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第7部 才能と現実の壁
4-1付きまとわれたり逃げられたり訳が分からない
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朝、九時ごろ。私は〈ウィンドミル〉の敷地を、のんびり歩いていた。あくびをしたあと、大きく伸びをする。今、本館に行って、事務手続きをして来たところだ。超面倒だけど、仕事だから、しょうがない。
今日は、十時半に、予約が入ってる。まだ、時間があるので〈風車会館〉に向かっていた。お目当ては、白ネコのスノウ。拾って来た時は、子ネコだったけど。すっかり大きくなって、もう、立派な大人ネコだ。
でも、相変わらず、人気があって、部屋には、たくさんの社員が訪れている。ただ、この時間は、みんな仕事が忙しいので、空いている場合が多い。貸し切り状態なうえ、あそこは、ふかふかのソファーが置いてある。
スノウを抱きながら寝ていれば『世話をしていた』と、言い訳できる。それに、本館から離れていて、静かなので、居眠りには、ちょうどいい場所だ。
私は、ちょっと、ウキウキしながら〈風車会館〉に向かう。だが、途中で、制服が何かに引っ掛かった。
ん……? こんな所に、何か引っかかるもの、あったっけ?
私が、ゆっくり振り返ると、そこには、一人の少女が立っていた。ほうきを片手に、私のことを、じっと見ている。彼女は、以前、一緒に落とし物を探した、新人のクリスティアだ。
えっ――また?
何か、ここのところ、彼女とよく会う。ただ、会っても、お互いに無口なので、会話が成立しない。彼女は、私以上に無口だ。
「ん、どうした?」
「……お、おはよう……ございます」
彼女は、顔を下に向けると、辛うじて聞こえる、小さな声であいさつしてきた。
「あぁ――おはよう」
「……」
その後、お互い無言になる。どうやら、あいさつする為だけに、私を引き留めたようだ。それ以上の会話にはならないが、いつも、こんな感じだった。
「じゃ、私いくから」
踵を返して、進もうとするが、また、クイッと制服を引っ張られる。
「ん――なに?」
振り返ると、彼女は、何かを言いたそうに、もじもじしている。
んー、困った。私は、人が何を考えているか分かるほど、器用な人間じゃない。メイリオ先輩は、いつも、私の心を読んでくるけど。私には、そんなの無理。
「言いたいことあるなら、聴くけど?」
私が声を掛けると、彼女は視線を左右に動かし、あわあわし始めた。
その直後、
「あ……えぇと……さ、さようならっ」
サッと振り向くと、ほうきを抱えて、走り去ってしまった。
えぇっ?! いったい、何だったの?
そういえば、今までにも、何回もこんな感じのが、あった気がする。何か言いたそうではあるが、いつも言う前に、立ち去ってしまう。
単に、私の対応が悪いのだろうか? 子供や年下が、苦手とはいえ。いきなり、逃げられるのも、ちょっと傷つく。
ふぅー。子ネコなら、上手く扱えるんだけど。人間の子は、難しい――。
後輩が一杯できたけど、特に、先輩らしいことはしていない。会えば、あいさつするぐらいだ。ナギサは、後輩に、色々世話を焼いているみたいだけど。私は、余計なことは、一切しない。
私が見習い時代も、気ままにやってたし。たいていのことは、一人でどうにかなる。助けを求められたら、ちょっとは手伝うけど。
まぁ、そんなことは、どうでもいい。早くスノウの部屋に行って、のんびり居眠りしよう……。
******
午後、四時過ぎ。私は、オープンタイプのエア・カートで〈西地区〉の上空を飛んでいた。後ろには、お客様が二名、乗っている。二人とも、とても楽しそうに、観光の感想を話していた。
今日のお客様は、大陸から来た、中年の夫婦。食べ歩きが趣味で〈グリュンノア〉にも、それが目的で来たらしい。『この町の美味しい物が食べたい』という希望だったので、地元の人たちが行く、B級グルメを中心に回って行った。
