部屋に移るんじゃ、ダメですか? 前に言ってたじゃないですか。普通の部屋が、空いてるって」
私は、このアパートが大好きだ。古びているけど、温かみがあるし。何より、この世界に来てから、ずっと私の城だった。あと、屋根裏部屋の小さな窓から見る、町の風景が大好きだ。ここ以外の住処なんて、私には、考えられない。
「それは、昔の話だ。いつまでも、甘えてないで、さっさと自活しろ。二週間以内に、ここから出て行け。いいな?」
「そんな、待ってください! ノーラさん、私は……」
だが、ノーラさんは、話し終えると席を立ち、ダイニングを出て行ってしまった。
あまりにも、急すぎる話で、私は、頭が真っ白になっていた。まるで、実家を、叩き出されるような気分だった。
どうして、こんなに急に? ノーラさんは、とても厳しいけど、いつだって、力になってくれた。言葉とは裏腹に、根は優しい人だ。なのに、何で――?
私は、混乱する頭で、ヨロヨロしながら立ち上がると、静かに部屋をあとにするのだった……。
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次回――
『地位や立場にあった生活も必要なのかもしれない』
高い地位にあって人が尊敬するのは、外見の立派さからだ
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ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
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