食べ歩きは、私の超得意な分野。そのせいか、最近は『グルメ観光』が希望のお客様は、私のところに、回ってくることが多い。
実際、私以上に、食べ物に詳しいシルフィードは、この会社には、いないと思う。スイーツに限定して言えば、ミューやメイのほうが、詳しそうだけど。
あと、私のところには、年配のお客様ばかり、回ってくる。マネージャーが言うには『年上受けがいいから』らしい。まぁ、子供よりも、やりやすいから、いいけど。
〈ウィンドミル本社〉の敷地に到着すると、お客様の希望通り、いったん、大風車の上を滞空する。二人とも、風車を見て、大喜びしていた。
『ウィンドミルの大風車』は、一応、空の名所の一つだ。でも、私は毎日、見てるから、特別な感慨はない。むしろ、見習い時代の掃除を思い出して、ゆううつな気分になる。
しばらくすると〈幸風館〉の前に、静かに着陸した。ここは、観光のスタートと終了の地点だ。他にも、何台もの機体が停まっている。別の社員たちが、楽しそうに、お客様と会話をしている最中だった。この時間は、観光帰宅ラッシュだ。
私は、運転席を降りると、後ろの席の扉を開けた。手を差し出して、二人が降りる手伝いをする。
「長時間、お疲れさまでした。本日の観光は、お楽しみいただけましたか?」
私は、マニュアル通りに、お客様に声を掛けた。
「とても、素晴らしかったわ。どの料理も、凄く美味しかったし」
「何度か来ているけど、あんな店があったとは。全然、知らなかったよ」
「小さいのに、運転も上手いし、とても物知りなのね。感心したわ」
「いやー、孫と旅行している気分だったよ。本当に、楽しかった」
二人とも、満面の笑みを浮かべ、物凄く嬉しそうに話している。
『小さい』と言われても、私は、もうすぐ十八だ。ただ、ここ数年、縦にも横にも、全く成長していなかった。なので、相変わらず、子供に間違えられることが多い。でも、年配のお客様は、凄く喜んでくれる。だから、あえて年齢のことは言わない。
それに、そのほうが、得なこともある。今日も、お客様が、全部お金を出して、料理もスイーツも、ご馳走してくれた。しかも、たくさん食べるほど、喜んでくれる。完全に、孫扱いだ。
二人とも『また来るよ』と言って、笑顔で手を振りながら、立ち去って行った。私は、お客様の姿が見えなくなると、フゥーッと、大きく息をついた。
やっぱり、観光案内は、超疲れる。料理は、おいしかったけど、食べたりないし。さっさと、機体を片付けて、夕飯にしよう――。
******
私は〈そよかぜ寮〉の、メイリオ先輩の部屋に来ていた。今日は、夕飯を作ってくれる、約束になっていたからだ。週の半分は、メイリオ先輩の部屋で、食事をする。
私は、テーブルの前に座って、ソワソワしていた。キッチンからは、とても香ばしい匂いが漂ってくる。耳を澄ましてみると、肉を焼いているようだ。ジューッと音がするたびに、心が弾む。
メイリオ先輩の料理は、基本、ヘルシーなので、肉料理もサッパリしてる。でも、ハーブがたっぷりで、凄くおいしい。
しばらくすると、私の前に置かれた皿には、大きなポークソテーがのっていた。肉とハーブの香りが、鼻を突き抜け、胃袋を直撃する。超おいしそう!
テーブルの上には、サラダとスープ。手作りのパンや、ジャムも置いてある。どれもハーブを使った、メイリオ先輩特製の、ハーブ料理づくしだ。
「豊かな恵みに感謝します」
二人でお祈りをすると、私は即座に、フォークとナイフに手を伸ばした。
もちろん、最初に食べるのは、焼き立てのポークソテーだ。私の皿だけ、物凄く大盛りになっている。滅茶苦茶、食べ応えがありそうだ。
ナイフで切って、口に入れる。噛んだ瞬間、口の中で、肉汁とハーブのソースが、はじけ飛ぶ。ハーブの爽やかな香りが、全身に広がって行く。
おぉっ、超おいしい!!
私は、口と手を休みなく動かし、次々と料理を食べて行った。今さらだけど、やっぱり、メイリオ先輩の料理は最高だ。社員食堂の濃い味付けの、油っぽい料理も好き。でも、この薄味で、サッパリした味付けも大好きだ。
「そういえば、フィニーちゃん。最近、新人の子と、よく一緒にいるみたいね?」
「ん……クリスティアのこと?」
「へぇー、クリスティアちゃん、って言うのね。仲がいいの?」
「別に。ただ、最近、よく会うだけ」
うち会社は、社員が物凄く多い。だから、知り合い意外とは、あまり会わなかった。特に、階級が違うと、滅多に会う機会がない。だから、二度と、会わないと思ってた。でも、彼女とは、最近、毎日、会ってる気がする。
「そう。好かれてるのね」
「知らない。あいさつしかしないし。でも、何で、メイリオ先輩が、クリスティアのこと、知ってる?」
「だって、凄く話題になっているわよ。二人のこと」
「え――?」
何か、目立つことしたっけ? 単に、ちょこっと、言葉を交わすぐらいなのに。
「妖精に妹ができたって、結構、話題になっているのよ。みんなには『小さな姉妹』って、言われているわ。私も、先日、見かけたけど、本当に姉妹みたいね」
メイリオ先輩は、何か嬉しそうに微笑む。
「レイアー契約してないし。姉妹じゃない」
もし、あいさつしただけで、姉妹なったら、後輩は、みんな姉妹になってしまう。他の後輩たちとも、会えば、あいさつぐらいする。それに、面倒だから、妹なんていらない。
「彼女のこと、好きじゃないの?」
「普通。あまり、話さないし。私以上に無口。何考えてるか、分からない」
「でも、無口な子ほど、実際には、色々考えてたりするのよね」
「そうなの……?」
私も、話すのが面倒なので、考えるだけで、終わりのことが多い。彼女も、私と同じで、面倒くさがりなんだろうか?
「相手の目や表情を見ていれば、何を考えているか、ある程度、分かるものよ」
「私には、さっぱり分からない」
言葉以上のことは、何も分からない。本当に必要なら、言えばいいだけだ。
「それは、きっと、分かろうとしていないだけ。それに、人生経験が長くなるほど、人の心の内は、分かって来るものよ。フィニーちゃんのほうが、年上なのだから。少しは、彼女の気持ちが、分かるんじゃないかしら?」
メイリオ先輩は、私の目を、真っ直ぐに見つめて来る。言いたいことは、何となく分かる。でも――。
「今『何でそんな面倒なこと、しなきゃいけないんだ。私は、自分のやりたいことしか、興味ないのに』って、思ったでしょ?」
「うっ……。なんで、考えてること分かる?」
メイリオ先輩は、時々、ビックリするほど、図星をついて来る。
「それは、いつも、フィニーちゃんを、真剣に見ているから。それに、後輩を見てあげるのは、先輩の務め。フィニーちゃんも、もう先輩なんだから、見てあげることは、できるでしょ?」
「別に、何か特別なことを、してあげなくてもいいの。ただ、成長を見守ってあげれば、いいだけよ。後輩は、フィニーちゃんが大好きな、子猫のようなもの。可愛がってあげれば、自然に、大きくなって行くのだから」
そっか――後輩は子ネコ。確かに、クリスティアは、子ネコっぽい。物凄く弱々しいし。ちょっと、世話が必要そうだ。スノウが、初めて、うちの会社に来たばかりのころを、ふと思い出した。
「分かった……。ちょっと、見るようにする」
「ウフフッ、すっかりお姉さんね」
メイリオ先輩は、満足げに微笑んだ。
別に、クリスティアは妹じゃないし、私も姉ではない。でも、昇級して、一人前になるぐらいまでの間は、ちょっと、見ていようかな。面倒だけど、一応、先輩の務めらしいし。年下に慣れる、練習にもなるかも。
せめて、逃げられないぐらいには、ならないと……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『学校の先生って一度やってみたかったんだよね』
目の前に生徒がいるのだから 教えたくなるのが先生の本能です
今日は、十時半に、予約が入ってる。まだ、時間があるので〈風車会館〉に向かっていた。お目当ては、白ネコのスノウ。拾って来た時は、子ネコだったけど。すっかり大きくなって、もう、立派な大人ネコだ。
でも、相変わらず、人気があって、部屋には、たくさんの社員が訪れている。ただ、この時間は、みんな仕事が忙しいので、空いている場合が多い。貸し切り状態なうえ、あそこは、ふかふかのソファーが置いてある。
スノウを抱きながら寝ていれば『世話をしていた』と、言い訳できる。それに、本館から離れていて、静かなので、居眠りには、ちょうどいい場所だ。
私は、ちょっと、ウキウキしながら〈風車会館〉に向かう。だが、途中で、制服が何かに引っ掛かった。
ん……? こんな所に、何か引っかかるもの、あったっけ?
私が、ゆっくり振り返ると、そこには、一人の少女が立っていた。ほうきを片手に、私のことを、じっと見ている。彼女は、以前、一緒に落とし物を探した、新人のクリスティアだ。
えっ――また?
何か、ここのところ、彼女とよく会う。ただ、会っても、お互いに無口なので、会話が成立しない。彼女は、私以上に無口だ。
「ん、どうした?」
「……お、おはよう……ございます」
彼女は、顔を下に向けると、辛うじて聞こえる、小さな声であいさつしてきた。
「あぁ――おはよう」
「……」
その後、お互い無言になる。どうやら、あいさつする為だけに、私を引き留めたようだ。それ以上の会話にはならないが、いつも、こんな感じだった。
「じゃ、私いくから」
踵を返して、進もうとするが、また、クイッと制服を引っ張られる。
「ん――なに?」
振り返ると、彼女は、何かを言いたそうに、もじもじしている。
んー、困った。私は、人が何を考えているか分かるほど、器用な人間じゃない。メイリオ先輩は、いつも、私の心を読んでくるけど。私には、そんなの無理。
「言いたいことあるなら、聴くけど?」
私が声を掛けると、彼女は視線を左右に動かし、あわあわし始めた。
その直後、
「あ……えぇと……さ、さようならっ」
サッと振り向くと、ほうきを抱えて、走り去ってしまった。
えぇっ?! いったい、何だったの?
そういえば、今までにも、何回もこんな感じのが、あった気がする。何か言いたそうではあるが、いつも言う前に、立ち去ってしまう。
単に、私の対応が悪いのだろうか? 子供や年下が、苦手とはいえ。いきなり、逃げられるのも、ちょっと傷つく。
ふぅー。子ネコなら、上手く扱えるんだけど。人間の子は、難しい――。
後輩が一杯できたけど、特に、先輩らしいことはしていない。会えば、あいさつするぐらいだ。ナギサは、後輩に、色々世話を焼いているみたいだけど。私は、余計なことは、一切しない。
私が見習い時代も、気ままにやってたし。たいていのことは、一人でどうにかなる。助けを求められたら、ちょっとは手伝うけど。
まぁ、そんなことは、どうでもいい。早くスノウの部屋に行って、のんびり居眠りしよう……。
******
午後、四時過ぎ。私は、オープンタイプのエア・カートで〈西地区〉の上空を飛んでいた。後ろには、お客様が二名、乗っている。二人とも、とても楽しそうに、観光の感想を話していた。
今日のお客様は、大陸から来た、中年の夫婦。食べ歩きが趣味で〈グリュンノア〉にも、それが目的で来たらしい。『この町の美味しい物が食べたい』という希望だったので、地元の人たちが行く、B級グルメを中心に回って行った。
食べ歩きは、私の超得意な分野。そのせいか、最近は『グルメ観光』が希望のお客様は、私のところに、回ってくることが多い。
実際、私以上に、食べ物に詳しいシルフィードは、この会社には、いないと思う。スイーツに限定して言えば、ミューやメイのほうが、詳しそうだけど。
あと、私のところには、年配のお客様ばかり、回ってくる。マネージャーが言うには『年上受けがいいから』らしい。まぁ、子供よりも、やりやすいから、いいけど。
〈ウィンドミル本社〉の敷地に到着すると、お客様の希望通り、いったん、大風車の上を滞空する。二人とも、風車を見て、大喜びしていた。
『ウィンドミルの大風車』は、一応、空の名所の一つだ。でも、私は毎日、見てるから、特別な感慨はない。むしろ、見習い時代の掃除を思い出して、ゆううつな気分になる。
しばらくすると〈幸風館〉の前に、静かに着陸した。ここは、観光のスタートと終了の地点だ。他にも、何台もの機体が停まっている。別の社員たちが、楽しそうに、お客様と会話をしている最中だった。この時間は、観光帰宅ラッシュだ。
私は、運転席を降りると、後ろの席の扉を開けた。手を差し出して、二人が降りる手伝いをする。
「長時間、お疲れさまでした。本日の観光は、お楽しみいただけましたか?」
私は、マニュアル通りに、お客様に声を掛けた。
「とても、素晴らしかったわ。どの料理も、凄く美味しかったし」
「何度か来ているけど、あんな店があったとは。全然、知らなかったよ」
「小さいのに、運転も上手いし、とても物知りなのね。感心したわ」
「いやー、孫と旅行している気分だったよ。本当に、楽しかった」
二人とも、満面の笑みを浮かべ、物凄く嬉しそうに話している。
『小さい』と言われても、私は、もうすぐ十八だ。ただ、ここ数年、縦にも横にも、全く成長していなかった。なので、相変わらず、子供に間違えられることが多い。でも、年配のお客様は、凄く喜んでくれる。だから、あえて年齢のことは言わない。
それに、そのほうが、得なこともある。今日も、お客様が、全部お金を出して、料理もスイーツも、ご馳走してくれた。しかも、たくさん食べるほど、喜んでくれる。完全に、孫扱いだ。
二人とも『また来るよ』と言って、笑顔で手を振りながら、立ち去って行った。私は、お客様の姿が見えなくなると、フゥーッと、大きく息をついた。
やっぱり、観光案内は、超疲れる。料理は、おいしかったけど、食べたりないし。さっさと、機体を片付けて、夕飯にしよう――。
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私は〈そよかぜ寮〉の、メイリオ先輩の部屋に来ていた。今日は、夕飯を作ってくれる、約束になっていたからだ。週の半分は、メイリオ先輩の部屋で、食事をする。
私は、テーブルの前に座って、ソワソワしていた。キッチンからは、とても香ばしい匂いが漂ってくる。耳を澄ましてみると、肉を焼いているようだ。ジューッと音がするたびに、心が弾む。
メイリオ先輩の料理は、基本、ヘルシーなので、肉料理もサッパリしてる。でも、ハーブがたっぷりで、凄くおいしい。
しばらくすると、私の前に置かれた皿には、大きなポークソテーがのっていた。肉とハーブの香りが、鼻を突き抜け、胃袋を直撃する。超おいしそう!
テーブルの上には、サラダとスープ。手作りのパンや、ジャムも置いてある。どれもハーブを使った、メイリオ先輩特製の、ハーブ料理づくしだ。
「豊かな恵みに感謝します」
二人でお祈りをすると、私は即座に、フォークとナイフに手を伸ばした。
もちろん、最初に食べるのは、焼き立てのポークソテーだ。私の皿だけ、物凄く大盛りになっている。滅茶苦茶、食べ応えがありそうだ。
ナイフで切って、口に入れる。噛んだ瞬間、口の中で、肉汁とハーブのソースが、はじけ飛ぶ。ハーブの爽やかな香りが、全身に広がって行く。
おぉっ、超おいしい!!
私は、口と手を休みなく動かし、次々と料理を食べて行った。今さらだけど、やっぱり、メイリオ先輩の料理は最高だ。社員食堂の濃い味付けの、油っぽい料理も好き。でも、この薄味で、サッパリした味付けも大好きだ。
「そういえば、フィニーちゃん。最近、新人の子と、よく一緒にいるみたいね?」
「ん……クリスティアのこと?」
「へぇー、クリスティアちゃん、って言うのね。仲がいいの?」
「別に。ただ、最近、よく会うだけ」
うち会社は、社員が物凄く多い。だから、知り合い意外とは、あまり会わなかった。特に、階級が違うと、滅多に会う機会がない。だから、二度と、会わないと思ってた。でも、彼女とは、最近、毎日、会ってる気がする。
「そう。好かれてるのね」
「知らない。あいさつしかしないし。でも、何で、メイリオ先輩が、クリスティアのこと、知ってる?」
「だって、凄く話題になっているわよ。二人のこと」
「え――?」
何か、目立つことしたっけ? 単に、ちょこっと、言葉を交わすぐらいなのに。
「妖精に妹ができたって、結構、話題になっているのよ。みんなには『小さな姉妹』って、言われているわ。私も、先日、見かけたけど、本当に姉妹みたいね」
メイリオ先輩は、何か嬉しそうに微笑む。
「レイアー契約してないし。姉妹じゃない」
もし、あいさつしただけで、姉妹なったら、後輩は、みんな姉妹になってしまう。他の後輩たちとも、会えば、あいさつぐらいする。それに、面倒だから、妹なんていらない。
「彼女のこと、好きじゃないの?」
「普通。あまり、話さないし。私以上に無口。何考えてるか、分からない」
「でも、無口な子ほど、実際には、色々考えてたりするのよね」
「そうなの……?」
私も、話すのが面倒なので、考えるだけで、終わりのことが多い。彼女も、私と同じで、面倒くさがりなんだろうか?
「相手の目や表情を見ていれば、何を考えているか、ある程度、分かるものよ」
「私には、さっぱり分からない」
言葉以上のことは、何も分からない。本当に必要なら、言えばいいだけだ。
「それは、きっと、分かろうとしていないだけ。それに、人生経験が長くなるほど、人の心の内は、分かって来るものよ。フィニーちゃんのほうが、年上なのだから。少しは、彼女の気持ちが、分かるんじゃないかしら?」
メイリオ先輩は、私の目を、真っ直ぐに見つめて来る。言いたいことは、何となく分かる。でも――。
「今『何でそんな面倒なこと、しなきゃいけないんだ。私は、自分のやりたいことしか、興味ないのに』って、思ったでしょ?」
「うっ……。なんで、考えてること分かる?」
メイリオ先輩は、時々、ビックリするほど、図星をついて来る。
「それは、いつも、フィニーちゃんを、真剣に見ているから。それに、後輩を見てあげるのは、先輩の務め。フィニーちゃんも、もう先輩なんだから、見てあげることは、できるでしょ?」
「別に、何か特別なことを、してあげなくてもいいの。ただ、成長を見守ってあげれば、いいだけよ。後輩は、フィニーちゃんが大好きな、子猫のようなもの。可愛がってあげれば、自然に、大きくなって行くのだから」
そっか――後輩は子ネコ。確かに、クリスティアは、子ネコっぽい。物凄く弱々しいし。ちょっと、世話が必要そうだ。スノウが、初めて、うちの会社に来たばかりのころを、ふと思い出した。
「分かった……。ちょっと、見るようにする」
「ウフフッ、すっかりお姉さんね」
メイリオ先輩は、満足げに微笑んだ。
別に、クリスティアは妹じゃないし、私も姉ではない。でも、昇級して、一人前になるぐらいまでの間は、ちょっと、見ていようかな。面倒だけど、一応、先輩の務めらしいし。年下に慣れる、練習にもなるかも。
せめて、逃げられないぐらいには、ならないと……。
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